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「アニキ、この話って、もしかして『醜いアヒルの子』?」
朗が尋ねると、
「気づくの遅過ぎだろ」
読真が毒づいた。
「『醜いアヒルの子』はアンデルセンの作品だよ」
「ふうん。それで、僕たちはこれからどうなるの?」
「どうって?」
「案内人はどこ?」
「……さあ」
「あの白鳥の子はこれでハッピーエンドかもしれないけど、僕たちはこのままじゃアンハッピーだよ」
「……」
そこへ、
「ありがとうございます」
声が上がった。振り向くと、白鳥とは違う、黄色いくちばしと黄色い足をした白い鳥がそこにいて頭を下げている。
「あ、アヒル」
声を上げたのは朗だ。アヒルは、深々とお辞儀をすると、
「あの子を励まして下さって、感謝致します」
と言った。
「あの子って、あの白鳥の子?」
「はい。私の子です」
「それじゃ、あなたが育ての親ってこと?」
「はい。群れから逃げたあの子のことが心配で、追っていたのです」
「え? 群れを放っておいて?」
「ご心配なく。他の子供たちのことは夫と長女に任せてありますわ」
アヒルは、仲間たちと湖の上を優雅に泳ぐ白鳥の子を見て、
「あの子の特徴が他の子たちと違うので、きっと私の本当の子ではないのだろうと思っていました。でも、私は、他の子たちと同じようにあの子を愛してきたつもりです」
と言う。
「でも、あの子には伝わってはいなかったのでしょう。だから、あの子は群れから逃げ出してしまった。あの子が幸福になるには、どうしたらよいのでしょう?」
アヒルが、湖から目をそらし、兄弟を見つめて問いかけた。
「もう幸せなんじゃない? 今の自分の姿を気に入ったみたいだし、たくさんの友達ができて幸せそうだもん」
朗が答える。
「今はいいかもしれない」
読真が不安げにつぶやいた。
「でも、みんな必ず年をとるよ。毛並みに艶がなくなってきたり、羽が抜け落ちたりさ、見た目は変わるものだよ。見た目の美しさにしか幸福を得られないなら、またすぐに不幸がやってくると思う」
と読真が答える。
「なら、どうしたらいいの?」
朗が尋ねた。すると読真は、
「お前のようになればいいんだよ」
そう答えた。
「飾る必要はないんだ。外側だけを見る人は多いかもしれないけれど、このアヒルのように、ちゃんと中身を見てくれる人も必ずいるんだから。……俺も、少しはお前のことを見習わないとな」
最後の言葉は小さくて聞き取りづらかったが、朗の耳にはしっかりと届いていた。
「……」
朗は何も言わない。けれども、ほんの少し赤らんだ顔を湖に向けると、優雅に泳ぐ白鳥を見つめた。
「あなたがたには無限の可能性があります。大きく羽ばたいてごらんなさい。悔いを残さないように」
「あ! 見て! あの子、光っているよ!」
アヒルの言葉が終わるか終わらないかのうちに、朗が大きな声を上げて白鳥の子を指差した。
「あの子の頭、白く光っている!」
「あ……なんだ。夕日が反射しているだけだろ」
「え、夕日?」
読真に言われて見ると、橙色の西日が湖を照らしていた。
「違うよ。白い光だって」
「だから、夕日だろ?」
「夕日は白くないでしょ」
「湖に反射して白っぽく見えるんだろ?」
「え? だから、違うって」
「あ、アヒルがいない」
読真と朗が話している間に、アヒルの姿が消えていた。代わりに、そばの草むらが金色に光っている。
「お前の言っていた光って、これか?」
「違うよ。白い光だってば。白鳥の子が光っていたの」
「なら……だから、夕日だろ?」
「だから、違うって!」
「もう、なんだよ」
「アニキには見えないの?」
そう言われて、読真はもう一度白鳥の子を見る。けれども、夕日以外の光は見えなかった。
「わからないよ」
「え……」
「もう、いいだろ。それよりこの草むら。この光には見覚えがあるよ。きっとこれが、次の『物語』に向かう道だ」
「……あ、うん」
「次では帰れるといいんだけどな」
「そうだね」
「行こう」
読真は、光る草むらをかき分けた。すると、まばゆいばかりの金色の光に全身が包まれる。それを見た朗は、急いで読真の腰にしがみついた。
草むらから発せられた光はどんどん大きくなり、読真を包み込んだ光は朗の体をも包んで行く。そうして膨らんだ光は、二人を包み隠すと、ぱっと唐突に萎んだ。
光が消えると、兄弟の姿も消えていた。
涼しげな秋の風が草むらを撫でる。そこには、もう何もなかった。
ただ、あるのは、夕日に照らされた湖の上を、白鳥の群れが心地よさそうに泳いでいる姿だけだった。




