今度の笑顔お届け活動は、グラビティツリーを占領します!!
「・・・・きれい」
その光景を見た時、雫の口から出たのは、その一言だけだった。
「そうだろう?これを雫に見せたかったんだよ」
だが、その一言が聞けただけで、僕は満足だった。
そこに雫の言葉にならない感動が全て詰まっている様に感じたから。
――――グラビティツリーの展望台。
360度ガラス張りのそこから見渡せるのは、夜の真東京。
空へと向かいそそり立つビル群は、摩天楼と言って差し支えない。
だが今、僕と雫は、その摩天楼を見下ろしているのだ。
その高さを知っている僕でさえ、改めて、グラビティツリーの高さに驚いたほどだ。
初めてこの光景を目にする雫には、どれほどの驚きをもたらしたのか。
眼下のビルはそれぞれが明かりを灯す。
ビルの窓から覗く光はまるで星屑。
足元に宇宙があるのではと、錯覚する。
が、上を見上げれば、光孝と輝く満月。
一体、自分達がどこにいるのか分からなくなる様な、不思議な世界に迷い込んでしまったと思うほどに、謎めいて美しい景色だった。
雫がその光景に目を奪われる中、僕は腕時計で時間を確認した。
時刻は八時を回っている。
予定していた時間だ。
いつまでも雫にこの光景を見せていたいという気持ちもあるが――――
「・・・・・・雫、そろそろ時間だよ」
「・・・・ん。分かった」
その一言で、雫は気持ちを切り替えたらしい。
真剣な面持ちで頷いた。
*
僕は、雫と別れ、すぐ近くにあるトイレの個室に入った。
そこで、背負っていたリュックを下ろし、中から、荷物を取り出す。
――――それは、シルクハットボーイの服一式だ。
素早くそれに着替え、時計を確認する。
トイレに入ってから一分三十秒が経過していた。
トイレに入ってから、二分。
それが、雫と決めた時間だ。
「十・・・・・・・五・・・・三、二、一!!」
二分ぴったり。
僕は個室のドアを勢いよく開け、外に飛び出す。
それと同時に、雫も女子トイレから飛び出してきた。
「ふははははは!!呼ばれてないけど、飛び出て、ババババ―――ン!!シルクハットボーイ、です!!さあ!!今日も『笑顔お届け活動』を始めましょう!!」
ネオ・スカイツリーの展望台から、夜景を楽しんでいた人々は、突然のシルクハットボーイと白装束を着た女の登場に、こちらを振り向き唖然としている。
人々が唖然とする中、
「し、シルクハットボーイ!?」
こういう非常事態の訓練はしっかりと受けていたのか、警備員が我に返り、腰から警棒を引き抜こうとしている。
が、それよりも早く、
「・・・・『氷塊』」
雫が警備員を、氷漬けにした。
「さあさあ、美しい夜景をお楽しみの皆さま、申し訳ないが、こうなりたくなければ、速やかにグラビティツリーから逃げる事をお勧めする」
僕はそう言い、エレベーターを指さす。
「・・・・・・う、うわああああああああ!!」
「きゃあああああ!!」
今まで、ただ茫然と見ていたのが嘘の様。
人々は悲鳴を上げ、我先にとエレベーターに向かい、走っていく。
「・・・・お、落ち着いて!!落ち着いてください!!」
グラビティツリーの展望台に警備員が一人という事があるはずが無い。
氷漬けになっていない他の警備員が、何とか騒ぎを収めようと、声を張り上げる。
が、そんなものは人々の耳には届かない。
「さーーてと、氷漬けになっていない勇敢じゃない警備員の諸君」
届くとすれば、この場で最も冷静な、事件を起こした張本人、僕と、雫くらいのものだ。
僕は、すたすたと警備員に近づく。
この人ごみの中を、何も障害物など無いかの様に。
いや、実際に障害物なんて無いんだけど。
僕が歩けば、人々がその場所から逃げるのは当然。
僕は難なく、警備員の前に立つ。
「く、くそっ!!」
警備員が腰から警棒を取り出そうとするが、僕は、それを手で制した。
「止めておけ」
そして、懐からすっとプラスチック爆弾を取り出し、警備員に突き付けた。
「氷漬けになった警備員の様に、すぐに腰の警棒を抜かなかったって事は、自分の命がかわいいんだろう?別に恥じる事じゃ無い。命は大事にしておいた方がいい。ここで大爆発が起きるのも、氷のオブジェが増えるのも避けたいだろ?」
そう言った僕の後ろには、雫が立つ。
それを見て戦意を喪失したのか、警備員は警棒から手を放し、項垂れた。
僕は頷いて、
「それでいい。あ、そうだ。あの氷漬けの警備員、下まで運んでおいてくれよ。僕達は暫くこの場所を占拠しないといけないからさ」




