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「今日はここまでにいたしましょう」

午後最後の授業が終わった。


「はぁーっ!終わったー!」

イクセルが大きく伸びをする。イクセルは算術が苦手だものな。

私とて決して好きな科目ではないのだが、前世の()()が残っている今の段階ではまだ少しだけ余裕がある。


『今日はお先に失礼するよ 皆はゆっくりして行って』

「あ  レ オ・・・」

『また明日』


「行っちゃった」

残されたのはデニスにベンヤミンそしてイクセル。

「じゃーせっかくだし」

「ゆっくりしますか」


長椅子へと移動した三人の前にお茶と軽食が用意される。

「なんか変だよね」

「だよな」

「昨日の茶会の中盤辺りから心ここにあらずといった感じだった」


「それでも全問正解しちゃうんだからさー」

「算術ギライのイクセルらしい感想だな」

「あ 旨いこれ」

「デニスはサーモン食べさせといたら機嫌いいよね」

「うん 一週間に十回は余裕で食べる」

「うわー熊みたい」

「そうか?熊と言えば蜂蜜だろう?」

「僕蜂蜜好きだよ」

高位貴族の子息とてこのようなものである。


「まだクリスマスまで時間もあるし 大丈夫だろう」

「うん じゃー今日のところは帰りますか」

「そうだな」




----------

『父上はもうお戻りかな?』

「いえ まだしばらくかかるようです」

『よかった』

「お茶をお持ちいたしましょうか」

『うん お願い』


授業が終わりそのまま急いで自室に戻ってきた。父上の身体が空くまで一息入れられそうだ。

読みかけの本を取り出しページをめくる。

だが読もうとはするもののほとんど頭に入ってこない。諦めてしおりを元のページに戻すと膝の上で閉じた。


「お疲れですか?」

『ううん そういうわけではないのだけれど・・・』

当たり障りのない会話を交わす。と、その時扉を叩く音が聞こえた。


応対に向かったロニーが戻ってきて告げる。

「陛下がお戻りになられました」

『わかった』

二人で父上の私室へと向かう。


部屋の前、ロニーがノックをすると中から扉が開いた。

「お待ちしておりました 殿下」


「待たせてしまったかな こちらへおいで」

父上は、上着を脱いで襟元を緩めながら長椅子へ向かう。


『いえ 私の方こそお時間をいただきすみません』

「なに 構わないさ おかげでこうして息子と二人きりで会えるのだからな」


侍従は手早くカップに茶を注ぐと、静かに退出した。


なんと切り出そう。考える時間は充分にあったはずなのに適当な言葉が一つも見つからない。

『父上・・・』


『父上 交際を申し込みたい令嬢がいます 許可をいただけませんか?』


『・・・父上?』

目を大きく見開いたまま固まっている。


「ああ・・・ああ聞こえているよ これは予想してなかった いや驚いた」

『すみません 前置きを考えてくるべきでした』

「いや簡潔で悪くないぞ うん 悪くない それでどちらのご令嬢かな?」

『スイーリ=ダールイベック嬢です』

「そうか ダールイベックの―そうか」


『父 上?』

「ああ もちろん許可するぞ イレネも喜ぶだろう」

『ありがとうございます』

「そうだな・・・早いほうがよい レオ明日の予定はどうなっている?」

『はい?通常通り授業があります』

「この時間は何もないのだな?よし!明日のこの時間に呼ぼう」

『え?』

「私の名前でスイーリを呼んでおく・・・イレネの方がよいか いややはり私にしておこう」

言いながら立ち上がると、父上は机へ向かい便箋を取り出す。


あっという間に書き上げると封をしてしまった。

「すぐに届けさせよう」

侍従を呼び封筒を渡す。彼が出て行くと再び親子二人になった。この間僅か三分。


呆気にとられてしまい、ただぼんやりと見つめているだけだったのが、ようやく理解が追いつく。

『えっ?明日?』

「うむ こうと決めたことは早いほうが良いからな あとは自分で考えなさい」


言い終わると少し冷めたカップに手をつける。とても満足そうな表情だ。そして

「レオが初恋か」


そう言われると途端恥ずかしさがこみ上げてくる。顔が赤くなっていることを自覚し、慌てて両手でカップを掴んだ。


「早いな」

『そう なのでしょうか?』

「世間一般というものはわからないが 私よりは充分早いぞ」

『そうなのですか?』

「うむ 私の初恋は十九のときだったからな」

『それが母上だったのですね』


初恋を実らせた国王。物語の主人公みたいだ。




自室に戻り一人になる。暖炉の火がバチバチと爆ぜる様子をぼんやりと眺めながらふと思った。

父上が十九・・・私より早いではないか。

芽夏として生きた十六年、それと今の世界に来てからが四年。合わせて二十年生きてきたことになる。


初恋か・・・幼稚園で「私誰某くんのお嫁さんになる!」なんて言ったりするのも初恋になるのかな。そうだとするなら私はとんでもなく遅い初恋を迎えたわけだ。


実の父が告白のお膳立てをするとはなんとも面映い。

『親の手を借りて告白とかカッコ悪すぎだよ・・・』

(借りるつもりはなかったけれど)ぼやきながらクッションにぽすんと顔を埋める。


でも先に父上に伝えたことは後悔していない。


ただ・・・

『スイーリには負担をかけてしまうな』

外堀を埋められたと思うのではないか、彼女が私との交際を望んでいなかった場合、立場上断ることは難しいのかもしれないが、それでも私は強制するつもりはなかった。だが王に知られているとなれば話は別だ。彼女に拒否する権利は完全になくなっただろう。そんなことをしてまで手に入れていいのだろうか。


贅沢な悩みであることは解っている。解ってはいるがその日罪悪感が消えることはなかった。

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