悪魔
「先輩……!?」
「そ。ヨモギ先輩だよー」
磔にされたまま驚きの声をあげるウェンディに、ヨモギは首だけを振り向かせて応える。
「(ヨモギ…………ああ)」
それを少し離れた位置から見ていた悪魔を名乗る少女は、呼ばれた名に何かを思い出したように僅かに瞼を上げた。
「後輩を見殺しにした人か」
その言葉に嘲りは無く、顔に浮かべた無表情が、ただ確認しただけだということを表している。
だが、それを聞いた瞬間、ヨモギの薄ら笑いが一層張りついたものになったことにウェンディは気付いた。
「へぇ、知ってるんだ。私は君のこと知らないんだけど」
「粗悪なコピーのオリジナルです。……邪魔、しないでもらえますか?」
「邪魔? 何の?」
「貴方の後ろのを殺すのに邪魔−−−−だけど、まぁいいか」
悪魔を名乗った少女の周囲の景色が歪み出す。
「もろとも殺せば」
少女の両腕が前へ伸ばされると同時に、十の結界が敵を貫き殺さんとその身を伸ばした。
槍となった結界は曲線を描きながら半分がヨモギ、半分がウェンディへと迫る。
「もろとも、ね」
ヨモギは薄ら笑いを張り続けながら、手にした鎌に力を込めた。
鎌は身の丈ほどもあり、一振りが大きいために連撃には向かない。
そう判断したウェンディは、自分に構わず避けろと叫ぼうとしたが−−−−
「舐めんな」
繰り出された『一撃』に、思わず口を開けたまま静止した。
あまりの速さに誤認した訳ではない。
鎌の刃先が振られた瞬間に分裂し、一撃で全ての結界を打ち砕いたのだ。
「!」
結界が砕かれることも、ましてや全て防がれることも予想外だった少女は一瞬、動揺で動きが固まる。
その隙を見逃すことなく、ヨモギは続く攻撃を放った。
振るった鎌はまたしても形を変え、今度は巨大化した刀身が敵の首へと手をかける。
刃が当たった瞬間に少女は身を回転させて受け流したため首が落ちることはなかったが、その首筋からは小さな切り傷から血が流れていた。
「(……? 何、今の感覚……)」
ギリギリで死を免れた悪魔を名乗る少女。
着地をした後、僅かにぐらつきを見せた彼女は、不思議な顔で自身の首筋に手を当てた。
そこには既に塞がった傷跡があり、血はもう流れ出ていない。
「(まるで、首の一部が崩れたみたいな……)」
手に付いた血をじっと見つめるが、ヨモギは考える時間など与えず続く一撃を繰り出す。
天から振り下ろされる大鎌の一撃。
少女は守るために結界を壁として作り出し−−−−それが壊れていく様を見て、目を見開いた。
「(なるほど! 何かしらの魔術で出来てるとは思っていたけれど……呪いか! それも高レベルの、『対象を崩す呪い』!)
結界を砕いて降って来た刃を避け、少女は大きく後ろへ跳躍して距離を取る。
「(さっきの一斉攻撃、最初に砕かれたものよりも硬度を上げていたのに簡単に壊された。無機物も呪えると見て間違いない。そして、問題は私が攻撃を受けた時に感じた痛み)」
その目は目の前に立つ敵を脅威と捉えた目つきであり、先ほどの数を優に超える結界を周囲に生み出していく。
「(首が崩れ出す痛みがあったのに、実際にはすぐに治せる小さな傷が付いただけ。なら、アレは私の何を呪った?)」
対するヨモギもまた、相対する敵の纏う空気が変わったことを察し、自らもまた集中を高めながら構えを取る。
「(おそらく……私の精神。アレを食らい続けるか、大きな一撃を受ければ……私の魂は消え、鬱陶しく残り続けてるクローンの魂だけが残る)」
僅か十数メートル。
両者の間の空気が軋み出す。
「(なら−−−−)」
空気が、爆ぜた。
なんてことはない。
二人が同時に繰り出した攻撃がぶつかり合い、破壊された結界から濃縮された大量の魔力が飛び出ただけだ。
だが、その余波でアスファルトは吹き飛び、新たなクレーターが形成される。
「(攻撃が私に届く前に、こいつを殺す!)」
ヨモギが鎌を振りかぶった瞬間、悪魔を名乗る少女は瞬きの間に作り出した結界を放つ。
自在に形を変える武器を好きに使わせないための攻撃であり、今までの比ではない速度で放ったソレは狙い通りにヨモギの動きの邪魔をした。
鎌は一つであり、攻撃と防御を同時には出来ない。
相手に自由を与えず、自分のターンを続けてトドメへと繋げるという判断は正しいだろう。
だが、少女は忘れていた。
「意気揚々と攻めるのはいいけど……後ろ、ガラ空きだよ」
ヨモギの言葉に少女は反射で後ろを振り向く。
そして、見た。
脅威を前に完全に意識から消えていた、紫電を纏うウェンディの姿を。
「もう一度言う……アズを、返せ!」
宙を走る紫電。
発生源であるウェンディは、右腕が敵の胸部に突き刺さっている。
悪魔を名乗る少女は、痺れる体で自身の胸元を見下ろした。
「これじゃあ……貴方の友達もろとも死ぬよ……?」
「私ならこれくらい治せる。致命傷を負わせて動けなくしてから、先輩の力で君を取り除けばいい」
「……へえ、そう」
少女が、視線をウェンディへと移す。
「この程度が、致命傷ね」
その口元が、不敵に笑った。
「ウェンディ!」
敵の不気味な余裕と、ヨモギの焦りを帯びた声にウェンディはその場から飛び退く。
手が引き抜かれた少女の胸には真っ赤な穴が出来ており、それがドクリと脈打つ。
ドクリと、もう一度脈打った瞬間、赤い亀裂が全身へと広がった。
そこに立つのは古き『人』にあらず。
新しき『人』が、姿を現す。
赤黒い翼と角、そして尻尾を携えた、悪魔を模った『人間』が。




