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第三話 最悪で最高の一枚

「お? お前びしょ濡れじゃねえか。――またいつものアレか?」

 岩センが撫でる手を止め、にやりとこちらを見た。身長が低い彼は俺を見上げる形になる。

「……うん」

 千夏が長い栗色の髪を揺らして可愛らしいハンカチを差し出してくれる。

「ありゃ……。あたしのハンカチ使うっすか?」

 汚すのは悪いが、気遣いを断るのも申し訳ない。俺はありがたく受け取った。

 部長がさらりとした前髪を直し、いつものように嫌味を垂れる。

「もっと気をつけていれば防げただろう? まったく、君はいつもそうだ。不甲斐ない……他人が被る迷惑のことも少しは考えたまえ。」

 しかしその瞳はわずかに揺れていた。

 スイがどこかドヤ顔でサムズアップをする。

「……どんまい。次は足の裏に滑り止めシート付けよう」

 なんだそのリアクション。相変わらず読めない奴だ。

 ――いつものアレ。

 そう、俺は世界に嫌われている。じゃんけんは勝てないし、急げば赤信号に引っかかる。それに、あの人もいなくなってしまった。俺の、唯一の。胸の奥が鈍く痛んだ。

 その時、スイがそっと呟くように言った。

「ハルトくん、シャツ濡れちゃってる。それ、あの人が中学の入学祝いにくれたやつでしょ。」

「え? ああ……。お前にその話したか?」

 誰かに話した記憶はないのだが。……いや、俺が忘れているだけか?

 俺はどかりと椅子に座り、借りたハンカチで濡れた自身の茶髪を拭う。洗って返そう。

「はあ。今日も相変わらず最悪だ。明日もその次も、ずっと最悪なんだろうな……」

 やる気が出ずただだらりと座る俺を千夏が微笑んで見つめた。

「……じゃあ、書き換えちゃえばいいじゃないっすか!」

 元気なその言葉に俺は目を瞬かせる。皆もきょとんと彼女を見つめた。

「センパイはもっと楽していいと思うっす。あたしたちもいるんだし!」

 岩センが俺の背を叩いた。力加減が悪くて痛い。

「ま、焦るこたあない。人生そういう時もあるさ。

 しんどい間は何かに寄りかかってりゃいいんだよ。今度一押しの本を貸してやる。読め」

 部長がパソコンを叩きながら口を開く。

「不幸を言い訳にする人間は三流だ。まあ、凡人がよく陥る穴といったところだな」

 スイがこちらをちらりと横目に見る。ふわふわの金髪がわずかに揺れた。

「……やりたいこと全部やっちゃえばいいんじゃない」

 皆の励ましに俺は面食らい、何も言えなくなってしまった。千夏がぐっと拳を握って続ける。

「そうそう! あたしでよければ話とか聞くし……あの、そのハンカチ返すついでに、一緒にサイゼとか……!」

「ああ、いいな。皆で行こうぜ」

「あ、あぅ……そうっ、すね」

 千夏は何故かしょぼんと俯いてしまった。部長が大きくため息をつき、岩センが俺の肩を強めに小突く。その様子をスイは静かに眺めていた。少し微笑み、首から下げたカメラのシャッターを切る。パシャリ、とシャッター音が響いた。

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