[34]
町を抜けると道は大きく2つに分かれる。一方はそのまま南へ進むノシュール領へ、もう一方は西のダールイベック領へ繋がっている。
まだ昼を過ぎたばかりだというのに陽は暮れかかっていた。どうにもこれだけは何年経っても馴染めない。
「溜息ー!レオらしくないよ、どうしたの?」
『ああ、すまない。もう陽が暮れてしまったかと思うとさ』
太陽は偉大だ。偉大な太陽がほとんど昇らない冬の間、人々はどうしてもやる気が起きなくなるものらしい。陽が暮れるとなんだか気持ちが沈む気すらする。
「ああ!だよねーそれは僕も思う!」
イクセルも例外ではないようだ。
馬車の中の灯りではまともに字も読めないため、私たちは窓の外をぼんやりと見ていた。右を見ても左を見ても目に映るのはひたすら雪原だけだが。
「そうだ、この間レオが選んでくれたひまわりのブローチ。ポリーナがとっても気に入って毎日つけているんだよ」
『そうか、それは良かった。今度見せてもらわないといけないな』
あれはイクセルが選んだんだよ、と心の中では思っている。ともかくポリーナが気に入ったのならよかった。
「うん、見に来てやってよ。そうだ!休暇明けの集まりは僕のところでやらない?」
『いいね、楽しみにしているよ』
イクセルが同乗してくれてよかった。意識的にやっているのか生まれ持った才なのか、イクセルがいるといつも周りが明るくなる。少なくとも私はそれに何度も救われているのだ。
宿場町へたどり着いたのは午後8時頃だった。遅い時間だというのに町の中は明るく照らされている。恐らく私たちが来るため灯してくれていたのだろう。代官の邸へ招かれているため、そのまま馬車で邸まで進む。
「王子殿下、皆様ようこそおいでくださいました」
髪には白いものが混ざり始めた見るからに温厚そうなその人物は、この町の出身で数年前までは中央の官職についていたが、先代の代官が引退するのをきっかけにこの地を希望して異動してきたと聞いている。
『出迎え感謝する。短い滞在だがよろしく頼む』
「心許りですが晩餐の準備を整えております。どうぞこちらへ」
交易の盛んなノシュールの港から王都への一本道上にある町らしく、この夜は素晴らしいもてなしを受けた。
白身魚のカルパッチョ、海老のビスク、仔牛のコートレット、それにきのこのリゾットー
『リゾットか、珍しい』
「この町では最近米が人気でして、殿下のお口に合うとよいのですが」
旨い。めちゃくちゃ旨い。王宮で米が出ることはほとんどないから、私はここぞとばかりに久しぶりに食べる米を堪能した。
『とても美味しいよ。王都でも米食がもっと広まればと思っている』
「美味しいねー、僕も好き。レオが広めてくれたら一気に人気になると思うなぁ」
『そう簡単には行かないだろうよ』
この世界で広告のような存在は見かけたことがない。何かを広めようとするならば、噂を利用するのが1番早い気がする。と、思いつくのはせいぜいその程度だ。
「いえベーン様の仰るとおりかと思います」
私1人にそれほどの力があるとは思えない。でも今の私は父上の名代だった。簡単に否定するのもよくない、か。
『そうだな。考えてみるよ』
暖炉の前の長椅子へ移動すると、お茶とデザートが振舞われた。瑞々しい果物が目を惹く。
「まあ!桃だわ!珍しい!この季節に桃が食べられるなんて」
本当だ、驚いた。実はこの国では夏でも桃は大変珍しい果物だ。国内では木が育たないため他国からの輸入に頼るしかないのだが、如何せん桃は衝撃に弱い。港から王都まで運ぶ間に傷んでしまうのだ。
「お喜び頂け幸いです。切ったものをたくさん用意させますのでお召し上がりください」
『甘いな、瑞々しくてとても旨い』
思いがけぬ桃の登場に皆無言で夢中になっている。
(スイーリにも食べさせてやりたいな)
この地にこれほど立派な桃が出回っているんだ。ノシュール領にも間違いなくあるだろう。スイーリの喜ぶ顔が早く見たい。
「あー!レオ今スイーリちゃんのこと考えてるでしょ」
『なっ!』
イクセルに図星をつかれて言葉に詰まった。
「目がね!優しすぎるの!蕩けそうな目してる!」
完全に無自覚だった。顔に出ていたとは。
「ほんとですわ!レオ様とても幸せそうなお顔しています」
『揶揄うな、ああ考えていたさ』
ソフィアにまで言われてしまい、もう完全に開き直ってやった。
「わ!開き直った!」
『いいだろう考えるくらい。スイーリにもこの桃を食べさせてやりたいって思っていたんだ』
イクセルは揶揄うってことはしないやつだ。今も思ったことを素直に口にしただけなんだと思う。
「そうだね!僕こんな美味しい桃食べたの初めてだよ」
やっぱり。
これがベンヤミンだったら、あと2回3回は揶揄われることになっていただろう。
「ノシュール領へ行かれましたら、これよりも柔らかくて極上の桃がございますよ」
その代官の言葉に令嬢たちから歓声が上がった。
「まあ!それは楽しみだわ」
「ええ!スイーリ様も喜ばれるわね」
スイーリに会えるのは4日後だ。待ち遠しい。
しかし王都から僅か1日の距離にある町でここまで食文化に違いがあるとは驚きだった。様々な魚料理や米食、冬場でも新鮮な野菜に果物、これも代官の手腕なんだろう。
『失礼な質問をしてすまない。卿は中央にいたとき食糧農水産業担当だっただろうか』
「よくおわかりになりましたね。長年勤めさせていただきました」
やっぱりそうか。先程も何気なくノシュールの桃の話をしていた。それはこの地の代官では普通知ることのない情報のはずだ。
『もっと長く滞在して卿から色々学びたかった。今回は叶わないがいつか機会があれば頼めないだろうか』
師は至る所にいるんだな。きっと卿は中央での官僚時代も優秀な人材だったに違いない。
「ありがたいお言葉。私でお役に立てるのでしたらば、いつでも喜んでお手伝いさせていただきます」
『ありがとう。今日会えてよかったよ』
良い町だ。いやこの町だけではなく、この国にはきっと数多くの素晴らしい町があるのだと思う。もっと自分の目で確かめたいと、今日この町に来たおかげで思うことができた。




