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馬車を降りて歩く。後方で護衛が雑踏に紛れて歩き出す気配がした。


『アイリスは今年王都のクリスマスマーケットには来た?』

「い いえ今年は来ていませ・・・来ていないわ」

『そうか良かった ノシュールでは何度か行ったけれど

 ―今日は二人きりで回れる』

後半はスイーリの耳元でこっそりと呟く。

「ええ・・・!!」

早速真っ赤になってしまった。可愛いな。


『お嬢様お手を はぐれるといけないから』

「揶揄わないでください・・・」

真っ赤な顔をしながら消え入りそうな声で答えが返る。その右手をそっと握った。


『さてアイリス 何から見たい?』

「そ そうね・・・小物を見てみたいです わ」

『よし!順番に見て回ろう 気になる店を見つけたら言って』

「ええ」


ダメだ無性に揶揄いたくなる。

『堅い堅い』

もう一度耳元でこっそり呟くと、ぴょんと音がしそうなほどに肩が飛び跳ねた。

『ほら笑って 今のアイリスは初めて会った日のようにこわばっているよ』

「・・・ごめんなさいリカルド 慣れない場所に緊張していたみたいだわ」

そう言いながら微笑み返したスイーリの笑顔は、少しだけ落ち着きを取り戻したように見えた。


ガラス細工や磁器の小物を見て回る。

『気に入ったものは見つかった?』

「今日の記念に 何かよいものはないかなと思って」

記念・・か・・・初めてのデートだものな。私と同じだけスイーリが今日の日を大切に思ってくれているようで嬉しい。


「リ リカルドはどの動物がお好きかしら」

『うーん・・・そうだな 猫 猫かな』

「そ そうなのね!猫ね!」

『アイリスは?何が好き?』

「私は えーと・・・鳥 かしら 文鳥やインコが好き」

『そうか小鳥が好きなんだな』


「あ!あれを!」

スイーリが見つけた店に寄ってみると、クリスタルに彫刻を施した置物が並んでいた。どれも繊細で美しい。凄い技術だな、この職人なら珊瑚の彫刻もできるのではないだろうか。

いや今日はそのことを考えるのは止めよう。


「見てくだ・・・見て!この猫とても可愛い」

『本当だ 尻尾まで―凄いな』


『鳥は種類が色々あるんだな これはツバメ?こっちは白鳥だな どう?気に入るものはある?』

「これ・・・生きているみたい とても素敵」

『よし!これにしようか』

「いいえ これは私が買いたい の それで・・・その良かったらこの猫を・・・」

『もちろん構わないよ 猫はどれがいい?』

「リカルドはどれがお好きかしら?」

『そうだな・・・この毛づくろいをしているの可愛いな』

「ではこれを」

『自分で選ばなくていいのか?』

「ええ これがいいわ」


「決まったかい?お二人さん仲がいいねー」

店主が笑顔で話しかける。

「おお こりゃべっぴんさんだ お兄さんやるねー」


『綺麗だろ 俺の恋人』

「ああこりゃ本物のべっぴんさんだ ってお兄さんも綺麗な顔してるなー」

『あはは煽てても何も出ないぜ』

「いやいや本当本当 美男美女いいもんだねえ お似合いだよ」

軽口をたたきながらもてきぱきと包み、箱に入れていく。

『ありがとう 良いクリスマスを』

「まいどあり 良いクリスマスを」


箱を受け取り再び手を繋いで歩き出す。

『ア アイリス?どうした?』

首ががっくりと下を向いたままだ。


「あれは反則・・・です」

『え?』

「俺の恋人・・・」

『あ・・・』

「嬉しくて爆発しそうになりました」

『え?爆発?』

「な なんでもないです!嬉しいです!」

『そ そうか良かった』

改めて言われるとこっちまで恥ずかしくなってくる。


『な何か飲み物でも買って座ろうか』

「ええ」

『何が飲みたい?』

「ショコラショーを」

『わかった どの店がいいかな・・・』

マーケットの定番ドリンクの一つでもあるショコラショーの出店は多いのだ。どの店も工夫を凝らしていて飲み比べをするものも多い。

一際人気の高そうな店が向かい合って二軒甘い匂いを漂わせている。

『一杯ずつ買ってみようか』


マシュマロ串も一本買い、二種類のショコラショーを持って広場のベンチへ向かった。


「いただきます」

『これもどうぞ』

マシュマロを渡す。

「はぁー温まる 美味しいです・・・美味しいわ ナッツが入っているみたい」

『こっちも飲んでごらん オレンジの香りがしていて旨いよ』

「い・・・よいのですか?」

『うん もちろん その為に一つずつ買ったんだ』

「い・・ただき・・・・・ます・・・」

『どう?旨いだ・・・ろ?』

両手でカップを持ち、口をつけるすんでのところで固まっている。りんごみたいに真っ赤だ。

『ど どうした?』

「レオさ・・・リカルドがお飲みになったカップ・・・」


なななななななな・・・・・

急にこちらまで恥ずかしくなった(本日二回目)。

『あ・・・嫌でなければ・・・飲んで・・・』

「嫌だなんてとんでもない!このままカップを持って帰りたいくらいです!」


プッ

『面白いなアイリスは』

つい吹き出してしまった。

「おも しろい?」

『うん 普段物静かでとても上品なのに 時々不思議なスイッチが入ることがあるよね 堪らないな ずっと見ていたい』

「お嫌では?」

『どうして?とんでもないよ ますます好きになった』

「・・・そういうことおっしゃってはダメです ・・・・・爆発してしまいます」

『こーらさっきから敬語になってる 爆発するのも困るな』

「しません!いえしないわ!爆発しない!」

『よかったよ 俺の大切な恋人だからね 爆発されたら大変だ』


「俺とおっしゃると本当に別人みたいで ドキドキして」

『今日だけ アイリスの前でだけだよ』

「今日だけの秘密?」

『そう 二人だけの秘密』

人差し指を唇に当てて念押しする。


『これ飲んだらもう少し見て回ろうか それから何か食べよう アイリス食べ歩きなんてできるか?』

「平気よ!楽しみだわ」

キラキラとした瞳で楽しそうに笑うスイーリがとても愛おしい。スイーリが飾らない気さくな令嬢でよかった。


『そうだ オーナメントを選びに行きたい 一緒に選んでくれるか?』

「ええ どんなオーナメントにしましょう?」

『アイリスの気に入ったもので構わない』

「贈り物ですか?」

『いや 自分の分だ 毎年集めたいと思って・・・』

スイーリと歩んだ年の数だけ増えていくオーナメントのことを考えると、頬が熱くなっていく。

「リカルド?」

『ああ・・・よし!行こうか』


スイーリが選んだオーナメントは、ガラスでできたボールの中に金属で作られた動物などが入っている、繊細だがとても可愛らしいものだった。金色のトナカイともみの木のものを一つずつ買った。

『選んでくれてありがとう 来年も頼むよ』

「は はい!」

早くも来年の約束を願い出る私に、目を丸くしたかと思うと破顔したスイーリ。


『では次は腹を満たしに行くか』


冬場の屋台は串に刺したものやスープ類が多い。寒さの中でも手軽に食べられるからだ。

チキンを焼いている匂いが胃袋を直撃した。焼き鳥は万国共通の正義だな。

「いい香り・・・」

『だな これにするか』


「いらっしゃい ちょうど焼きたてだよ」

『アイリス辛いの平気?』

「ええ 大好きよ」

『マスタードとチリを一本ずつ』

「まいどありー」


一本をスイーリに渡す。それから自分の串をスイーリの口元へ差し出す。

『はい!こっちの味見』

真っ赤な顔をして戸惑っている。

『かじってごらん』

ふるふるとしながら目をつぶってかじり取る。

「美味しい・・・」


「あの・・・リカルドも・・・どうぞ」

目を潤ませながら串を差し出される。恥ずかしいのに精一杯勇気を出している様子がとても愛おしい。

『ありがとう 一口貰おうかな』

串を持つ手を上から握って一口かじる。

『こっちも旨いなー ありがとう』

「う・・・私絶対今日で寿命が縮まったと思う」

『それは聞き流すわけにはいかないな』

真面目な顔を作り、スイーリの顔を覗き込みながら堅い口調で問う。

『どうすれば取り戻せる?』


「・・・さらに縮みました」

『・・・・・』


二人同時に笑い出す。

『次は何を食おうか アイリスの寿命が延びそうなもの探そう』


笑ったり照れたり、そしてまた笑って一日が過ぎた。


『そろそろ時間か 着替えに戻ろうか?』

「いえ このまま帰ってはいけませんか?」

『ではもう少し一緒にいられるな だが冷えただろう どこか店に入ろうか』

マーケットの仮設小屋にはカフェや食堂の出店もいくつか出ている。温めた石で暖を取る簡単な設備ではあるが、これが寒空の下歩き続けた身にはなかなか快適なのだ。

紅茶を頼み席に着く。


『ありがとう 今日はとても楽しかった 一生忘れないと思う』

「私のほうこそ 忘れられない一日になりました」

『初めてスイーリと二人で出かけるから 最初は八番街にしようかとも思ったんだ でもまず素の私を見てほしかった 我儘を聞いてくれてありがとう』

「あの・・・レオ様がよければまたリカルドとお出かけしたいです こんなに素敵な日はレオ様と初めてお会いしたお茶会以来だったかもしれません」


『スイーリ・・・

 ありがとう 今私がどれほど嬉しいかどうやって伝えたらいい?本当に嬉しいよ』

「レオ様 私嬉しくて幸せで やっぱりまだ夢を見ているみたいです」

『また出かけよう 次はスイーリの好きな場所をおしえてよ』

「はい ご紹介させてください」


『そうだ これを渡さなくては』

クリスタルの鳥と猫が入った袋を渡す。するとスイーリは鳥の方が入っている箱を取り出して私の前に置いた。

「よければ小鳥の方はレオ様が持っていてくださいませんか?」


『・・・・・』

そういうことか。

『こんな可愛いことして 私の寿命も縮めようという作戦かな』

「えっ あの」

『ありがとう スイーリからのプレゼント大切にするよ』

「はい・・・私もこの猫を宝物にします」


それから―と、バッグの中から箱を一つ取り出した。

「こちらも受け取っていただけますか?」

淡い空色の紙で包まれ、こげ茶色のリボンが掛けてある。

『今開けても?』

「はい」

リボンを解き、包みを開く。箱から出てきたのはキャメル色をした柔らかい革の手袋。小さく刺繍が刺してある。これは・・・

イヌワシにLの飾り文字が重なっている。


『これ・・・』

「初めて皮に刺しましたのであまり上手ではありませんが・・・」

『スイーリが刺繍してくれたのか!素晴らしいな オーダーしたのだと思った

 ありがとう 大切に使わせてもらう・・・嬉しいな ありがとうスイーリ』

「お使いいただけたらとても嬉しいです もっと練習しますね」

『充分すぎる程の腕前ではないか アレクシーに自慢してやらないとな』



まだまだ帰したくないが、そういうわけにもいかない。視界の端に座っている人物へ視線を送る。その男の向かい、こちらへ背を向けて座っていた男が静かに店を出ていく。

『馬車を呼んだ これを飲んだら送っていくよ 今朝着ていたドレスは後で届けさせる』

「はい ありがとうございます」





「ありがとうございました レオ様良いクリスマスをお迎えください」

『スイーリも良いクリスマスを』

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