蒼輝祭編 Vol.3(古国府の告白)
放課後、古国府と敷戸、金池、僕の4人は教室で机を寄せて、蒼輝祭の打ち合わせをやっていた。
「まずは、メイド喫茶をするうえで、大事なコンセプトと役割分担、スケジュールを決めなければなりませんの」
古国府は黒板の前に立ち、「コンセプト」、「役割分担」、「スケジュール」と大きな文字を等間隔に余白を残して書くとチョークを置いた。
「古国府さ、そもそもコンセプトは古国府の中にあるんじゃないか?それを先に聞かせてもらった方がいいと思う」
僕は古国府が書いた、「コンセプト」の板書に指差して訊くと、彼女は僕たちに背を向けて、再びチョークを手に持つ。
「さすが、友近さん!察しがいいですわ。その通りわたくしの中でコンセプトは既に決まっていますの」
——『可愛さ重視の学園メイド喫茶』
「これですわ!」
古国府は書き終えると僕たちに振り返り、「バン」と黒板を叩いて、胸を張ってドヤ顔を見せていたが、意味が分からん。
可愛さ重視と学園がどう西洋に結びつくのか。なんだか普通にクラシカルなイメージのつもりだったが、古国府は僕の想像の斜め上をいく発想力だった。
ただ早瀬が可愛いメイド服で猫耳なんてつけていたらと想像すると、鼻の下が伸びてしまいそうだった。
「こら、友近さん!鼻の下が伸びてますわよ」
いや、伸びてたようだ。
「まったく……わたくしの猫耳メイド姿を想像するなんて、恥ずかしいですわ……」
人は違えど、古国府は僕の頭の中を覗ける特殊能力でも持っているのか。ズバリ過ぎて逆に怖い。にしてもなんで古国府は頬に手を当て少し顔が赤いんだ。
「ともちん、いやらし。浮気じゃん浮気。ぶーぶー」
敷戸、お前。わかってやってるな。しかも浮気って付き合ってもないのに浮気はないだろ。
「なんだ、友近。早瀬さんと付き合ってんのに、古国府さんまで狙ってるのか?すげーなお前」
「いや、待ってくれ金池。そんなわけないだろ、僕は早瀬とも付き合っていないし、古国府も狙っていない。話が飛躍しすぎだ」
敷戸が引いたトリガーは金池の暴言(僕にとって)のスイッチを入れてしまったことに、僕は腹が立つよりも呆れてしまった。
「と、友近さん、わたくしのこと……狙ってますの?」
おい、なんで古国府は顔が真っ赤なんだよ。敷戸、頼むから大事な打ち合わせ時間を無駄に削らないでくれ。
*
敷戸の余計なちゃちゃのせいで脱線した蒼輝祭の打ち合わせは軌道修正し、次の役割分担のフェーズに入った。
「次は役割分担なんですけれども……」
「ざっと、わたくしが考えたのは『キッチン』、『ホール』しか思い浮かばなくて……」
古国府は申し訳なさそうな素振りを見せるが普通に考えたら、キッチンとホール以外ないだろう。
「呼び込みとかいるんじゃね?」
脇役なのに、いいとこついてくるね、金池くん。
「そうだねぇ、客引きしないと来ないから必要じゃない?」
敷戸またわざと言ってるのか?いちいち印象が悪そうな言葉を使わなくても、普通に呼び込みでいいだろう。
「では、そうですわね。『キッチン』、『ホール』、『呼び込み』で役割分担を行いましょう」
古国府は僕が座る机の正面へ、黒板の前から歩み寄る。そして立ったまま前屈みでノートにメモを取ろうとする。
「っ!?」
前に屈んだ古国府の胸元が僕の目線と同じ高さになり、わずかに覗かせるピンク色が見えた。そして早瀬と同じぐらいの豊かさだと視認すると、ハッと気づき目を逸らした。
そんな僕を、敷戸がニヤニヤと目を細めながら見ていることに、若干の意地悪さを感じた。
「まずは『キッチン』ですが、金池さんリーダーでお願いできますか?」
「あ、俺?うん、別にいいよ」
そう、実はここも古国府の狙いがあったと思われる。金池の実家は喫茶店を営んでいる。もちろんメイド喫茶ではないが。どれくらい彼が両親の手伝いをしているかは定かではないが、少なくとも毎日見ていれば多少なりでも料理の仕方、キッチンの流し方はわかっているはずだ。そこを見越して古国府は金池を実行委員として抜擢したんだろう。
「では、キッチンのメンバーは金池さんにお任せしますわ」
キッチンの役割は主に調理と洗い物とかだ。メニューなどはこれから皆で決めていくことになるが、当然調理をして提供するわけだから衛生面を考える必要がある。喫茶店としての土台になる部分であるわけだから、一番重要な役割だ。そして、脇役の金池くんがどれだけ自分をアピールできるかはここで証明されるだろう。
「次はホールですわね」
「ホール全体の指揮はわたくしが執りますわ。敷戸さんは女性陣のリーダー。そして、友近さんには男性陣のリーダーをお願いしますわ」
黒板の前に立つ古国府は、僕と敷戸へ交互に視線を向けて、背を向け「男性陣、友近」、「女性陣、敷戸」とチョークで書いていく。
「えー僕が給仕やるの?」
どう見ても給仕役に向いてなさそうな僕は古国府に反論するが、古国府は僕の方に向き直り、小さくため息をつくととんでもないことを口にする。
「わたくしが友近さんを指名したのは、貴方のその真面目さ、そして何よりその皆に優しく接することができる姿を、わたくしは毎日見ていました」
「貴方にその……やっていただきたいのですわ。それで……あわよくば、その優しさをわたくしにも……向けてほしいですわ」
語尾は弱々しく聞き取りづらかったが、古国府は一体何を言ってるんだ。予期せぬ古国府の告白に僕は顔が熱くなる。敷戸と金池にも聞こえていたのか2人とも口を開けたまま、目を丸くしていた。そして古国府自身はうっかり言ってしまったことが、かなり恥ずかしかったのか、目を泳がせて顔を真っ赤に染めていた。
「あ、あぁ……ありがとう、古国府。わかった僕が給仕役のリーダーをやろう」
唐突な古国府の発言で、完全に拒否権を失った僕はその場の雰囲気に耐え切れず首を縦に振るしかなかった。
それにしても古国府は僕に対して、そんなことを思っていたとはな。今更ながら早瀬が実行委員になっていないことに、僕は安堵してしまった。
こうして、役割分担は全体の指揮を執る『古国府』、男性陣のリーダー『友近(僕)』、女性陣のリーダー『敷戸』、キッチンリーダー『金池』と決まった。
各役割のメンバーはリーダーで決めて行くこととなるが、まずは今日決めたことを皆に発表して、メンバーの選出はその後だ。誰にするかはまた3人で集まって決めないと、ホールとキッチンで被る生徒がいたら可哀想だろう。まあ少なくとも戸田はキッチンよりもホールだな。古国府のことを考えると、それが最適解な気がした。
*
「最後はスケジュールですわね」
「メンバーの選定は来週には決めて、メニューの決定、買い出し、装飾制作、調理用の材料の準備、リハーサルぐらいかしら」
古国府は黒板の残りの余白に必要な項目を書き出すと、こちらを振り返り、僕たち3人に視線を向けた。
「ふるふるさー、ともちんもそうだと思うけど、給仕の仕方とか分かんないけど、どうすんの?」
古国府に対して手を挙げた、敷戸はいつの間に考えたのか古国府を『ふるふる』と呼び、僕が訊こうと思っていたことを口にしてくれた。
「あーその点についてはご安心を敷戸さん。わたくし、考えがありますの」
「わたくしの家には教室ぐらいの大きな部屋がありまして、そこで給仕のプロの方をお呼びしてわたくしたちへ指南頂こうと思っていますわ」
古国府は胸に手を当て、自信満々の笑みを浮かべる。
「へぇー、ふるふるの家でやるんだね。ちょっと楽しみになってきた」
敷戸は目を輝かせて、古国府を見つめているが、僕はさすがにそこまでやろうとしているとは思ってなかったな。まさか、冗談を言う古国府でもないから本気なんだろう。現に彼女の眼は真剣そのものだった。
うーむ、古国府の家へ行くことになるのか。まあぞろぞろ皆で行く訳だから、予期せぬことが起きることはないと思うが、何か嫌な予感がするのは気のせいだろうか。
こうしてスケジュールについては、まずはメニューの決定、給仕メンバーの選出。そして古国府の家での給仕訓練という流れで進めることとなった。
装飾制作は担当を決めなければならないが、これも古国府に考えがあるらしく、「わたくしに、おまかせして欲しい」と言っていたので今日は決めなかった。いずれにしても制作自体は皆でやらないといけないだろうから、状況はまた古国府から聞くことにしよう。買い出しは必要なものさえ決まれば誰がやっても問題はないと思うので、こちらも今日は決めなかった。
*
「そういや、給仕用の衣装はどうするんだ?」
蒼輝祭の打合せが終わった後、背を向け黒板に書かれた板書を消している古国府に僕は訊いた。
「その点についてもご安心を友近さん。最高に可愛いメイド服を準備致しますわ」
古国府は手を止め、僕の方に向き直ると、手に持った黒板消しを前に突き出しウインクする。なんだろうか、おちゃめで可愛く見える。
「いや、メイド服じゃなく、僕たちが着るやつ」
「執事服ですわね。それもわたくし好みに仕立てて見せますわよ。友近さんには是非とも着て頂いて……わたくしをマンツーマンで接客を……ごにょごにょ……」
また語尾がごにょごにょ言って聞きづらかったが、古国府は何かを企んでいるのか。マンツーでそんな真似をしたら、早瀬に何をされるか分かったもんじゃない。そんな僕の恐怖など知る由もなく、古国府は顔を真っ赤にしてモジモジしていたが、僕は一人背筋が凍るほど青ざめていた。
次回は古国府家でのお作法勉強会です。




