[68]spin-off
城の中は相変わらず賑やかだ。従兄弟姉妹をはじめとする一門のものたちが、年越しを共に過ごすため数多く泊まっているからだ。だが、今朝王都へ帰っていった仲間たちのことをもう懐かしく思っていることに気がつく。
今の時間はまだ馬車の中だろうな。天候も回復したから安全だとは思うけれど。揺れで酔ったりはしていないか?いや、心配する必要はないか。俺より余程馬車には乗り慣れているのだから。
二週間毎日顔を見ることができた。養護院で子供たちに囲まれて遊んでいる姿も見た。港で交易船を見上げたり、珍しい品を見て回ったりもした。アボカドを紹介しにレストランへ出向くときは一緒に来てくれて嬉しかったんだ。あれはレオが声をかけてくれたんだったよな。・・・まさかな。
早く王都に帰りたい。これじゃいつもと反対だな。
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ようやく王都に戻ってこれた。明日の午後から登城だ。イクセルが年明け最初はベーンの邸で茶会を開くと言っていたっけ。日にちは決まったのか明日聞いてみようか。できるだけ早く開くよう話を持っていこう。
レオたちと八番街へ行く約束もしていたよな。この間の店に俺が行きたいと言ったらどう思われるだろう。二人とも詮索するような奴らではないが、でも・・・一人で行くか。いや一人で寄り道をしたいと言う方が難関だな。身内だけに容赦なく詮索されるのがオチだ。
「レオ 少しだけ二人で話できないか?」
剣術の鍛錬の時間、こっそりと話しかけた。
「一日 いや半日でいい 城下に付き合ってもらえないか?八番街に行きたい店があるんだ」
『構わないよ 私だけなのか?』
「できれば二人で行きたい」
『わかった 休日の方がいいのだろう?次の日曜にしよう』
やっぱりレオだ。話が早い。
「助かるよ 俺が迎えに来る いい?」
『ああ 時間が決まったら連絡してくれ』
日曜日、店の開店時間に合わせてレオを迎えに行った。どこへ行くのかも何を見たいのかも何も聞かない。『雪が降らなくてよかったな』なんて当たり障りのない会話しかしないんだ。
これがレオのいいところだよな。なんていうか居心地がいいんだよ。
「殿下 ノシュール様 ご来店ありがとうございます」
店主が挨拶に近づいてきた。
『先日は良いものをありがとう 今日は友人の付き添いなんだ』
「承知いたしました あちらに椅子のご用意もございますのでごゆっくりご覧下さい」
「ノシュール様 本日はどのようなものをお探しでいらっしゃいますか?」
「ブローチか髪飾りを」
ネックレスやイヤリングは成人した女性が身に着けるものらしい。この店でも扱ってはいるが数は僅かで、ブローチや髪飾りが主力の商品のようだ。それで若い令嬢に人気なのかもしれないな。
「お石に希望はございますか?」
「真珠を」
「真珠はこちらの棚に取り揃えております」
案内された棚へ向かう。うわー、全然わからないわ。なんで俺一人で来ようなんて思ったんだろうな。
「レオ・・・」
少し離れた場所にいたレオに呼びかける。
『どうした?』
「頼む 選ぶのを手伝ってもらえないか?」
『・・・
今私が想像している相手への贈り物だったら手伝わせてもらうよ』
「・・・多分合ってる」
『そうか』
レオと並んで棚の中を隅から隅まで見る。正直言って全部似合いそうだよな。
『これは 好きな石を入れてもらえるのか?』
店主に問いているのは金でたくさんの小花を模ったブローチだ。よく見ると爪だけがむき出しになっている箇所がある。よく気がついたなー。同じデザインで銀色のものもあるみたいだ。
「はい こちらは当店の看板商品でございます お好きな石をお選びいただきご用意させていただきます」
「金の方がいいのか?」
『あの淡いブロンドには金の方が映えると思ったのだが そこは好みで良いのではないか?』
「いや俺全然わからなくてさ ・・・でもそうだな いつも身に着けているのは金色だな」
なんだ?レオに微笑まれたぞ。
「これにする」
金色の方を指差す。
「ありがとうございます お石はいかがいたしましょうか? こちらですと七つお石が入ります 全て違う石をお選びになる方もいらっしゃいますし 同じ石にされる方もいらっしゃいます」
七つも・・・思わずレオの方を見る。
『淡い水色 例えばアクアマリンとか それかお前の瞳の色の石はどうだ?』
そうだ、さっき髪色の話のときはうっかり流してしまったが、今ので確信した。レオは彼女が誰か正しく理解している。
「交互にって言ったら重いと思われるかな・・・」
『いや 喜んでくれるさ』
「そう思うか?じゃあそうする」
アクアマリンとエメラルドを用意してもらうことになった。
「水色はできるだけ淡いものがいいんだ」
「かしこまりました エメラルドは青みが強めのものがよろしいでしょうか」
俺の瞳の色のことを言ってるんだな。
「うん・・・それは任せるよ」
「どちらのお石も豊富に取り揃えてはおりますが 念の為二週間程お時間を頂戴いたします」
「構わないよ 急いではいないんだ」
「完成いたしましたらお届けに上がります」
「ありがとう 助かったよ 俺一人だったら選べなかった」
『役に立てたのなら良かった』
「まだ時間あるよな 紹介したかった文具店に行こう その後お茶をご馳走させてほしい」
そこでレオに全部相談しよう。レオは先輩だしな、的確なアドバイスをしてくれるはずだ。
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「はぁー」
明日の予習をしようと机に向かったものの、全く集中できない。引き出しを開けて中から綺麗に包まれた箱を取り出す。机の上に置いてぼーっと眺める。人差し指でトントンとはじく。
「いや汚しては大変だ」
元あった場所に戻す。毎日これの繰り返しだ。俺どうしちゃったんだろうな。
手紙を出そうと思うものの、何と書けばいいのかわからない。文面までは『自分で考えろ』って言われてしまったからな。真珠ができる仕組みや貝の話ならいくらでも書ける気がするのに、真珠を渡すだけのことがこんなに大変だとは思わなかった。
でもブローチが届けられて一ヶ月は過ぎた。レオもきっと心配しているよな。その間茶会も何度かあったし・・・あっ俺が振られたと思ってるんじゃないか?絶対そうだわ。俺なら間違いなくそう考える。うわー これ以上悩んでる場合じゃないな。あっという間に春になってしまう。
「今書こう」
勉強道具を片付けて便箋を取り出す。
・・・
・・・
いつも何て話しかけていたっけ。
もういい。伝えたいことは会った時に言おう。
手紙には渡したいものがあるから八番街で会おうとだけ書いた。
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待ち合わせ場所はケヴ兄から教えてもらったカフェにした。二階の席が全て半個室になっていてケヴ兄もよく利用しているらしい。
入り口で名前を告げると席へ案内される。
「こちらをご用意しておりました いかがでしょうか」
ほぅーっ・・・驚きのあまり情けない声が漏れだした。
大きく採られた窓を向いて置かれた長椅子にはクッションがいくつも並べられている。そして部屋の中はというと、まるで森のようだ。左右から様々な木々で覆われていて、一瞬ここが冬の、建物の中だということを忘れそうになる。
「申し分ないね」
「ありがとうございます ご注文はお連れ様がお見えになってからお伺い致しましょうか?」
「そうするよ」
「かしこまりました ではお召し物をお預かりいたします」
コートを預けて部屋の中を散策する。それにしても凄いな、王宮の温室のようではないか。城下のカフェにこんなところがあるなんて知らなかった。ケヴ兄も恋人と来ているのかな。
「お待たせいたしました」
「来てくれてありがとう ソフィア」
「まぁ・・・ここだけ春のようですわ」
「だよな 俺も初めて来て驚いていたところだ」
・・・何を話せばいい?まずは注文か!そうだな!
「腹は減ってないか?何か頼もう・・・座るか!」
ハーブティーとチーズのタルトを二つ注文する。
・・・また沈黙してしまった。そうだソフィアは口数が多くないんだよな。俺が何か話さないと。
「昨日―」
「お待たせいたしました」
(被っちまった)
テーブルの上にハーブティーとタルトが並ぶ。
「いただきます」
ソフィアがお茶に口をつけた。
「美味しいーベンヤミン様もお飲みになってくださいませ」
「あ うん」
茶の味はよくわからなかった。味覚音痴ではないはずなのだけれど。でもソフィアが旨いというからこれは旨い茶なんだ。
「ソフィアこれを 受け取ってくれないか」
「ありがとうございます 開けてもよろしいですか?」
「うん」
ソフィアの白くて細い指がリボンを解いて包みを広げていく。指まで綺麗だな。
「まぁ・・・・・」
箱を開けたまま止まっている。
「好きだって言っていたから 真珠」
「憶えていていただけたのですね」
「もちろんさ」
「この石・・・・・
ありがとうございます 大切にしますね」
「あ ああ・・・たくさん使ってほしい 使ってくれると嬉しい」
「はい 使わせていただきます」
ニッコリ微笑んで答えるソフィアは嬉しそうに見える。よかった、気に入ってもらえたかな。
・・・
違うな。肝心なこと言ってないじゃないか。
「ソフィア」
「はい ベンヤミン様」
「その えーと・・・」
「好きです 俺と付き合ってください」
「喜んで」
「あの 俺三男だし 将来も・・・って えっ?」
「喜んで 私もずっとお慕いしていました」
「ほんと?本当に?」
「はい」
・・・はぁーー--
・・・よかった。
脱力して思わずクッションへ倒れ込む。
「会えない期間も長いけれどさ 俺手紙書くよ たくさん書く」
「私も書きます それとこれはまだ確定ではありませんが 次の秋からは完全に王都に居を移すことになるかもしれません」
「そうなのか!!」
「ええ お兄様が領地の経営にも慣れてこられたので 領地を任せてお父様が王都に来るとおっしゃっているのです」
「そうかー そうなるといいなぁー」
「はい 私も寮に入らなくて済みますし 夏の間も皆さまとお会いできると思うと楽しみです」
「そこはさ・・・俺と会えるのが嬉しいって言ってほしかったな」
「まぁ!」
その後聞いた話だと、ソフィアは俺と初めて会った時から俺のことを好いてくれていたらしいことがわかった。ノシュールとボレーリンのタウンハウスは隣同士だから、相当幼いころに出会ってるはずなんだよな。まずいな・・・どれが最初か覚えてないわ。
でも王宮の茶会で出会うより前からソフィアのことは可愛い子だなと思っていた。本当だ。
「レオ様は以前からご存じだったそうですよ」
「そうなのか?どうしてわかった?いつ?あの鈍いレオが?冗談だろう?」
「順番にお答えいたしますと そうです わかりません 初めて王宮で私たちが招かれたお茶会の時だそうです 鈍くはございませんし冗談でもありません」
「あ・・・はい」
なんかさ、聞いたことある気がする、これって[将来尻に敷かれる]ってやつかな。




