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馬車を降りて歩く。後方で護衛が雑踏に紛れて歩き出す気配がする。
今日の護衛たちはさまざまな姿をしていて、騎士服を着用しているものはいない。
『アイリスは今年、王都のクリスマスマーケットには来た?』
早速スイーリをアイリスと呼んでみる。ほら、何度も呼んでおかないとうっかり間違えてしまうかもしれないだろう?
「い、いえ今年は来ていませ、来ていないわ」
『そうか良かった。ノシュールでは何度か行ったけれど、今日は2人きりで回れるね』
後半はスイーリの耳元でこっそりと呟いた。初めてを共有できることは嬉しい。
「え、えう」
早速真っ赤になってしまった。そんなところも可愛い。
『お嬢様お手を。はぐれるといけないから』
しっかりと手袋をした左手を差し出す。今日は人が多いからね。本当にはぐれかねない。
「揶揄わないでください」
更に赤くなってしまった顔から消え入りそうな声で答えが返る。その右手をそっと握った。そうだね、幼馴染にお嬢様は余計だった。
『さてアイリス 。何から見たい?』
気を取り直してマーケットを周ろう。
「そ、そうね。小物を見てみたいです、わ」
ぎこちなくてまるで外国人になってしまったみたいなスイーリがますます可愛い。
そのうち慣れるよ、慣れてくれなきゃ困る。
『よし!順番に見て回ろう。気になる店を見つけたら言って』
「は、ええ」
ダメだ、無性に揶揄いたくなる。
『堅い堅い』
もう一度耳元でこっそり呟くと、ぴょんと音がしそうなほどに肩が飛び跳ねた。
『ほら笑って。今のアイリスは初めて会った日のようにこわばっているよ』
「ごめんなさいリカルド。慣れない場所に緊張していたみたいだわ」
そう言いながら微笑み返したスイーリの笑顔は、少しだけ落ち着きを取り戻したように見えた。
ガラス細工や磁器の小物を見て回る。
『気に入ったものは見つかった?』
「今日の記念に、何かよいものはないかなと思って」
記念、か。初めてのデートだもんな。私と同じだけスイーリが今日の日を大切に思ってくれているようで嬉しい。
「リ、リカルドはどの動物がお好きかしら」
突然の話題にふと考えこむ。動物、か。あまり気にしたことがなかったな。
けれど、スイーリから好みを聞かれるのはかなり気分がよかった。
『うーん、そうだな、猫。猫かな』
スイーリが猫みたいだから。って部分は今は言わないでおこうと思う。これ以上揶揄ってはダメだと自分の中で何かが発している気がしたから。
「そ、そうなのね!猫ね!」
相変わらず返ってくる言葉は短いけれど、スイーリの表情は明らかに柔らかく自然になっている。
そうか、こういう話題を続けたらいいんだな。
『アイリスは?何が好き?』
「私は、えーと。鳥、かしら。文鳥やインコが好き」
『そうか小鳥が好きなんだな』
しっかり覚えておこう。文鳥やインコか。どちらも観賞用の美しい鳥だ。スイーリは小鳥が好みなんだね。
「あ!あれを!」
スイーリが見つけた店に寄ってみると、クリスタルに彫刻を施した置物が並んでいた。どれも繊細で美しい。凄い技術だな、この職人なら珊瑚の彫刻もできるのではないだろうか。
いや今日はそのことを考えるのは止めよう。
「見てくだ、見て!この猫とても可愛い」
『本当だ。尻尾までー凄いな』
スイーリが夢中になっている。いい店が見つかってよかった。
『鳥は種類が色々あるんだな。これはツバメ?こっちは白鳥だな。どう?気に入るものはある?』
鳥だけで何種類もある。同じ白鳥でも首の向きが違ったり、少しずつ違うみたいだ。
「これ、生きているみたい。とても素敵」
『よし!これにしようか』
早速プレゼントできると喜々としたところ、スイーリに手を止められた。
「いいえ、これは私が買いたい、の。それで、その良かったらこの猫をー」
猫も気に入ってたんだ。自分が好きだと言ったものを気に入ってもらえることも嬉しかった。そして猫は種類豊富だ。きっとこれを作った職人は猫を飼っているに違いない。
『もちろん構わないよ。猫はどれがいい?』
「リカルドはどれがお好きかしら?」
私が選ぶのか。責任重大だな。うん、任された以上一番いいものを見つけ出さなくちゃならない。
『そうだなーこの毛づくろいをしているの可愛いな』
この仕草を彫刻のモチーフに選ぶのは珍しいと思った。猫だったらすっと背を伸ばして座っていたり、尻尾を高く上げて歩いている姿が思い浮かぶだろう?実際そういったポーズのものもいくつも並んでいる。
「ではこれを」
スイーリが迷わず私の選んだ猫を手に取った。
『自分で選ばなくていいのか?』
「ええ、これがいいわ」
気に入ってくれたならよかった。では包んでもらおうか。
「決まったかい?お2人さん仲がいいねー」
店主が笑顔で話しかける。しかもとびきり嬉しい言葉だ。
「おお、こりゃべっぴんさんだ。お兄さんやるねー」
素晴らしい店主だった。そうだろう?スイーリはとびきり美人なのさ。
『綺麗だろ、俺の恋人』
私は思う存分自慢することにした。このくらいは許されるだろうし、店主もこの手の話題には慣れてるはずさ。
「ああこりゃ本物のべっぴんさんだ。ってお兄さんも綺麗な顔してるなー」
その言葉はあまり嬉しくなかった。
綺麗って言葉はさ、令嬢のためにあると思うんだ。少なくとも男が言われて喜ぶものじゃない。でもまあ店主もリップサービスが必要だと感じたんだろう。
『あはは、煽てても何も出ないぜ』
「いやいや本当本当。美男美女いいもんだねえ。お似合いだよ」
軽口をたたきながらもてきぱきと包み、箱に入れていく。
『ありがとう、良いクリスマスを』
「まいどあり、良いクリスマスを」
マーケットで初めての買い物も無事終了し、箱を受け取り再び手を繋いで歩き出す。
『ア、アイリス?どうした?』
スイーリの首ががっくりと下を向いたままだ。人混みで酔ってしまったのだろうか?
が、そうではないようで。
「あれは反則、です」
『え?』
何かルール違反でもしていた?金はきちんと払ったよな?けれどスイーリの様子から余程の失態を犯したに違いない。なんだ?全く思い当たることがない。
「俺の恋人ー」
『ん?』
あああ、スイーリ。ほとんど見えないけれどやっぱり顔が真っ赤だぞ。
事実を言っただけじゃないか。今日のスイーリはずっとベリーみたいに真っ赤だ。赤い外套を選んで正解だったね。
「嬉しくて爆発しそうになりました」
『え?爆発?』
かと思うと突然物騒なことを言い始める。思わずそのまま返してしまった。
「な、なんでもないです!嬉しいです!」
『そう、それなら良かった』
改めて言われるとこっちまで恥ずかしくなってくる。
一度意識してしまうとダメだな。気分を変えよう。
『何か飲み物でも買って座ろうか』
「ええ」
『何が飲みたい?』
「ショコラショーを」
冬の定番、ショコラショー。ノシュールでも美味しそうに飲んでいたことを思い出した。スイーリも甘いものがかなり好きなんだ。
『わかった、どの店がいいかな』
ショコラショーの出店は多い。どの店も工夫を凝らしていて飲み比べをするものも多いらしい。
一際人気の高そうな店が向かい合って2軒甘い匂いを漂わせている。
『1杯ずつ買ってみようか』
マシュマロ串を1本買い、2つのショコラショーを持って広場のベンチへ向かった。
ベンチに腰を下ろして、1杯のショコラショーを手渡す。
「いただきます」
『これもどうぞ』
マシュマロ串も渡した。
「はぁー温まる。美味しいです、美味しいわ。ナッツが入っているみたい」
どちらの店のものかもうわからなくなっていた。でもスイーリが旨いと言ってくれたから選んだ店は正しかったということだ。
『こっちも飲んでごらん。オレンジの香りがしていて旨いよ』
飲み比べのつもりで買った2杯だったから、もちろんすんなり受け取ると思ったのに、スイーリはずりりと後ろに下がった?ような気がする。嫌だったか。1人で2杯飲むものなのかな。
「い、よいのですか?」
嫌と言う意味ではなかったんだ。スイーリは自分の持つカップと私のものを交互に見比べている。
『うん、もちろん。その為に1つずつ買ったんだ』
持ち手をスイーリに向けて渡してやると、スイーリはおそるおそる受け取った。
「い、いただき、ますー」
『どう?旨いだ、ろ?』
両手でカップを持ち、口をつけるすんでのところで固まっている。今度もベリーみたいに真っ赤だ。
『ど、どうした?』
私は飲んだぞ?味も変ではなかったし、飲んでも大丈夫、だと思うぞ?
「レオさ、リカルドがお飲みになったカップー」
ごめん、私が悪かった。無神経すぎたな。スイーリが正しいよ。
急にこちらまで恥ずかしくなること本日2回目。
『あ、嫌でなければ 飲んで』
「嫌だなんてとんでもない!このままカップを持って帰りたいくらいです!」
今日一番の長文が高速で返ってきた。
『面白いなアイリスは』
つい吹き出してしまった。
「おも、しろい?」
スイーリはきょとんとして、まるで意味が分かりませんという顔をしている。だよな、普段のスイーリを見ていておもしろいと評するやつはいないだろうから。
『うん。普段物静かでとても上品なのに、時々不思議なスイッチが入ることがあるよね。堪らないな、ずっと見ていたい』
少しは心を許してくれているってことかなと思う。そう思うとますます見てみたくもなる。
「お嫌では?」
なのにスイーリは不安そうにしょげた顔をする。
『どうして?とんでもないよ、ますます好きになった』
恋人になって、今まで知らなかった素顔を見ることができて、それはとても貴重で大切で喜ばしいことだと思わないか?
「そういうことおっしゃってはダメです。 爆発してしまいます」
『こーらさっきから敬語になってる。爆発するのも困るな』
「しません!いえしないわ!爆発しない!」
『よかったよ。俺の大切な恋人だからね、爆発されたら大変だ』
普段のスイーリからは一度も聞いたことがないはず。けれど爆発ってのはスイーリの口癖なのかもしれない。今日だけで何度も言っている。これも新たな発見、かな。
「俺とおっしゃると本当に別人みたいで、ドキドキして」
『今日だけ。アイリスの前でだけだよ』
それが私の中のスイッチなんだよスイーリ。だからアイリスの前にいるときだけ。
「今日だけの秘密?」
『そう、2人だけの秘密』
人差し指を唇に当てて念押しする。
『これ飲んだらもう少し見て回ろうか。それから何か食べよう。アイリス食べ歩きなんてできるか?』
「平気よ!楽しみだわ」
キラキラとした瞳で楽しそうに笑うスイーリがとても愛おしい。スイーリが飾らない気さくな令嬢でよかった。私は食べ歩きの記憶があるからさ、何の抵抗もないんだ。
『そうだ、オーナメントを選びに行きたい。一緒に選んでくれるか?』
「ええ、どんなオーナメントにしましょう?」
『アイリスの気に入ったもので構わない』
「贈り物ですか?」
『いや、自分の分だ。毎年集めたいと思って』
スイーリと歩んだ年の数だけ増えていくオーナメントのことを考えると、頬が熱くなっていく。
「リカルド?」
『ああ、よし!行こうか』
スイーリが選んだオーナメントは、ガラスでできたボールの中に金属で作られた動物などが入っている、繊細だがとても可愛らしいものだった。金色のトナカイともみの木のものを1つずつ買った。
『選んでくれてありがとう。来年も頼むよ』
「はい!」
早くも来年の約束を願い出る私に、目を丸くしたかと思うと破顔したスイーリ。
『では次は腹を満たしに行くか』
冬場の屋台は串に刺したものやスープ類が多い。寒さの中でも手軽に食べられるからだ。
チキンを焼いている匂いが胃袋を直撃した。焼き鳥は万国共通の正義だな。
「いい香りー」
『だな、これにするか』
匂いに釣られてチキンの店に流れ着いた。
「いらっしゃい。ちょうど焼きたてだよ」
目の前に並ぶ串からは店主の言う通り、パチパチと香ばしく焼けたチキンのいい香りが漂っている。
『アイリス辛いの平気?』
「ええ、大好きよ」
『マスタードとチリを1本ずつ』
「まいどありー」
1本をスイーリに渡す。それから自分の串をスイーリの口元へ差し出す。
『はい!こっちの味見』
さっきは先に飲んでしまったからな。今度は失敗しないのさ。先にどうぞ。
が、スイーリはまたしても真っ赤な顔をして戸惑っている。
『かじってごらん』
ふるふるとしながら覚悟を決めたように目をつぶってかじり取る。
「美味しいー」
「あの、リカルドも。どうぞ」
目を潤ませながら串を差し出される。恥ずかしいのに精一杯勇気を出している様子がとても愛おしい。
『ありがとう。一口貰おうかな』
串を持つ手を上から握って一口かじる。
『こっちも旨いなー ありがとう』
「う、私絶対今日で寿命が縮まったと思う」
『それは聞き流すわけにはいかないな』
冗談なのはわかってる。けれど真面目な顔を作り、スイーリの顔を覗き込みながら堅い口調で問うた。
『どうすれば取り戻せる?』
「ーさらに縮みました」
2人同時に笑い出した。
『次は何を食おうか。アイリスの寿命が延びそうなもの探そう』
笑ったり照れたり、そしてまた笑って1日が過ぎた。
『そろそろ時間か。着替えに戻ろうか?』
「いえ、このまま帰ってはいけませんか?」
スイーリさえよければ喜んで。
『ではもう少し一緒にいられるな。だが冷えただろう、どこか店に入ろうか』
マーケットの仮設小屋にはカフェや食堂の出店もいくつか出ている。温めた石で暖を取る簡単な設備ではあるが、これが寒空の下歩き続けた身にはなかなか快適なのだ。
紅茶を頼み席に着く。
『ありがとう。今日はとても楽しかった。一生忘れないと思う』
嘘じゃないよ、大袈裟でもない。こんな風に自由に過ごしたのはこの4年の中で初めてだったんだ。その相手がスイーリだったことがすごく嬉しいよ。
「私のほうこそ、忘れられない1日になりました」
スイーリにとってもそうなってくれるといいなと思う。
『初めてスイーリと2人で出かけるから、最初は八番街にしようかとも思ったんだ。でもまず素の私を見てほしかった。我儘を聞いてくれてありがとう』
「あの、レオ様がよければまたリカルドとお出かけしたいです。こんなに素敵な日はレオ様と初めてお会いしたお茶会以来だったかもしれません」
今日だけ、一度きりのつもりだった。それで満足するつもりでいた。
次を期待していいんだね?スイーリも、私と同じだけ楽しんでくれたと思っていいんだね?
『スイーリ
ありがとう。今、私がどれほど嬉しいかどうやって伝えたらいい?本当に嬉しいよ』
「レオ様。私嬉しくて幸せで、やっぱりまだ夢を見ているみたいです」
夢じゃないよスイーリ。それに今日が最高じゃいけない。これからもっとたくさん最高の日を塗り替えて行こう。
『また出かけよう。次はスイーリの好きな場所をおしえてよ』
「はい、たくさんご紹介させてくださいね」
『そうだ これを渡さなくては』
クリスタルの鳥と猫が入った袋を渡す。するとスイーリは鳥の方が入っている箱を取り出して私の前に置いた。
「よければ小鳥の方はレオ様が持っていてくださいませんか?」
そういうことか。
『こんな可愛いことして、私の寿命も縮めようという作戦かな』
スイーリは慌てた様子で、もごもごと何かつぶやいているけれどよく聞こえない。スイーリに縮められるならそれも悪くないかな、くらいには嬉しかった。
『ありがとう。スイーリからのプレゼント大切にするよ』
「はい、私もこの猫を宝物にします」
それからーと、スイーリはバッグの中から箱を1つ取り出した。
「こちらも受け取っていただけますか?」
淡い空色の紙で包まれ、こげ茶色のリボンが掛けてある。
『今開けても?』
「はい」
リボンを解き、包みを開く。箱から出てきたのはキャメル色をした柔らかい革の手袋。小さく刺繍が刺してある。これはー
イヌワシにLの飾り文字が重なっている。
『これ』
「初めて皮に刺しましたのであまり上手ではありませんが」
私の紋章だ。とても丁寧で美しく刺繍されている。
『スイーリが刺繍してくれたのか!素晴らしいな 。オーダーしたのだと思った
ありがとう、大切に使わせてもらう。嬉しいな、ありがとうスイーリ』
「お使いいただけたらとても嬉しいです。もっと練習しますね」
『充分すぎる程の腕前じゃないか』
まだまだ帰したくないが、そういうわけにもいかない。視界の端に座っている人物へ視線を送る。その男の向かい、こちらへ背を向けて座っていた男が静かに店を出ていく。
『馬車を呼んだ。これを飲んだら送っていくよ。今朝着ていたドレスは後で届けさせる』
「はい、ありがとうございます」
帰り道を走る馬車の中、私たちの間にあまり会話はなかった。今日1日いろんな表情を見せてくれたスイーリのことを思い出しながらふと視線を向けると、スイーリもやっぱりこちらを見ていて、それだけで充分に満たされた。
「今日はありがとうございました。レオ様良いクリスマスをお迎えください」
『スイーリも良いクリスマスを』




