最終話 美羽と佳奈
「えっ……」
「あ〜……まぁしょーがないね、美羽」
今日は高校三年生になって初めての登校。
私はクラス分けの張り出しの前で絶望している。
「か……佳奈と、クラス、が……ち、違う?」
「ま、まぁさ、ほら。登下校は一緒にできるわけだし、そんなに落ち込まないで」
どうやって落ち込まずにいられるんだろう。
今まではずっと佳奈と同じクラスになれていた。
だから今年も一緒だと思ってた。
……泣きたい。
「……もう、行く」
「美羽、あのさ、これからもお昼ご飯は一緒に食べようよ、ね?」
「うん……」
はぁ、と大きく息を吐く。
教室に来ると知ってる顔は結構いるし、一人になってしまうわけでもない。
登下校とお昼ご飯に一緒にいれるなら、今までとそこまで変わらないかもしれない。
けれど、いつでも佳奈を眺めていたい私には、これからの一年間が酷くつまらない日々のように感じる気がする。
「おー、美羽じゃん。今年もよろしくっ」
二年の時に同じクラスだった真希だ。
さっぱりした性格で、付き合いやすい良い友達だと思う。
「ま……真希ぃ。佳奈が……佳奈がーーっ!」
「なにそれ死んだみたいじゃん。めっちゃウケる」
アハハハと笑ってる。なんで笑ってるの?
本当に、めちゃくちゃ笑えないんですけど。
「笑い事じゃないよ……。最後の高校生活だったのにぃ〜」
「だから、アタシがいるじゃん。ま、確かに少し心配ではあるかもね」
「……どうして?」
「だってどーせ佳奈、今年もモテモテになっちゃうでしょ?保護者の私達がいないと、誰かに連れてかれちゃうかもよ?」
やめてよ。
不安になっちゃうじゃん。
やだよ。
動物園でした約束、忘れてたらどうしよう。
佳奈……。
---
「美羽ー、一緒に帰ろー」
初日の学校が終わり、チャイムが鳴るとすぐに佳奈がきてくれた。
嬉しい。
けれど私は上手く笑えず、無理矢理に口角をあげる。
「あぁ……来てくれたんだね。ありがとう」
「美羽、大丈夫?まだ元気ない?」
ちょっとの間、私はショックから立ち直れそうにない。
「朝からずっとこうなんだよ。佳奈がいなくて寂しいんだってさ」
「おー、真希も同じクラスだったのー?いいなー、楽しそうじゃんこのクラス」
「私は、私がいるから良いじゃんって言ってるんだけどね。ずっとテンション低くてウケる」
真希め……まためっちゃ笑ってる。
はぁ〜、とため息をついて鞄を持って立ち上がる。
真希はこれから他の友達と一緒に出掛けるそうで、教室で別れた。
そういえば、佳奈のクラスはどうだったんだろう。
「佳奈はどうだったの?」
「どうって?」
「クラスの人たち。良い人いた?」
「うーん、まぁ話せる人はいたかな。ボチボチって感じ」
そっかぁ。
佳奈はきっとすぐに馴染むんだろうな。
色んな意味で人気あるしね。
……なんで私なんかとずっと一緒にいてくれてるんだろう。
中学の頃から仲が良いから?
気が合うから?
家が近いから?
どれも嫌じゃないけれど、どれも正解じゃなかったらいいのにと思う。
私はいつも期待する。
もしかすると、佳奈も私の事を恋愛感情として好きなんじゃないかって。
……。
私の。
私の場所なのに。
私以外が居ていい場所じゃないのに。
不安で押しつぶされそうだ。
これからはクラスが違う。
私の場所が誰かに取られるのは嫌だ。
「美羽?」
「えっ、ごめん。なんの話だっけ?」
「担任の先生の話」
「あー、ウチのクラスは---」
それでも決まってしまったものはしょうがない。どう足掻いてもクラスはもう元には戻らないし、佳奈の気持ちも私には向かない。
だったら心にシミを落とさないように。
これ以上、黒を塗りつぶさないように。
そうやって私はこれからの日々を過ごそうと思った。
***
「おはよーっ」
「おはよー、元気だね美羽」
「佳奈は元気ない?」
「そりゃー、まぁ。昨日遅くまで電話してたから私は眠い……」
そう言って佳奈は大きな欠伸をした。
明日から学校は休み。ゴールデンウィークで連休が始まる。
休みの間の予定を立てるために昨日は佳奈と夜遅くまで電話していた。
「明日から楽しみだねっ!お泊まりして、動物園に行って、水族館にも行って……あとは買い物にも絶対行こうね!」
クラス替えのあった日から少しの間、私は佳奈と別々のクラスになった事を引きずっていたけれど、今は完全に調子が戻ったと思う。
真希とは相変わらず仲良しだし、新しい友達もできた。
登下校とお昼ご飯は佳奈と一緒にいられる。
けれど、佳奈への気持ちはどうしようもなく膨れ上がってしまっている。
佳奈の笑顔を見るたびに。
佳奈と手を繋ぐたびに。
そのたびに私の心拍数は上がっていき、口から出てこようとする私の気持ちを喉へ押し込む。
今この瞬間だって、佳奈に好きと伝えたい。
私だけを見てって懇願して、佳奈を独り占めしたいと思う。
きっとクラスが分かれて、私の中の妄想の佳奈が私を許してくれる時間が増えたせいだ。
いつだって私の気持ちを許してくれて認めてくれる佳奈と、目の前の佳奈を重ねてしまう。
小さく息を吐く。
佳奈に心を奪われて溢れそうになるコップにそっと蓋をした。
---
連休前だからか、やけに長く感じたホームルームが終わってやっと学校から解放される。
五分、十分。
私はいつも一番に来てくれる佳奈を教室で待つが、今日は遅い。
気になって佳奈のクラスに行ってみてもいない。
どうしたんだろう。
メッセージを送ってみるが、既読は付かない。
すると帰ったはずの真希が戻ってきて、私にササッと近寄ってきた。
「ねね!美羽、私見ちゃった!」
「なにを?」
真希は楽しそうな顔をして、私に告げた。
「佳奈がね、男子と一緒に階段上がっていったの!あれ絶対告白だよね〜連休前だしね!」
時が止まった気がした。
目の前が歪んでいく。真希は楽しそうに何か言ってるけれど、頭に入ってこない。
明日からの連休は?
動物園は?水族館は?
私の佳奈は?
なんで皆んな佳奈を取っていくんだろう。
私は佳奈に告白できないのに。
どうして。
動揺を通り越して怒りがこみ上げてきて、段々と意識が戻ってくる。
もう知らない。
私の佳奈は渡さない。
「ねぇ、真希。どっちの階段?」
「え?あっちだけど」
「ありがとう」
「えっ、ちょっと!い、行くの?!」
私は机から立ち上がると、階段へ走った。
廊下を曲がって階段を駆け上がる。
三階、四階。いない。
なら、と思って屋上前の踊り場へ向かうと、佳奈と男子生徒が立っていた。
私の足音に気付いた二人がこちらを向くと、
「じゃあ、よろしくな」
「うん、分かった」
と言う話が聞こえた。
なに……それ。
階段の途中で足が止まる。
男子生徒が私の横を通り抜けて降りていく。
意気込んで来たけれど、実際に付き合う瞬間を見てしまうと心が挫ける。
なんで?私との約束は?
それとも、あの人が佳奈の本当に好きな人だったの?
嫌だ……。
そんなの絶対に嫌。
本当に好きな人とだったら付き合っても良いだなんで、そんなの綺麗事だ。
これ以上は隠せない。
「み、美羽。どうしてここに?」
「付き合ったんだよね」
「え?いや違っ--」
「違わないじゃん!……もういいよね。私、我慢するの頑張ったよね。だから、もう言うね」
もう何もかも終わりだ。
明日からの楽しいはずだった予定も。
佳奈との学校生活も。
私達の関係も。
それでももう、抑えきれない。叶わないなら、いっそ壊れてしまえばいいと思う。
「佳奈……私は佳奈のことが好きだったよ。ずっとずっと、絶対に誰よりも私が佳奈のこと一番好き。友達としてじゃない、佳奈のことを愛してる。だから、私と恋人になって……ほしい」
沈黙が流れる。
手が震えて、佳奈の顔を見れない。
どうしよう。言い切った後から緊張が押し寄せる。
「う……うぅ……ぐすっ…み…みう…」
顔を上げると佳奈が泣いていた。
「えっ、どうして泣いてるの?」
「だって、だっでぇ……みぅが、わたしのこと、すきってぇ…」
どう言うことなのか分からない。
なんでこんなに泣いてるんだろう。
泣きたいのは私のはずなんだけれど。
「わた、わたしも、みぅのこと、あいしてるからぁ……」
耳を疑う言葉が飛んでくる。
「え……そ、そうなの?本当に?」
「うん、ずっと、中学の頃から好きだったんだ……」
「そんな、なんでもっとはやく、言ってくれないかなぁ」
私達は、ずっと想いあっていたんだ。
そう思うと、私の目からも涙が溢れた。
---
「めっちゃ泣いた」
「私も」
想いを伝え合って、私達は恋人同士になれた。
でも気になる事がいくつかある。
「あ、さっきの男子にちゃんと断っておいてよね。よろしくとか言われてたけど」
「え?嫌だからアレは違うんだってば」
「なにが?」
「真希の事聞かれてただけ。真希のことが好きなんだってさ。それで、真希と仲がいい私に色々と聞いてきたってだけ」
はい?
「え?じゃあ私の勘違いだったってこと?」
「そうだよ、もう。……まぁでも、勘違いのおかげで私達、恋人になれたんだけど」
「なにそれ普通にめっちゃ恥ずかしい。……でもさ、私の事が好きだったんなら、なんで男子と付き合ってたのさ」
「あぁ、それは---」
今まで佳奈が好きでもない人と付き合ってきた訳を聞いた。
本当に呆れる。なんで私に一言相談してくれなかったんだろう。
「私、陰口とか言われても気にしないから。ほんっとどーでもいい。でも、気にしてくれてありがとう」
「うん、次からは何かあったらちゃんと相談する。そ、それよりさ、美羽」
「どうしたの?」
「わたし、美羽と、き……キス。したい」
ドクンと心臓が鳴る。
鼓動が早くなって、緊張する。
「急に、どうしたの。い、いいけど」
ドキドキという音が止まらない。
大好きな佳奈の顔が近づく。
唇が触れ合う直前、私はそっと目を閉じた。
触れ合うような短い時間だけれど。
私達は屋上前の踊り場に座って、恋人と初めてのキスをした。




