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午後の授業が全て終わった。教師が退出した途端一斉に問いただされる。
「聞いたよー!もうびっくりしちゃったよ」 とはイクセル。
「今まで噯にも出さなかったものな」とはデニス。
「いつから好きだったんだ?」とはベンヤミン。
「今日は話してくれるんだろう?」
「何はともわれ 、レオおめでとう」
なんだなんだなんだ?
『あ、ありがとう』
圧倒された。お茶の用意をしているロニーが笑いを堪えているのがわかる。いいんだよ堪えなくて。
「いやーそれにしてもよかったよね、スイーリちゃん」イクセルだ。
「俺はレオよりスイーリにおめでとうを言ってやりたい」ベンヤミンだ。
「だな、ようやくレオに振り向いてもらえてさ」デニスだ。
「一途っていいよな」誰だっけ。
『ちょっと待って 、何?どういう意味?』
何故スイーリのことを知っている?私がいない場所で相談でもされていたのか?私の頭上が疑問符だらけになっていることに3人も気がついたらしい。またしてもやいやいと騒ぎ始めた。
「スイーリはずっとレオのことが好きだっただろう」
なー!と頷き合っているデニスたち。
「うんうん、ずーっとね」
ずーっと、って。イクセルまで
『3人とも知っていた?なんで?スイーリに相談でもされていたのか?』
3人は顔を見合わせている。答え合わせをしていると言うよりは、なんていうかーやれやれというような目で私を見ている。
「何言ってんだよ、見ていたらすぐわかるじゃないか」
「うんわかる。スイーリちゃんわかりやすいし」
「まさか気がついてないとは思わなかった」
「あれを気がつかないって方がすごいよな」
「てっきりレオにその気がないのだと思っていた」
もう誰が何を言ったのか説明する気も失せた。言葉は多少違えど言っていることはどれも同じだ。
ちらりとロニーを見る。ニッコリと笑顔を返された。まさかロニーまで気がついていたのか?
居たたまれない、帰りたい。
「まあ気にするな」気になんてしてないよデニス。
「そうそう、上手く行ったんだからさ」ああ上手く行ったさベンヤミン。
「スイーリちゃんが心変わりしてなくてよかったね!レオ」その通りだよイクセル。
と言うわけで、多勢に無勢とはこのことだ。私は素直に頷く他なかった。
『ハイーヨカッタデス』
こうして4人でのんびり話すのも3日ぶりのことだから、この際開き直ろう。気になることは早く解決するに限る。
『あの、さ。知らないついでに3人におしえてほしいことがあるんだ』
「なになにー?僕たちにわかること?」
イクセルの言葉を待って、私はすぐに聞いてみた。
『城下のことを詳しく知りたい』
「「「・・・」」」
「フッ、いいよ」
「任せなよ。令嬢たちに人気の店が知りたいんだろう?」
「行った方早いよね、明日はどう?」
持つべきものは友達だ。これは日本だろうがステファンマルクだろうが変わらない。頼もしい友人がいて本当に良かった。
『感謝する』
「じゃー決まり!明日の授業が終わり次第色々見て廻ろうか」
今日ほどデニスのことを頼もしいと感じたことはなかった。デニスだけじゃない。明日と言い出したイクセルのことも有難かったし、任せろと言い切ったベンヤミンが、こんなに頼りがいのある男だとも知らなかった。
『よろしく頼むよ』
「任せておいて!それじゃ俺たちからも1つ話いいかな?」
ちらとベンヤミンと視線を交わしたデニス。
『なんでも話してくれ』
今はどんな無理難題を持ちかけられても応えられそうな気がする。いや応えてみせる。
ベンヤミンとデニスが再び目配せをする。「デニス兄から話して」との言葉を引き受けデニスが話し始めた。
「今年ノシュール領のクリスマスは、周年祭も重なり大規模な祭りを準備しているんだ。それで皆を招待したのだが、レオにも来てもらえるだろうか?」
『勿論だ。是非行かせてもらうよ』
なんだろう?まさかノシュール領へ来いという話だけではないだろう?ー続きを待った。
「うん、今度は大丈夫そうだね」
それを言ったのはイクセルだった。あれ?一度断ったっけ?そんな覚えはないのだけれど。
『今度?』
どういう意味だろう?
「日曜日の茶会でこの話をしたんだよ。皆にはその場で返事をもらえたけれど レオだけまだだったから」
ー全く記憶にない。茶会の場にいて話を聞いていなかったのか。
『すまない、あの時はー』
「いいんだよー。スイーリちゃんのことで頭がいっぱいだったんでしょ?」
うんうんと頷くイクセルが笑顔を見せた。全く嫌味がないものだから返って恥ずかしくなる。
「恋煩いってやつだな。レオでもあんな風になるんだとわかって安心したよ」
いやその。いや今は何を言っても言い負かさせる気しかない。ベンヤミンの言うままにしておく方がまだマシだ。
『いや、 うん』
少し意味は違うと思うけれど、スイーリのことで考え込んでしまったのは事実だ。訂正したところで皆が納得できるような説明をすることも出来ないし、ここは誤解されたままでいいか。
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翌日。
私たちはタウンハウスが建ち並ぶ貴族居住地区に程近いショッピング街・八番街を目指していた。下町に興味があると言ってみたものの、「それは上級者向けだね」と一蹴されてしまったからだ。
この季節、陽が暮れるのはとても早い。王宮を出るとき既に陽は落ちた後だったのだが、まだまだ街は活気に溢れていた。クリスマスの飾り付けを済ませている店も何軒かあり、これから冬至にかけて徐々に街中が赤と緑に染まっていくのだろう。
「俺のイチオシはこの店」
最初にデニスが案内してくれたのは宝飾店だ。勿忘草のリースのようなモチーフの看板が可愛らしい。若い令嬢向けの店なのかもしれない。
「従姉が王都に来ると必ずこの店に寄るんだよ」
ドアマンが扉を開けて案内してくれた。
「いらっしゃいませ 、ノシュール様」
デニスは顔見知りのようだ。
「今日は友人の案内で寄らせてもらったんだ」
父上よりも少し上くらいだろうか、ダークブラウンの髪を丁寧に後ろへ撫で付けて、上質なグレーのジュストコールを着こなした男性が笑顔で応対に立った。
「いらっしゃいませ」
そこで私に気がついたらしい男性がはっと息を呑む音がした。
「王子殿下、ようこそおいでくださいました」
知られていたか。
写真のないこの世界では王族といえどもそれほど市井に広く顔が知れ渡ってはいない。この国で最も有名な人物である父上、次いで母上は肖像画も多く出回っているが、私は成人前と言うこともあり肖像画はまだ描かれていないのだがー
いや違うな、似すぎているのだ、父上と私は。父上の顔を知っていれば私のこともわかるということか。
『今日はデニスの友人として来ている。特別扱いはなしでお願いしたい』
ステファンマルクで私は、一度も自分で買い物をしたことがないことに気がついた。
ステファンマルクでは、ね。
「かしこまりました。ではお気に召すものがございましたら、お声掛けくださいませ」
男性はショーケースの向こう側に戻り、私たちの様子を静かに見守ることにしたようだ。
『うん、ありがとう』
ショーケースの中には可愛らしいアクセサリーが並んでいる。どれも花をモチーフにデザインされており、繊細な細工が成人前後の若い令嬢に合いそうだと思った。
「僕もポリーナに何かプレゼントしようかなー」
隣りのケースを覗いていたイクセルが呟く。ポリーナは今年4歳になった彼の妹だ。
1つの髪飾りが目に留まった。ライラックの枝の形をしたそれは、何色もの紫色の宝石で花を形作っている。枝と葉の銀色も、スイーリの美しい黒髪にとても映えるだろう。
「こちらはヴァイオレットサファイヤ 、パープルトルマリン、タンザナイト、スピネルと4種の宝石を組み合わせてライラックをデザインしたものでございます。お手にとってご覧くださいませ」
と言って男性はケースから髪飾りを取り出し、トレーの上に乗せた。
黒いトレーに乗せられた髪飾りは殊更美しく輝いている。
『これを頼む』
「ありがとうございます。後ほどお城へお届けに上がらせていただいてよろしいでしょうか」
『お願いするよ』
よし!プレゼント選びは無事終わった。
「早!もう決めたんだ!」
長椅子に座ってカタログをペラペラとめくっていたベンヤミンが驚いて近づいてきた。
「レオらしいな」
『そうか?』
イクセルの方はと言うと、3つ4つ並べられたブローチの前で腕を組み悩んでいる。
「うーん、可愛いポリーナにはこのひまわりなんか最高に似合うと思うし、ポリーナが大好きなラズベリーの実と花がついたこっちのも絶対喜ぶだろうし 鈴蘭-この鈴蘭なんてポリーナのために作られたみたいだし、もうどれがいいか全然決められないよ」
「お前-俺の従姉と全く同じこと言ってるよ」
呆れ声を出すデニスを見てベンヤミンが笑い出す。
「わかるーデニス兄が連れまわされて帰って来た日、いつもぐったりしてるもんな」
「お願い!レオが決めて!僕決めらんないや」
困り果てたイクセルが私に丸投げしてきた。
『え?いやせっかく妹に贈るんだ。じっくり自分で選ぶといい』
至極的確なアドバイスを送ったと思うのに、イクセルには全く響かなかったらしい。
「それができないからお願いしてるんだよー頼むよ」
『それなら私はひまわりがいいと思う』
するとイクセルの顔がぱぁーっ!と明るくなった。
「やっぱり!ひまわりがいいよね!決めたひまわりにするよ、ありがとうレオ」
『ポリーナが喜んでくれるといいな』
「絶対喜んでくれるよー。レオが選んだって言ったら間違いないから」
イクセルも無事プレゼントを選び終えて、贈り物のブローチはベーン邸へ届けられることになった。
「ポリーナはレオのこと大好きだもんな」
はしゃぐイクセルの隣でベンヤミンが右手を口の横にあてて、ひそひそと話している。内緒にするには大きい声で。上機嫌のイクセルはニコニコ笑ったままベンヤミンに答えた。
「ベンヤミンのことも大好きーって言ってるよ」
「はいはいありがと」
いや、選んだのはイクセルだよ。イクセルは優柔不断、ではなく慎重派なところがある。今までに何度も、いくつかの選択肢を前にして悩んでいる姿を見てきた。でも注意深く見ていると、それは選択で悩んでいるわけではないのだ。背中を押してくれる一言を待っているだけだということを私は知っている。そして押してほしい自身の選択は必ず1番目であるということも。
宝飾店を出た後も数軒の店を紹介してもらい、最後に今王都で一番人気が高いと言われるスイーツショップの前まで来た。
「あーこの時間だとこうなっちゃってるよね」
「夏ならこのくらいの時間でも賑わってるけど、冬はどうしてもね」
カフェを併設しているので店自体は開いているのだが、商品のほうはほぼ売りつくしてしまったようだ。
「でもせっかく来たわけだし、喉を潤していこうよ」
『そうだな』
窓際のテーブル席へ案内され、思い思いに注文をする。私は普段王宮ではあまり飲む機会のない珈琲を頼んだ。
『今日はありがとう、とても助かったよ』
「俺も楽しかった。たまにいいな、こうして散策して廻るのも」
宝飾店に用事のなかったベンヤミンだが、退屈な素振りを見せることもなく楽しかったとまで言ってくれて救われた気がした。
「また来ようよ。次は俺がよく行く文具店や書店も案内したい」
デニスは八番街に詳しそうだ。行きつけの店がいくつもあるらしい。これは是非案内を頼もう。
きっかけはデートの下調べと言うあまり知られたくない目的だったものの、おかげで思わぬ楽しみを見つけてしまった。学校帰りの寄り道みたいな気分だ。




