55 エピローグ
「ロビン、お茶でもどうかって、母さんが言ってるぞ」
扉を開けて入ってきたのは、父だ。
途中で手を止めたくないため、振りむかずに返事をする。
「母さんに、ちょっと待っててと伝えてくれる?もう少しで片付けが終わるから」
「おお、すごいな。もう全部終わったのか?」
「ええ、なんとかね」
父が王都に行ったついでに買ってきてくれたキャンバスだ。
あまりにも格安だったからと、買い占めてきたらしい。
描かれていた絵は、どれも人の死を扱った悪趣味なものだった。
だが、こうして削り、軽石で表面を擦れば再び描くことができる。
「まさか、お前が絵描きになるとは思わなかったけどな」
「そう?」
「・・・いや、そういえば、子供の頃からよく絵を描いていたな」
子どもの頃、私の興味は外遊びばかりだった。
でも、アリスと一緒に遊ぶようになってからは、彼女に影響されて絵を描くようになった。
季節の花々、綺麗なドレスを着た花嫁、クリスマスのご馳走・・・。
彼女と並んで絵を描く時間は、とても楽しかった。
「本当に、お前は描くことが好きなんだな」
「でも、売れないけどね」
「いいさ。あとで有名になって、子孫が金持ちになるかもしれないしな」
冗談めかして笑う父に、思わず小さく笑い返す。
うちは村では裕福な方だ。
兄の商売も軌道に乗っている。
だからこそ、こうして好きな絵を描いていられるのだ。
「未来への投資だと思ってくれると、嬉しいわ」
「儂には、おこぼれはなさそうだけどな。でも、いいさ。好きにしろ」
(・・・・・・父さんの口癖ね)
隣家で起きた、あの不幸な事故のあとからだ。
父は、命はあまりにもあっけなく途絶えるものだと実感したのかもしれない。
私にも兄にも、後悔なく生きろと常々言うようになった。
妹の棺の前で、後悔に泣き崩れていた伯爵の姿に、何か思うところがあったのだろう。
人の誕生には、備えができる。
けれど死は、ある日突然にやってくるのだ。
「そうそう。お前に、アリスちゃんから手紙が来ていたぞ」
「本当!?」
悪戯っぽく笑う父のもとへ、私は慌てて駆け寄った。
父が隠すように持っていたのは、麻布に包まれたキャンバスだ。
8歳のとき親戚に引き取られた親友は、こうして時々、絵を描いて送ってくれる。
ギリシャ神話に出てくる双子の兄弟、カストルとボルックス。
兄は人間、弟は神の子で不死。
兄の死を前に、弟は離れたくないと願い、やがて二人は天に上げられ星座になったという。
神話の兄弟のように、ずっと親友でいようねと誓いあった私たち。
距離は遠くとも、こうして交流は続いている。
麻布を慎重に広げると、薄紙に守られたキャンバスの上へ、小さなカードが控えめに添えられていた。
「で、何て書いてあるんだ?」
「・・・・・・結婚したそうよ」
「へぇ!それはめでたいな」
私は文字は読めるものの、あまり得意ではない。
それを気遣っているのか。
それとも彼女自身が言葉で表すのが苦手なのか、彼女から送られてくるものは、いつもそのほとんどが絵で占められていた。
「・・・・・・綺麗な星空だな」
「そうね」
描かれていたのは、あの夜、最後に二人で見た双子座流星群だろうか。
それとも、彼女が今見上げている空なのか。
空は、深い青を幾重にも重ねて描かれていた。
キャンバスに描かれた星空は、まるで神々が舞い降りた祝祭のように輝いている。
静寂の中、無数の光が降り注いだあの瞬間。
あのとき、アリスは何を願ったのだろう。
「アリスちゃん、幸せそうだな」
「ええ。絶対にアリスは幸せよ」
星空を眺めるたびにアリスの幸せを願ってきた。
きっと、星は願いを叶えてくれたのだろう。
喜びと美しさに彩られたこの絵が嬉しくて、いつまでもいつまでも見つめていた。
お読みいただき、ありがとうございました。
また、ブックマークや評価で応援していただき、本当にありがとうございました。
これにて完結です。
ちょっとヘタレなルーク様と、感情を表すのが苦手なアリスの恋物語、いかがだったでしょうか。
楽しんでいただけたら、これ以上嬉しいことはありません。
最後まで見守っていただき、ありがとうございます。




