表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/445

[82]

アレクシーの騎士科進学も決まったらしい。

専科への進学は本人の希望と教師の推薦で決まる。試験はないのだ。その代わり推薦が一つももらえなければ望みは完全に断たれる。再挑戦はない。

専科は全寮制だ。学費その他在学中の必要経費は全て国から支給される。平民にとって専科への進学はその後の人生が保証されるという意味でも極めて重大なことだ。だが、貴族令息令嬢にとっても狭き門であるが故に、進学を目指すものは教師の覚えを良くするため三年の間必死で鍛錬や勉強に励む。

今年の騎士科進学者は四名だそうだ。何名が志望したのかは解らないが、選考が相当に厳しいことは予想がつく。


『スイーリ ここでいい?』

「はい お手伝いします」

今私たちは王宮の森へ来ている。一年前スイーリの誕生日の日に初めて二人で来たあの東屋のある泉だ。

木陰に敷物を敷いて二人で座る。


ふぅーっ ―脚を投げ出し大きく伸びをする。

つばの広い帽子を被ったスイーリも小さく伸びをしていた。

『はぁーっ スイーリといると浄化される気がする』

「浄化 ですか?ふふ嬉しいです」

『うん 最近心が汚れていっているような気がしていたんだ スイーリの顔を見たら少し浄化された』

「まあ!レオ様のお心が汚れているだなんてあり得ませんわ」

『そんなことないさ・・・』



数日前の昼休憩時、学園の庭でベンヤミン達と話をしていたところへアレクシーが通りかかった。

「アレクシー 聞いたよ騎士科合格おめでとう」

「おう!ありがとうなベンヤミン」

紹介するよと言って、アレクシーは隣にいた男を示した。

「会ったことなかったよな ペットリィ=ビョルケイこいつも騎士科に合格したんだ」

「初めまして ペットリィ=ビョルケイ 男爵家の嫡男です よろしくお願いします」

『よろしく ペットリィ・・・』

ペットリィと目が合った時、全身の毛が逆立つような不快感を感じた。身体中が警戒音を発しているようだ。初めての感覚に戸惑う。


ビョルケイ・・・聞いたことのない名だ。[男爵家の数は非常に多い]とはいえ世代の近い子息がいる貴族家は全て記憶していたはずなのに漏らしていたか。


「殿下は剣術を取っていないそうですね」

ペットリィが話しかけてくる。

『ああ・・・剣術は苦手で・・・授業にも興味がない』

アレクシー、そしてベンヤミンも驚いた顔をしているが何も言わない。

「ご安心ください 必ずや騎士になりましてしっかりお守りいたしますよ」

『そうだな・・・その時はよろしく頼む』


「レオ 顔色悪いぞ」

アレクシーが慌てたような声を上げた。

「本当だ 大丈夫か?いつから調子が悪かった?」

『なんともない』

「なんともないって顔じゃないぞ ひとまず中へ入ろう」


『アレクシー ペットリィ すまないがここで失礼する』

「俺たちも付き添うぞ 歩けるのか?」

『問題ない 大丈夫だ』



先程のあれは何だったのか。生理的な嫌悪などと言う程度ではなかった。絶対に信用するなと身体中が警告しているのが解った。他人に対してこのような感情を持ったことは一度もなかったのに何故。

「レオ 本当に大丈夫なのか?」

ベンヤミンが心配そうに顔を覗き込む。

『突然すまなかった もう問題ないよ』


ペットリィは優秀な学園生で、秋からは騎士科へと進学をする人物だ。今私の前にあるのはその事実のみ。『理由はないが気に入らない』私がうっかり漏らした言葉でペットリィの人生を狂わせてしまうことだってあるのだ。迂闊なことは言えない。


その日の夜、ビョルケイ家について調べてみた。ビョルケイ男爵は今年の春に叙爵されたばかりの新興貴族だった。ダールイベック領南端の小さな漁村に邸があるらしい。漁村から男爵へ・・・ありえないこともないのだろうがかなりレアなケースだろう。功績はなんだ?叙爵を受けるほどの功績・・・

そこには[絹織物の普及に多大な貢献をした]と書かれてあった。家族構成は妻、長男。この長男がペットリィだ。学園に入学した時には平民だったということか。やはり相当の努力家で才能もある人物であることは間違いないらしい。

『不審な箇所は見当たらないか・・・』

漁村で絹織物と言うのも若干気にかかるが、繊維工場でもあるのだろう。これについての詳細は書かれていなかった。



翌朝の鍛錬後、それとなくヴィルホに聞いてみた。

『ヴィルホは初対面の相手に 全身が拒絶するような感覚を持ったことはある?』

「いえ ございませんね」

『そうか・・・そうだよな』

ないのが普通だ。私だって今までそのような経験は一度もなかった。

「そのようなものに会われたのですか?」

『・・・』

沈黙もヴィルホなら正確に理解してくれるだろう。


「私にはありませんが

 騎士の中には直感に優れたものもおります 殿下もその力が備わっておられるのでしょう」

『どうなんだろうな・・・』

「しかし相手によりましては捨て置くこともできません 必要とあればそのものの名前をお教えください」

『いずれ力を借りるかもしれないし ただの勘違いかもしれない 当分はヴィルホの胸の内へ納めておいてくれないか』

束の間思案した様子のヴィルホだったが「かしこまりました」と返事があった。



「レオ様?」

『なあスイーリ アレクシーは学園の友人を邸に招くことはあるのか?』

「いいえ 今までにはどなたもいらしていないと思います」

『そうか』

あの男とスイーリを会わせたくない。だが突然そんなことを言い出しては困惑するだろう。


『アレクシーが友人を招くと言い出したら スイーリは私のところへおいで

 荒々しい騎士の卵たちに大切なスイーリを見せるわけにはいかない』

「レオ様」

スイーリは少し驚いたように目を丸くしたかと思うと頬を染めた。


『冗談だ だが今後騎士科のものを紹介されたら 私にも知らせてくれないか』

「はい もちろんお手紙に書きますわ」

『うん ありがとう』


『さあ食べようか 今日はカールがスイーリのためにベリーのタルトを焼いてくれたんだ』

バスケットを開ける。

カップを二つ取り出し、ポットからアイスティーを注いだ。

「この香り!アールグレイですね!」

『正解 リンゴンベリーのシロップ入りだ』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ