初都会
「おお……人がいっぱいだ」
馬車から降りた少女は、初めての街で驚きと共に周囲を見回していた。
右を見ても人の群れ、左を見ても人の群れ。
森ではありえなかった光景に、今抱えている問題を数秒ほど忘れて関心し続けた。
――この中を進むのか……この地図で?
苦い顔をした少女の右手にあるのは、意味の分からない伝言が書かれた紙切れ。
その裏には目的地までの地図らしきものが描かれており、最初は少女もありがたいと思ったのだが――――
――師匠……雑!
そこにあったのは、手書きで書いたであろう線が一本。
おそらく道順を描いたのだろう。
だが、他には何もない。
目印の建物も、距離も、方角も。
地図と呼べるか怪しいレベルの地図が、そこにあった。
「……いや、無理。ムリムリムリ。絶対迷う」
一瞬だけ挑戦を試み、即座に判断する。
迷子確定の手段を切り捨て、少女は代案を片っ端から思い浮かべていく。
――どうしよう……一番高い建物に登って探す? ……学校の外見知らないや。人に聞く? ……上手く喋れるかな。馬車の人と話すときも心臓バクバクだったし。……馬、かわいかったな。
「どいてどいて~!」
遠くから慌てた声が近寄って来るが、思考に集中したウェンディは気付かない。
――……いや、やるしかない。頑張れ私、できるだけ話しやすそうな人を探すんだ!
「どいて~! どいてくださーい!」
声は少女のいる方へと近寄って来るが、”他社との会話”という難問に挑戦するために入れた気合が、音の全てを遮断する。
「…………よし! あの、すいませ――――」
「逃げるよお姉ちゃん!」
「うぇっ?」
勇気を振り絞り、力強く踏み出した第一歩。
その足は、地面に着くことなく胴体ごと宙へと持ち上げられた。
荷物のように脇に挟まれた少女の体は、人混みの中へと突き進んでいく。
「えっ? えっ?」
「とうっ!」
ぶつかる――――そう確信した少女の視界は、次の瞬間には空を見上げていた。
どこか既視感のある景色。
約一秒の時間を費やして、少女の脳はそれが今朝の跳躍の際に見た景色と同じであることを思い出す。
そして、次に起こることも。
「うわあぁぁ!」
急上昇からの急降下。
動けない状態でのソレは大きなスリルを生み出し、建物の屋上への着地と重なる形で呆けていた頭を完全に覚まさせた。
「ん? ……あれ? 君だれ!? お姉ちゃんじゃない!?」
「いや、君こそだれ!?」
それと同時に自身を抱えた犯人とお互いを認識し合い、互いに目を見開いて叫び合う。
「ウソでしょ人違い!? ……同じ制服だったせいだ~!」
「同じ? あ、ホントだあぐあっ!?」
「しかも追いつかれた~!」
「なに……に……っ」
――ていうかキツイ! 内臓出る!
突然強められた腕の力に圧迫され、少女の口から空気が漏れる。
痛みに身をよじった少女の頭は僅かに下がり、ほんの一瞬、背後の映像を視界に移す。
そこにあったのは、白。
白としか言いようが無い浮遊物が、三つの曲線を描いて飛んできていた。
三方向から迫るソレに、少女の本能が叫ぶ。
ソレは、攻撃だと。
「伏せろッ!」
「えっ」
体を限界までよじり、無理やり抱えながら走るその姿勢を崩させる。
それにより逆さまの状態ではあるが正面を向けることを達成した――――が、白との距離はわずか一メートル。
反射でしか対応できない少女に向けて、白はその殺傷性を露わにした。
雲のような状態から平坦な見た目へと変化し、回転を加えたソレは道にある空気を切り裂いていく。
そして、空気の先に狙うのは肉と骨。
巻き添えとなったコンクリートの瓦礫と共に、赤い血が空へと舞った。