第三十話 最悪と光
「岩センが……俺の、お父……さん……?」
蝉の声が遠くなり、ただ無音だけが俺を包んでいた。
彼女は俺を気遣うように視線を向けながら続ける。
「ハルトくんのお母さん、ハルトくんが生まれてすぐの頃に離婚したって言ってたよね。その相手が岩井先生で……本当は、岩井ハルトくんなんだよ」
「――」
「二歳上のお兄ちゃんを岩井先生が、ハルトくんをお母さんが引き取ったんだって。それで、ハルトくんを心配して……部活の顧問としてでも見守りたかった、って岩井先生から聞いてたの」
「……そん、な」
そんなこと、今更知ってどうしろって言うんだ。
「背中を押したのは……あの時も言ったけど、ちゃんと話さないときっとハルトくんが後悔すると思ったから。まさか死んでるなんて思わなかったけど……」
スイは申し訳なさそうにちらりと俺を見た。
膝の力が抜けてそのまま崩れ落ちそうになる。世界がスローモーションに見えた。ぐるぐると思考が回る。岩センが、お父さん。岩センは死んだ。だって手が冷たかった。
その時、俺の中で声がした。
――岩センが死んだのも、俺の不運のせい?
「……あ……あああ……!!」
俺が悪い子だから?俺が世界から嫌われてるから、岩センも死んだ?お父さんだって知る前にいなくなった?俺は思わずふらついて本棚に手をついた。
その瞬間だった。
ぐらり、と本棚が崩れる。
俺の方に倒れてくる。あ、これも不運か。脚に力が入らない。避けられない。このまま死ぬのか――
その時、ふわりとした金髪が視界を覆った。
本が雪崩のように落ちていく音だけがする。痛みはない。
スイが両手を広げて本棚を押さえていた。完全に倒れる前に支えたのだ。
「……ハルトくん……っ、ケガ……して、ない?」
「……スイっ!!」
俺は慌てて彼女の手を引く。スイは大きな怪我をすることなく、無事に本棚の下から抜け出すことができた。
「スイの方こそ……怪我してないか!?俺なんかを庇って……重かっただろ、痛かったか……?そうだ、保健室に――」
「……ううん、大丈夫。たいしたことないよ」
そう言ってスイは柔らかく微笑んだ。その笑顔から、俺は目が離せなかった。自然と口から言葉がこぼれる。
「スイ……ごめん、な」
彼女は心から嬉しそうに笑った。
「ううん……いいんだよ、ハルトくん」




