ただ茫然と、僕は彼女を見つめた
乾いた音が鳴り響いたと思った瞬間、パトカーが前につんのめった。
「う、うおおおおぉぉぉぉおお!!!???」
いや、地面と接触していないパトカーがどうすればつんのめるかは、全く持って分からないが。
てか、これ本当につんのめっただけか?
何かもう、つんのめるを通り越して縦回転している気がするんだけど・・・・・、いや、縦回転してるわ、これ。
当然、車内はめちゃくちゃのグチャグチャだ。
シートベルトを着用しているから、僕や、警官達が吹っ飛ぶ事は無かったが、車内に取り付けられている機材の数々はそうはいかない。
何に使うのかよく分からない機材が宙を舞い、僕と警官達を襲う。
「ぐあっ」
ゴシャアッ!!!
綺麗に縦回転を一回決め、天井を地面に叩き付けて、パトカーは動きを止めた。
その拍子に、窓ガラスは全て見事に砕け散る。
「げほっ、げほっ、な、何だったんだ・・・・?」
何とか体を動かし、辺りを見回す。
まず、目に飛び込んできたのは、当然ながら回りの警官四人。
その四人は誰一人として動かない。
いや、別に死んでいる訳ではなさそうだが。
多少うめき声が聞こえる事からも、それは間違いない。
ただ、飛んできた機材の当たり所が悪かったのか、地面に叩き付けられた衝撃か、動けそうも無い。
――――これは、逃げるしかないよな。
僕は手錠が掛けられた両腕を動かし、何とかシートベルトを外した。
ドスンッ
「ぐへっ」
当然、重力に従い、体は落下し、パトカーの天井に落ちる。
体に痛みが奔るが、今はそんな事を気にしている場合じゃない。
一刻も早く、逃げないと。
とは言ったものの、この手錠が邪魔だな。
何とか外したいところだ。
・・・・おっ、あれを使わせてもらうか。
僕は、隣に座っている杉林が腰に下げている拳銃に、手を伸ばした。
電磁力反発式拳銃。
パトカーと同じく、電磁力で動く拳銃だ。
こちらはパトカーとは違い、既に日本全国の警官に使用が認められている。
超電磁砲に近い造りの拳銃で、発砲音がしないのが特徴だ。
とはいっても、引き金を引けば弾が発射されるという基本的な構造は昔の拳銃と何ら変わる事は無いし、ぶっちゃけ拳銃なら何でもいい。
僕は、靴を脱いだ。
そして、拳銃を右足でパトカーの天井に押し付ける事で、固定。
その銃口のすぐ前に、手錠の繋ぎ目となる鎖を持って来て、慎重に位置を確認する。
失敗すれば、自分の手に穴が開くんだ。
嫌でも慎重になるし、気が気ではない。
「・・・・・よしっ!」
手錠の位置は、決まった。
僕は、左足の小指をゆっくりと引き金に掛けていく。
そして、発砲。
ガァンッ!!
「いってぇ!」
辺りに硬い物同士がぶつかり合う音が響き渡り、鎖は破壊された。
破壊の衝撃が腕まで伝わり、中々に痛い。・・・・・まあ、それを承知でやったんだけど。
鎖が切れただけで、手錠そのものは二つに別れて、僕の両腕に残っているが、そんな事は気にしない。
「・・・・ふうっ」
自由になった手で拳銃を拾い、ズボンのポケットに突っ込むと、急いで靴を履き直す。
これでやっと逃げられる。
窓ガラスが砕けた窓から、僕は外にはい出た。
―――――にしても、何でパトカーが急に引っ繰り返ったんだ?
ふと、それが気になり、僕はパトカーを見てみた。
「・・・・・なっ・・・・何だよこれ・・・・!」
パトカーの前側磁力制御盤が凍結していた。
これは普通の車で言うところの前輪の様なものだ。
いや、それだけじゃないな。
前側磁力制御盤を中心に、パトカーの前側全部とその近くの地面までもが凍り付いていた。
ここから予想するに、パトカーは前側部分だけが無理やり地面と繋ぎ合わされた事になる。
動いているパトカーにそんな事をすれば、まあ、めちゃくちゃになって吹っ飛ぶのも無理はない。
にしても―――――、
「一体、誰がこんなことをしたんだ?」
いや、それ以前に誰がこんな事出来るんだ?
――――瞬間的に凍結させる。
明らかに物理法則を無視している。
こんなの、人間業じゃ―――――
「や、やりすぎちゃった・・・・かな?」
「っ!?」
不意に背後から声が聞こえて、僕は後ろを振り返った。
―――――そして、息を呑んだ。
自分で息を呑んだと自覚する事などそうそうないと思うんだが、今の僕にはどこまでもはっきりと自覚できた。
目と鼻の先。
そこに、女が立っていた。
その女を見た瞬間、僕の時間は止まった。
不思議な女だった。
白い。
どこまでも白い肌。白い着物。
黒い。
白い肌と着物とは対照的に流れる様な黒髪と、何を考えているのかその心情を全く読み取れない深い闇を思わせる黒い瞳。
僕は、唖然と、茫然と、女を見つめる事しか出来なかった。




