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夏の茶会は大抵が庭で行われる。夏の短いステファンマルクではあるが、夏の間は晴天の日が続く。今日も外で過ごすには最適な日だ。
「そうか三人とも同じクラスだったんだな よかったな」
イクセルとスイーリにソフィア。今年入学する三人も揃ってAクラスだったそうだ。
「今年の代表挨拶はイクセル様ですわ」
「そうなのかイクセル おめでとう」
「僕・・・緊張しちゃうな」
緊張とは無縁だと思っていたイクセルだったが、代表挨拶は緊張するものらしい。
『一言話せば充分だ』
「ってのは嘘だからな しっかり考えろよイクセル レオの言葉信じたらダメだからな」
ベンヤミンはご丁寧に二度も私のことを否定した。
「二年連続一言でご挨拶が終われば 慣例になって感謝されそうですが」
「何言ってるんだよヘルミ あんな珍事はレオにしか許されないよ」
なんだ許してくれていたのか。一年前のことを持ち出すから根に持たれていたのかと思った。
「アレクシーは寮暮らしか」
「週末には帰るよ 模擬戦のある時以外日曜日は休まなくてはならないんだ 鍛錬禁止だって」
「そうなんだ 年中鍛錬しているどこかの誰かに聞かせてやりたいな」
「それで思い出した
レオ この前どうしてあんなこと言ったんだ? ほら中庭でペットリィを紹介したことがあっただろう」
『うん?』
「ああ!あの時は俺も驚いた 余計なこと言わなくて良かったよ」
「何があったのですか?」
「いや たまたま中庭でレオとベンヤミンに会ってさ その時他に騎士科が決まったやつも一緒にいたから二人に紹介したんだが レオが剣術には興味がないってそいつに向かって言ったんだ」
『何故だろうな』
「何故って・・・そんな他人事みたいに」
『剣術を取っていないことをあれこれ聞かれるのも飽きたからさ 興味がないと言えばそれ以上聞かれることもないだろう』
実際には一度もそのことについて聞かれたことはない。恐らくあの時の私は一刻も早くその場から離れたかったのだろう、それとペットリィにどんな些細なものであれ私の個人的な事情を知られたくはなかったのかもしれない。
「まあでもそういうことにしておくよ あいつも先輩たちも正式な騎士になれば嫌でも知ることになるだろうけどな」
「驚くだろうねー レオが興味がないどころか騎士より強いなんて知ったら・・・うわーっ!それ大変じゃない?」
「俺もそれを考えてた はっきり言って騎士科の先輩よりレオの方が強い」
「問題ありませんわ レオ様は興味がないとおっしゃっただけなのですよね それもお一人にだけ 興味がなくても優れていることなどレオ様にはいくつもおありになると思いますわ」
まさかソフィアからそんな風に言われるとは思わなかった。
『ソフィアそれは言い過ぎ・・・』
「そうだね!ソフィアちゃんいいこと言うねー レオはさ音楽にはそれほど興味がないみたいだけれど レオの伴奏はとても弾きやすいんだよ 初めて聴いたときに思ったもん」
「それよりも私が驚いたのは レオ様剣術の授業お取りになっていないのですね」
「あ・・・そうなの?レオ!僕も聞き流しちゃってた レオが剣術取らないで何やってるの?」
『話していなかったか 私は弓術だよ 弓術はいいぞ人数が少ないから思う存分練習できる』
「レオさ・・・一人で一部隊出来ちゃいそうだね」
「そうだレオ 槍も使ってみないか?」
『・・・遠慮しておく』
「槍は冗談だけど 来週俺寮に行こうか?泊まるんだろう?」
『いや アレクシーは九月からずっと寮暮らしになるんだ 夏休みの間くらい邸で過ごす方がいい』
「俺がレオと鍛錬したいんだよ じゃー泊まらないで鍛錬だけしに行くよ」
『それは・・・嬉しいな』
「決まりだな 安心して!他の奴らに見られる心配ない場所にするから と言っても今は寮にも人残ってないけどな」
『うん 助かる』
「アレクシーが騎士科に進むっていうのは前から聞いていたけれど デニスはどうするの?」
「俺?俺は政治学科目指すよ」
「そっかーデニスも専科に行くんだね」
「イクセルは芸術科か?」
「ううん 僕は三年で卒業するつもりだよ 芸術科へ進めたとしても音楽の道には行けないから」
「そうか・・・」
イクセルはベーン家の嫡男だ。騎士科や芸術科に進学を希望する者の中に高位貴族の嫡男はまずいない。自由に生きているように見えて、イクセルは自分の置かれている立場を既に充分に理解しているのだ。
私もイクセルを見習わなくてはいけないな・・・
「政治学科に進むというのもあるかなー えへへ僕らしくないよね」
「そんなことないだろう イクセルがその気ならいくらでも推薦は取れると思うぞ」
「ありがとーデニス まだ時間はあるからもう少し考えようかな」
ごめんイクセル、今のイクセルに私はかける言葉を持っていない。好きな音楽を存分に楽しめばいいと言ってやりたいが、イクセルはその言葉をきっと望んではいないのだろう。
「僕よりさ レオは決めたの?」
「うん 決めた」
「そうなんだね!どこに決めたの?やっぱりパルード?」
「いや・・・少し長くなるけれど今話していい?」
卒業後の計画、予定を説明した。
「あの時立ち寄った町がきっかけだったのですね」
「凄いな・・・あの町は俺たちも毎回通っているが 運河といい全く思いもつかなかった」
三年前の冬をそれぞれが思い出す。
「そして留学はメルトルッカに決められたのですね」
『三年も好き勝手していいものかとも思ったが 決まったからには精一杯学んでくるさ』
「好き勝手なわけがあるものか 一年かけて公務を行うのだろう?」
「そうだよそうだよ 留学なんて勉強ばっかりだよ!好きにする時間なんてないに決まっているよー」
『ありがとう でもまずは卒業だよな あと二年あるんだ 落第しないようにしないとな』
「レオが言うと嫌味にしか聞こえないからやめておけ」
『油断はできないさ それに・・・主席卒業のアレクシーに言われてもな』
「俺は油断しなかった!」
言いながら二人で笑った。
レオとアレクシーたちとの付き合いも十年になった。年の近い貴族の子息へ声をかけたのだろうとしか思っていなかったが、四人共がそれぞれ素晴らしい才能の持ち主ばかりだった。十歳にも満たない子供の才能をここまで見抜いていたとは・・・選出を任されたものの予見力が空恐ろしい。
そしてつくづく自分には突出したものが何一つないことを思い知らされる。劣っているとは思っていない。私も自分なりにできるだけの努力は重ねてきた。だが、この仲間たちと共にいると誇れるものが何もないことに気がつかされる。
何もかもが中途半端なんだろうな。何を突き詰めたところで将来は変わらない、どこかそう考えているのかもしれない。
「レオ様?」
『スイーリ どうした?』
「何か考え事をされていましたか?」
『ああごめん いやアレクシーたちと知り合ってもう十年かと思い返していただけだよ』
「良かった 何かお悩みなのかと思いました」
「レオ様 明日はご準備でお忙しいでしょうか」
『いや 特にすることもないよ』
「あの・・・アイリスがリカルドにお会いしたいと言っています」
『それは嬉しいな 明日の朝アイリスを迎えに行くよう言っておくよ』
「ありがとうございます 嬉しい!」
『どこに行きたい?』
「下町でお祭りがあるそうなんです 行ってみませんか?」
『行こう 下町の祭りは初めてだね 楽しんでこよう』




