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町を抜けると道は大きく二つに分かれる。一方はそのまま南へ進むノシュール領へ、もう一方は西のダールイベック領へ繋がっている。
まだ昼を過ぎたばかりだというのに陽は暮れかかっていた。どうにもこれだけは何年経っても馴染めない。
「溜息ー!レオらしくないよ どうしたの?」
『ああ すまない・・・もう陽が暮れてしまったかと思うとさ・・・』
「ああ!だよねーそれは僕も思う!」
馬車の中の灯りではまともに字も読めないため、私たちは窓の外をぼんやりと見ていた。右を見ても左を見ても目に映るのはひたすら雪原だけだが。
「そうだ この間レオが選んでくれたひまわりのブローチ ポリーナがとっても気に入って毎日つけているんだよ」
『そうか それは良かった 今度見せてもらわないといけないな』
「うん 見に来てやってよ そうだ!休暇明けの集まりは僕のところでやらない?」
『いいね 楽しみにしているよ』
イクセルが同乗してくれてよかった。意識的にやっているのか生まれ持った才なのか、イクセルがいるといつも周りが明るくなる。少なくとも私はそれに何度も救われているのだ。
宿場町へたどり着いたのは午後八時頃だった。遅い時間だというのに町の中は明るく照らされている。恐らく私たちが来るため灯してくれていたのだろう。代官の邸へ招かれているため、そのまま馬車で邸まで進む。
「王子殿下 皆様ようこそおいでくださいました」
髪には白いものが混ざり始めた見るからに温厚そうなその人物は、この町の出身で数年前までは中央の官職についていたが、先代の代官が引退するのをきっかけにこの地を希望して異動してきたと聞いている。
『出迎え感謝する 短い滞在だがよろしく頼む』
「心許りですが晩餐の準備を整えております どうぞこちらへ」
交易の盛んなノシュールの港から王都への一本道上にある町らしく、この夜は素晴らしいもてなしを受けた。
白身魚のカルパッチョ、海老のビスク、仔牛のコートレット、それにきのこのリゾット・・・
『リゾットか 珍しい』
「この町では最近米が人気でして 殿下のお口に合うとよいのですが」
『とても美味しいよ 王都でも米食がもっと広まればと思っている』
「美味しいねー 僕も好き レオが広めてくれたら一気に人気になると思うなぁ」
『そう簡単には行かないだろうよ』
「いえベーン様の仰るとおりかと思います」
『そうだな・・・考えてみるよ』
暖炉の前の長椅子へ移動すると、お茶とデザートが振舞われた。瑞々しい果物が目を惹く。
「まあ!桃だわ!珍しい!この季節に桃が食べられるなんて」
本当だ、驚いた。実はこの国では夏でも桃は大変珍しい果物だ。国内では木が育たないため他国からの輸入に頼るしかないのだが、如何せん桃は衝撃に弱い。港から王都まで運ぶ間に傷んでしまうのだ。
「喜んで頂け幸いです 切ったものをたくさん用意させますのでお召し上がりください」
『甘いな 瑞々しくてとても旨い』
思いがけぬ桃の登場に皆無言で夢中になっている。
(スイーリにも食べさせてやりたいな・・・)
この地にこれほど立派な桃が出回っているのだ。ノシュール領にも間違いなくあるだろう。スイーリの喜ぶ顔が早く見たい。
「あー!レオ今スイーリちゃんのこと考えてるでしょ」
『なっ!』
「目がね!優しすぎるの!蕩けそうな目してる!」
「ほんとですわ!レオ様とても幸せそうなお顔しています」
『揶揄うな・・・ああ考えていたさ』
「わ!開き直った!」
『いいだろう考えるくらい スイーリにもこの桃を食べさせてやりたいって思っていたんだ』
「そうだね!僕こんな美味しい桃食べたの初めてだよ」
「ノシュール領へ行かれましたら これよりも柔らかくて極上の桃がございますよ」
「まあ!それは楽しみだわ」
「ええ!スイーリ様も喜ばれるわね」
スイーリに会えるのは四日後だ。待ち遠しい。
しかし王都から僅か一日の距離にある町でここまで食文化に違いがあるとは驚きだった。様々な魚料理や米食、冬場でも新鮮な野菜に果物、これも代官の手腕なのだろう。
『失礼な質問をしてすまない 卿は中央にいたとき食糧農水産業担当だっただろうか』
「よくおわかりになりましたね 長年勤めさせていただきました」
『もっと長く滞在して卿から色々学びたかった 今回は叶わないがいつか機会があれば頼めないだろうか』
「ありがたいお言葉 私でお役に立てるのでしたらば いつでも喜んでお手伝いさせていただきます」
『ありがとう 今日会えてよかったよ』
良い町だ。いやこの町だけではなく、この国にはきっと数多くの素晴らしい町があるのだと思う。もっと自分の目で確かめたいと、今日この町に来たおかげで思うことができた。




