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港を後にして、そのまま市場へ向かった。
混雑する時間を過ぎているのか、想像していたほど人出は多くはない。
「僕 市場は初めて来たんだ 思っていたよりもずっと広いね」
「俺も初めてだよ なんでも売っているんだな」
王都の市場へは何度か行ったことがあった。「ものの値段を知ることは大切だ」と父上から言われ、見学に行ったのだ。それがなければこの国でりんごが一ついくらで買えるのか、今でも知らないままだっただろうな。
売っているものは王都と基本的には似通っている。例えばジャガイモや人参などは自国で生産され年中安定して買うことができる。それに加えてここノシュールは港に着いたばかりの果物もたくさん売られている。
が、ダールイベックの港で取引される野菜は種類が少ない。トマトや茄子などは日持ちがしないため運ぶことが難しいのだろう。
漁業は元より盛んなため海の幸は豊富だ。海辺の町らしく生食可能なものも売られている。
畜産、酪農もこの国を支える重要な産業だ。内陸部の領を中心に行われているのが酪農で、主要交易品の一つでもあるチーズはそこで生産されている。また羊も厳しい冬を強いられる国にとっては非常に大切な家畜といえる。
ハーブやスパイス、調味料類。
ハーブは料理に欠かせない材料の一つだ。最近人気が出てきたバジル、サラダには欠かせないルッコラ、
タイムにローズマリーにオレガノ、そして私も大好きなディルやコリアンダー、市場でも見かけるが大抵のレストランでは自分の店で育てていたりもする。
調味料、流通している塩はほぼ岩塩だ。塩は国内で豊富に採れる。砂糖も南部で栽培可能なビートから作られたもので自給可能だ。
そして近隣国からワインと共に輸入しているワインビネガーも重要な調味料らしい。
遠方の国から届くスパイス、今日の荷には見当たらなかったが、様々なスパイスも取引されている。
そのうちカレーも食べられるようになるかもしれないな。
「ねえねえ・・・」
声を潜めてイクセルが囁く。
一斉に皆がイクセルの方を向く。
「見ているとお腹空いてきちゃったね」
その言葉を待っていたかのようにアレクシーが続く。
「そうだな この辺りで昼食を取っていくか デニス ベンヤミンどこか知らないか?」
「市場の近くは詳しくないから 中心地まで戻って昼食にしよう」
一度馬車に戻り、町の中心へと移動する。
デニスたちの案内でレストランへやってきた。入り口には大きな海老の看板が下げられている。
「この店にしよう ここは何を食べても旨いよ」
席に案内されると、温かい茶が出された。知らず知らずのうちに冷え切っていたらしい身体がじんわりと温められていく。
最初に出されたのはスープ。白いスープの中にピンク色のボールが三つ浮かんでいる。
「変わったスープですね 色が可愛いわ これは海老かしら」
「そういや海老のボールって見かけたことないね」
スープをひと匙掬う。漂う濃い海老の香りに驚いた。ピンク色のものは予想の通り海老ボールで、その柔らかさにまた驚く。
『旨いな』
「うん 海老のボールってこんなに柔らかいんだねー 口に入れたらしゅわっとなくなりそうだよ」
次いで運ばれてきた皿に乗っていたものは、クレープ?サンドイッチか?白い生地で具を包み、巻き寿司のようにカットされたものが並んでいる。具もいくつか種類があるようだ。
「ブリトーですわ!美味しそう!」
スイーリが小さく歓声を上げている。
「これぶりとーって言うの?皆どうしてそんなに詳しいの? 僕の知らないものばかりだよー」
そこへ意外な人物も加わってきた。
「お食事中に大変申し訳ございません こちらの正式名称はぶりとーと言うのでございますか」
なんとレストランの従業員だ。
「えー?どういうこと?」
だよなイクセル!私も聞きたい。
「こちらの料理は港で知り合った貿易船の乗組員から教わったものなのですが お互い知っている数少ない単語を並べるだけの会話だったもので 料理の名称はわからなかったのです」
いやいや、単語だけの情報でこれだけの料理が完成する方が驚きだ。
「この店ではなんと呼んでいるんだ?」
「はい 充分に焼けていないピッツァのような生地から レアロールピッツァと呼んでおります」
「なるほど・・・そのままでいいんじゃないのか?」
「いえ正しい名称を知ったからには そちらに統一しなくては
ありがとうございます これからはぶりとーと紹介して参ります」
更に二回頭を下げて彼は厨房へ戻っていった。
「しかしお前よく知っていたな」
アレクシーが感心してスイーリを褒めている。
「ええ・・・海外のお料理の本で見たことがあった気がしましたの・・・」
「お前が料理の本を見たということの方が 俺には驚きだな」
「兄様は時々私に失礼ですわ 私だって料理の本を見ることはあります」
「いや悪気はないんだ 拗ねないでくれ ほらこれ一つあげるから」
「あはははは 二人のその掛け合い 久々に見れたね」
「本当仲いいよな 俺も妹がほしかったよ」
「俺は弟のいるデニスが羨ましいと思うことあったよ」
皆贅沢だぞ・・・。兄弟がいることが少し羨ましい。弟か妹がいたらどんな生活だっただろうと考えることはある。叶うことはないけれど、想像するくらいはしても罰は当たらないだろう。




