星に願いを
それは、一つの小さな隕石だった。
雨が降る夜に地上へと落ちてきたソレを、人里から離れた場所に住んでいた一人の魔女が星見の魔術で観測し赴いた。
傘を差し、ぬかるんだ道を進んだ先にあったのは、小さな小さなクレーター。
その中央に、緑色に淡く光る結晶を見つけた。
魔女はその結晶を持ち帰ると、工房を用いて解析を始めた。
そして、分かったことが一つ。
その隕石は生きている。
結晶の内側に細胞を持ち、表面から枝のようなものを伸ばすことで体外のものを吸収、エネルギーへと換えて体内で消費。
何であろうと取り込み、徐々に巨大化していくその『生命』に、魔女は己が人生の命題を見出した。
「この生命を完成させ、宙へと帰すべきだ」────と。
◼️◼️◼️国、巨樹周辺。
地中から伸びた幹が完全な『樹』となり、周囲の建物を凌駕する大きさと高さで聳え立つ。
その側面から伸びる枝の一本の上で、ノアとアズレイユは戦闘を繰り広げていた。
「カガミノヒトミ────」
アズレイユの影から無数の黒い腕が伸び、束となって動くことで逃げ道を塞ぎながら敵へと迫る。
アルカナは防御をする素振りを見せず、無抵抗のまま立つその体を黒い波となった腕の群れは容赦なく飲み込んだ。
進み続ける腕の群れがやがて幹へとぶつかると同時に、ノアが万物を凍らせる白い風を吹かす。
最大出力で吹いた風は一瞬で腕の全てを包み込み、一秒もせずに巨大な氷のオブジェへと変える。
「いい攻撃だね」
氷の中から届く魔女の声。
仕留めきれていないと警戒するノアとアルカナの頭上から、五発の巨大な光の弾が降り注いだ。
「ッ!!」
光の弾によって氷だけでなく枝も壊され、死角からの攻撃を受けた二人は重力のままに落ちていく。
地面へと勢いよく落下した二人を、氷の中から出てきたアルカナはゆっくりと降下しながら見下ろす。
「私の魔術は星をモチーフにしたものだからね。木の実を隕石と見立てて落とすことも可能だよ」
優しく告げられる言葉を、受け身も取れず直撃を喰らった二人はただ聞くことしか出来ない。
「ごめんね。前に戦った騎士が強かったせいで、力加減を間違えた」
地面が砕け、無数の根が姿を現す。
根は触手のように動いて伸び、ノアたちへと迫る。
「後悔も無念も、ちゃんと味わってあげるからね」
二人の体は、命の危機を前にしても動かなかった。
霧の中。
前を進む師匠の背を追って歩きながら、ウェンディは聞かされた話しに対する感想を口に出す。
「つまり、その魔女がアルカナってこと?」
「そう。明確な目標を得れずにいた彼女は、その日ようやく自分のゴールを見出したんだ。そして何百年と時をかけて空から降ってきた生命を成長させ、ついには国一つを贄に捧げ、今、計画は最終段階に入った」
振り向くことなく少女は進み続け、淡々と言葉を紡ぎ続ける。
辺り一面が霧な上に地面が無いため足を動かしているのに進んでいないような感覚に襲われながらも、ウェンディは気を紛らわすことも兼ねてその背に疑問を投げかけた。
「最終段階……つまり、その隕石を打ち上げるってこと?」
その言葉を聞いた瞬間、師匠はようやく足を止め、真剣な眼差しで振り返る。
「いや、彼女の次の目的は────地球そのものを、隕石に食わせることだ」
それは、あまりにスケールのおかしな内容。
大陸なら、いや大陸でも唖然はしただろうが、それでも大陸なら理解出来た。
だが、師匠の瞳を見たウェンディは、それが冗談や誇張の類ではないと理解させられる。
──「もうすぐ世界が終わるから────」
「……あ」
最初にアルカナと会った時の言葉を思い出す。
「世界が終わる」とは、「人の世界が終わる」のだと解釈していた。
それこそ、今までの異界のように。
今回は、比喩無しに文字通り「世界そのものが終わる」のだ。
「食べるという過程そのものにも価値を見出しているようだけど、結果自体は変わらない。その最悪な未来が来る前に……」
「……待って、師匠!」
世界の危機。
それは確かに重要な情報であるが、それ以上に気になってしまう情報が、今、ウェンディの中に生まれた。
その脅威的な敵と対峙している、味方の安否が。
「二人は今どうなってる!? もし私だけがここに来たなら、すぐに助けに行かないと……!」
焦るウェンディの様子を、師匠は驚いたような顔で見る。
そして、一瞬遠くを見つめた後、少し笑って答えた。
「大丈夫だよ。今、頼れるヤツが向かった」
「誰かな、君は」
アルカナは目の前で燃える根を見ながら、その燃やした存在に問いかける。
倒れたノアとアズレイユの前に立つ彼女は、その問いに意地の悪い笑顔で答えた。
「さぁ、誰でしょう?」
両手に纏うは炎の衣。
境界科三年の片割れである魔女が、戦場へと舞い降りた。




