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「ねえ、アニキには見えなかったの?」
朗が尋ねた。
「エラや白雪姫にも見えたし、たぶん雪の女王にもあったと思う」
「だから、何がだよ?」
「光だよ! 白い光。頭の上の方から、降ってくるように見えるの。さっきの白鳥にもあった」
「だから、それは夕日だろ? 雪の女王の時は一面氷に覆われていたし、エラや白雪姫の時は外にいたから、きっと光の反射が見えただけだろ」
「違うよ! そんなんじゃない」
「あんまり騒ぐなよ。喉が渇くぞ」
読真が、額に浮かんだ汗を手の甲でぬぐった。
二人は、今、深い森の中を歩いている。
「『白雪姫』を思い出すな……」
「道が平らで、あの時よりは歩きやすいけどね」
「気温も、そんなに高くなくて助かったよ」
「うん。でも、お腹空いたね」
「喉も渇いた」
「ねえ。本当にこの道で合っているの?」
「さあ? でも、立ち止まっていたって助かるとは思えないし。今までのことを考えれば、少しでも進んだ方がいいと思うんだ」
「ふうん。……はあ、お腹空いた」
そう話しながら森の中を歩いていると、びゅうと風が吹いた。
「……あれ?」
朗が立ち止まる。
「ねえ、甘い匂いがしない?」
「お前、そんなにお腹が空いているのか?」
呆れながら読真も立ち止まる。しかし、そんな読真の鼻孔を、甘い香りがくすぐった。
「……花の香り?」
今いる場所を考えてそうつぶやくが、けれども、何か違うような気がする。
「ケーキじゃない?」
朗の言葉に、
「そんなわけが……」
ない、と答えようとした読真だったが、またも匂ってきた甘い香りにその言葉を飲み込んだ。
「あ、チョコの匂いだ」
「……うん」
ついに読真もうなずく。チョコレートの匂いが、読真にもしっかりと感じられたからだ。
「あっちだよ!」
朗が走り出した。
「あっちから甘い匂いがする!」
「おい! 待てよ、朗!」
山の中を散々歩いてきて、どこにそんな体力が残っていたのか……。猛スピードで走り去る朗の背中を、読真は全速力で追いかけた。
「……何しているんだ?」
ようやく追い着いた時、朗はひたすら何かを頬張っていた。
「アニキ、これ、すっごく美味しいよ!」
そう言って差し出されたのは、ミルクチョコレートがたっぷりとかけられたビスケットだった。
「お前……それ、どうしたんだよ?」
「これだよ。匂いの正体はこの家だったんだ。これ、みんなお菓子でできてる!」
その言葉に見上げれば、目の前には一軒の家が建っていた。
屋根は黒く、チョコレートの板を張り合わせてできているようだ。壁はカラフルに彩られ、壁と壁の繋ぎには生クリームやカスタードクリームが使われている。窓もあり、窓枠には色とりどりのキャンディが散りばめられていた。
「うわ、甘い! ここ、砂糖の味がする!」
朗が壁をぺろぺろと舐めている。壁は鮮やかな色彩で、三階部分がピンク色、二階部分が白色、一階部分が黄色だった。朗が舐めていた黄色の壁は溶け、その奥にベージュ色の壁が見える。
「これもビスケットかな」
そう言いながら、さらに壁を掘り進めようとする朗を、読真は制した。
「よせ、それ以上やったら家が潰れるぞ」
「え、でも、誰も住んでないでしょ?」
「住んでいるよ」
「嘘だあ。だって、こんなお菓子の家に人なんか住めないよ。暑い日にはチョコレートは溶けるだろうしさ、ビスケットの壁じゃ雨は防げないよ。水漏れしちゃうもん」
「お菓子の家が出てくる童話、知らないのか?」
「……あ……えっと、『ヘンゼルとグレーテル』?」
「そうだよ。ここは、魔女の家だ。気づかれる前に逃げるぞ」
「逃げるって、どこに?」
そんなことを話していると、ビスケットでできた扉が、ぎぎぎと音を立てて開いた。




