第1話 それでも私は佳奈が好き
「佳奈ー、ジュース買ってきたよー」
放課後、ガラガラと音を立てて教室のドアを開くと、私と入れ違いになるように男子生徒が出ていった。
教室に入ると佳奈が頬杖を付いて座っていて、他に生徒は見当たらない。
さっき出ていった男子生徒の雰囲気からあまり良い話をしていたとは思えないが、黙っているのもおかしいので事情を聞く。
「今の彼氏でしょ?なんかあったの?」
「もう彼氏じゃない。今別れた」
「へぇ……。ってかまたなの?早すぎない?」
佳奈が彼氏と別れるのは、高校二年生になって確か……もう五回目だ。
「勝手に告白してきて、勝手に期待されて。そんで勝手に別れてくれって言われてるだけ。私は悪くないもん」
「ふーん、まぁいいけど。はい、ジュース」
佳奈に告白したら絶対受けてくれるらしい、という噂が流れている。告白する人が絶えないのは、きっとそのせいだ。
もちろん、佳奈は可愛いしモテる理由もわかる。
「で、今回はなんで別れたのさ」
「別に。いつもと一緒。私が何も応えないからじゃない?手も繋がないし、キスもしない。それだけだよ」
いつも佳奈はそう。
告白を受け入れるのに、付き合った後に何もしない。私には意味がよく分からない。
なんでか聞いても、佳奈は答えてくれない。
「別に」としか言えないロボットにでもなったかのように、返事をしなくなる。
「そっか。ってかそれよりさ、昨日の新ドラマめっちゃ面白かったね」
「あーあれね、まぁまぁだった。てか美羽さ、ドラマ見てる時にメッセージで実況してこないでよね?真剣に見てんのに、笑っちゃう」
それでも、私の幸せな佳奈との時間を邪魔してくる男がいなくなって、私は清々している。
「だってさ、誰かと話しながら観た方が面白いじゃん。なんだかんだ返事くれるし、佳奈だってホントは寂しいんでしょー?」
「寂しくないって。美羽だからしょーがなく返事してあげてんの」
もう誰とも付き合わなかったらいいのに。
ずっと私が独り占めできるのに。
本当は、佳奈が誰とでも付き合うって言うなら、私とだって付き合ってくれるんじゃないかと勘違いしそうになる時もある。
「佳奈は優しいなー。じゃ、優しいついでに帰りにケーキ奢ってもらおうかなー?」
「無理。今月あんま金ないし。他に遊びに行ったりできなくなるじゃん」
でも、そんな事は言えない。
佳奈との日々は失いたくない。
それなのに、佳奈のことを何も知らない男達が、軽々と私を飛び越えて佳奈と形だけでも付き合っているのがムカつく。
「じゃ今度私がケーキ作ってあげよっか?佳奈たんラブって上に書いてあげる」
「なにそれ。でもまぁ……美羽のケーキは食べたいかも。美羽の料理はなんでも美味しいからなー。お母さんも料理上手だよね」
私なんて、こうやって冗談めかして想いを伝えるのが精一杯なのに。
同性ってだけで、なんでこんなに壁があるんだろう。
私が一番、佳奈のことを好きなのに。
「じゃー作る。楽しみにしててね」
「うん、楽しみにしてる。じゃ、そろそろ帰ろっか」
私達の家は割と近い。
中学校から同じで、中学二年生からはずっと同じクラスだ。
勉強は私の方が少しできるけど、大体同じくらい。同じ高校に行こうってなって、二人で一緒に勉強した。
「寒いねー。もう外歩きたくないよー」
「ホントにね。制服だと凍えそう…」
その時くらいから、私は佳奈に恋愛感情を持っていた。佳奈も同じ気持ちだったら嬉しいな、なんて呑気に考えていた。
でも高校一年生の冬あたりから、佳奈が少しおかしくなった。
「ね、佳奈。手繋ぐ?そしたら暖かくなるかもよ?」
「うーん、ちょっと手貸して。うわっ手冷た!こんなん私が損するだけじゃんか……まぁいいけど」
佳奈は元々モテていて、中学の頃からたまに告白されていた。けれど、全部断っていた。
それがなぜか急に、全部の告白を受けるように変わった。
それから、私と佳奈の時間は少し減ってしまった。
「佳奈の手暖かっ!ホッカイロみたいだよ?このまま持って帰っていい?」
「え、家まで?良いけど。今から家行っても大丈夫なの?」
それでもこうやって、私との時間を作ってくれる佳奈が好き。
いつまでだって一緒にいたい。
「うん、大丈夫!ママも最近、佳奈ちゃん来ないねって寂しがってたから、きっと喜ぶよ」
「そうなの?ならせっかくだし、泊まりにする?明日休みだし。でもさすがに急過ぎるか」
お泊まり……。
嬉しい、絶対にママを説得する。
いつぶりだろう。
「いや、大丈夫だよ。ママに連絡するから、とりあえず私も佳奈のお家に一緒に寄るし、準備してきてよ」
「分かった。美羽んち久しぶりだから楽しみだなー」
もっとウチに来ても良いんだけどな……。
でもどうせまた佳奈に告白する人が出てきて、佳奈もそれを受けるんだろうな。
そしたらまた、佳奈と過ごす時間が減っちゃうし。
今日、話してみようかな。
もう付き合うのやめな、って。
寂しい、って。
でも、なんでって聞かれたら困る。
そこまで言える勇気が、私にはまだない。
「佳奈さ、今日夜ご飯どうする?もし良かったらウチで食べない?私が作るからさ」
「え、佳奈作ってくれるの?絶対食べたい」
「じゃ決まりね。先にお母さんに連絡しといたら?」
***
「ささ、上がって上がってー」
「お邪魔しまーす」
「あら、佳奈ちゃん久しぶりねぇ。いらっしゃい、ゆっくりしていってね」
「ママー、今日私がご飯作るから。適当に食材使うね。佳奈、ここ座っててよ」
家にある食材を見て、佳奈の好物の唐揚げにする事にした。
前まではもっと佳奈に作ってたのにな……なんて考えながら、鶏肉を切っていく。
佳奈はママと楽しそうに話してる。私は料理を作りながらその光景を見るのが好きだ。
なんだか佳奈が家族になったような、そんな気がしてくる。
「ホントに美羽は佳奈ちゃんの事が好きなんだから。家に帰ってきたら、ずっと佳奈ちゃんの事を話してるのよ」
「ママ!変なこと言わないでよ」
「あはは、私も美羽のことが好きですよ」
深い意味はない会話だって分かってるのに、心臓がドクンと鳴る。
このまま、佳奈がずっと私の前にいてくれたらいいのに。
「ねぇ佳奈、サラダも食べるでしょー?」
「げっ、サラダ……。う、うん。美羽が作ってくれるサラダなら食べる」
「えらいえらいっ」
もう誰とも付き合わないでよ。
それなら私と付き合って。
こうやって、頭の中では簡単に言えるのに。
口に出すのは酷く難しい。
……馬鹿だな。
こんな事を考えたって、またどうせよく知らない男に告白されて付き合っちゃうんだ。
だからせめて今だけは、私だけを見ていてくれるように願って料理を作った。




