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「おはようございます レオ様」
『おはようスイーリ 行こうか』
スイーリの手を取り馬車へと乗り込む。
『出かける前に寄り道をしていいかな』
「ええ もちろんです どちらへお寄りになるのですか?」
『着いてからのお楽しみ』
馬車は来た道を戻っていく。王宮の門をくぐりさらに進む。
『さあ 準備の仕上げをしに行こう』
戸惑っているようなスイーリを連れて居住エリアを進む。
『ここだよ 入って』
扉を開けてスイーリと共に用意していた部屋へ入った。
部屋の中には女性の衣服や小物、鬘が並んでいた。だがスイーリが普段袖を通しているようなものとはかなり違うだろう。
着ていた外套を脱いでロニーが持ってきたものと交換した。
「レオ様・・・?」
今日の格好は彼女が見慣れている私とは些か違っている。
シンプルな黒いウールの上着とモスグリーンのパンツ。今はまだロングブーツを履いているが、これも短いものに替える予定だ。受け取った外套は砂色のマント。フードがついていて前を深く合わせて着る荷馬車の御者がよく着ているデザインのものだ。
『今日は人の目を気にせずスイーリとの時間を楽しみたくて・・・どうかな?』
「驚きました でもお似合いです とても素敵」
『ありがとう
ここにスイーリが着れそうなものはあるだろうか?』
「はい!別の自分になれるみたいでわくわくします」
『よかった 好きなものを選んで着替えて 急がなくていいよ 隣の部屋で待っている』
一度部屋を出て自室へ戻る。
後は鬘を被ってブーツを履き替えたら私の準備は完成だ。
本当は黒髪の鬘にしたかったが、この国で黒髪はとても目立つ存在だ。わざわざ目立つ格好をするわけにもいかず、アッシュベージュでかなり短めの鬘を選んだ。ここに先日買ったグレーのニット帽を被る。こげ茶色のショートブーツを履き、同色の手袋をポケットに入れた。腰にはいつも持ち歩いている剣を佩く。
「お見事ですね」
ロニーが感心した声を漏らした。
『今日の私はどんな風に見える?』
「そうですね・・・
地方からやってきた男爵家の息子・・・若しくは裕福な元キャラバンの息子・・・と言ったところでしょうか」
『いいね 楽しめそうだ』
本を読み時間を過ごしていると、スイーリの着替えを手伝っていたオリヴィアが知らせに来た。
スイーリはどんな姿になっているのだろう、急いで隣室へと向かう。
「お待たせいたしました レオ様・・・え?レ オさ ま?」
目を丸くして凝視している。多分私も同じ顔をしているだろう。
『可愛いな・・・』
無意識に言葉が漏れたらしく、スイーリが赤くなっていて初めて気がついた。
フードのついた真っ赤な外套に淡いピンク色のモヘアのニットショールをふんわりと巻いている。ワンピースはマスタード色で裾にリボンのようにモスグリーンの縫い取りがあるものを選んだようだ。先日スイーリが選んだミトンに似ている気がして気になったものだったのだが、それを着てくれたことが嬉しい。足元はこげ茶色の編み上げブーツ。手には編込み模様の入ったニットのバッグとミトンだ。あのミトンを持ってきていたのか、嬉しいな。
そして髪の毛は肩先にやっとつく長さの明るいピンクブロンドだ。
『よし では行こうか』
左腕を差し出す。
「はい とっても楽しみです」
馬車は一番シンプルなものを選んだ。外見は辻馬車のようだが、中は朝の迎えに使った馬車と変わらない。馬車なりによい乗り心地のものだ。この世界の人間らしく言うならば、最も乗り心地の良い内装と言ったところだ。
『それでね 今日一日はスイーリのことを別の名で呼ぼうかと思うんだ スイーリの名前は珍しいだろう ステファンマルク唯一の公女の名前だからね なんと呼ぼうか』
「そ そうですね・・・
・・・・・では・・・アイリスとお呼びいただけますか?」
伝えられた名前に思わず笑みがこぼれる。
『スイーリにぴったりの名前だね アイリス わかったよ』
「レオ様のことはなんとお呼びすれば・・・?」
『私のことはレオで構わないよ』
「そ そういうわけには!」
『この国の少年で一番多い名前だからね 問題ないさ ああでも'様'はなしだよ』
「・・・・・」
『呼んでみて?』
「レ オ様・・・」
『ダメ 様はいらない』
「レ・・・・・・・・・・・無理です レオ様を呼び捨てにはできません」
『そうか残念・・・アイリスにはレオと呼んでもらいたかったな』
「う・・・申し訳ありません」
『ごめん 謝らないで そうだな・・・
・・・・・
・・・リカルド
・・・・・リカルドと呼んでくれるか』
「はい リカ ルド」
『・・・ありがとう嬉しいよ』
呼び名を決めている間に目的地へ着いたようだ。扉が開く直前にもう一言だけ付け足す。
『敬語はなしだよ 今日の私たちは地方の男爵令息リカルドとその幼馴染みのアイリスだからね』




