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午前の授業の合間、ロニーが厨房からの返事を伝えに来た。
『菓子を作りたいので 夕食の後厨房を貸してもらいたい』と言付けを頼んでいたのだ。
「いつでもお待ちしてます とのことですよ」
それにしても驚いていました、とロニーはそのときの様子を思い浮かべているのかちょっと笑いを堪えているみたいだ。
『だろうね』
私も笑う。
「殿下は以前からお菓子作りに興味をもたれていたのですか?」
『うーん・・・』
なんと答えようか。
『料理も楽しそうだなと思ったんだ 食べられるものが完成するようロニーも祈ってて』
「とても楽しみですよ 何をおつくりになる予定なのですか?」
『ナイショ』
「これは午後の仕事が手につきません」
『それは困るな・・・でも秘密』
「残念 失敗しました」
有能な従者は大げさに嘆きながら「楽しみにしています」との言葉を残し仕事に戻って行った。
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なんということか。
厨房に全ての料理人が残っているではないか。
とてつもなく嫌な予感がする。だが敢えてそれに気がついていない振りをして囁く。
『ロニー まだ仕事が終わっていないようだね 出直そうか』
ロニーが言葉を発する前に、一歩前へ進み出た総料理長が言った。
「お待ちしておりました殿下!皆で見学させていただいてもよろしいでしょうか!」
『よろしくないよ 絶対に駄目!』
後ろでロニーがクツクツ笑いを堪えているのがわかる。事前に知っていたな。
プロ中のプロ、国内最高峰の料理人集団の前で腕前を披露する勇気はない。頼むよ勘弁して。
『カール以外はお疲れ様 今日はもう休んで』
両手でガッツポーズをするカールを恨めしそうに眺めながら、ぞろぞろと出て行く料理人たち。
ようやく始められるかな。
「殿下 こちらに材料を用意しております」
『ありがとう』
用意してもらったものは、
チョコレートに砂糖、バター、生クリーム、小麦粉、ココア、卵。
それから型が並んでいる棚へ行き、型を選ぶ。
『チョコレートのケーキを焼こうと思うんだ』
「お手伝いいたします」
袖をまくったロニーが隣に立つ。
『カールはそこに座っていてね』
まずはチョコレートを刻む。
包丁を持っただけでカールは慌てて立ち上がる。
『大丈夫だよ ちゃんと刻めるから見てて』
細かく刻んだものを二つのボウルに分けて入れる。
小さな鍋で生クリームを温める。それをチョコレートに加えてよく混ぜる。
混ざり合ったら小さなカップに分けて冷やす。カップ六つ分になった。六人分だ。
冷やしている間に六つの型にバターを塗る。
ボウルに卵を割り入れてかき混ぜる。
残していたチョコレートとバターを湯煎にかける。
『ロニーお願い』
ロニーには卵のボウルに砂糖を入れて混ぜてもらう。
ツヤツヤに溶けたチョコレートを混ぜる。
小麦粉とココアを振るいながら混ぜる。
『先に用意したチョコレートは固まっているかな』
冷やしておいたガナッシュを確認する。うんいい感じだ。
型に生地を少し入れて、カップから取り出したガナッシュをそっと埋める。残りの生地でふたをする。
『これをオーブンで焼く』
と聞くや否やカールが勢いよく立ち上がり
「それは私が!」
と天板を持ち上げた。
『うん お願い』
『あまり焼きすぎないのがいいんだ』
とだけ注文する。
厨房に漂う甘い香り。上手くできているかな。
「そろそろいいと思います」
カールが天板ごと取り出す。
『このケーキはね すぐに型から出さなければいけないんだ』
ぶ厚い手袋を借りて外・・・そうとしたら、これもすごい勢いでカールが「私がやりましょう!」と取り上げてしまった。あっという間に六つのケーキが皿に並ぶ。
『食べてみようか』
いつの間に用意していたのか、ロニーが三つのカップに紅茶を注いでいた。
『カール ナイフも用意してもらえる?』
ナイフとフォークを添えて、三人きりの試食会の始まりだ。
まずは二人の反応が気になる。紅茶を飲みながら二人の様子を見守った。
「これは!」
「え?」
二人が同時に驚く。失敗したと思っているのだろう、次の言葉を探しているようだ。
だからニッコリ笑って
『これは大成功だね!』
パクリと口へ放り込んだ。
自信たっぷりに口を動かし続ける私を見て、二人もようやく口へ運ぶ。
「おお!これは美味しい!」
「これは新しい!」
今度は止まらないようだ。黙々と食べ続けあっという間に平らげてしまった。
『どうかな・・・茶会に出せるだろうか?』
「これは皆様驚かれるでしょう!素晴らしい一品かと!」
『これにどうしても盛り合わせて欲しいものがあるんだ 用意してもらえるかな』
説明を続ける。
「お任せください!次は私の方で試作を重ねてみます それにしても・・・」
うん、聞かれることは解っていた。
「殿下は一体どのようにしてこの菓子を思いつかれたのですか?」
勿論答えは準備してある。
『以前(前世)に本で読んでね 冬になったら作ってみたいと思っていたんだ』
「なんという本でございますか?このような素晴らしいレシピが載っている本を見落とすとは カール一生の不覚でございます 是非とも一度目にしてみたい・・・私にも手に取ることができる本なのでしょうか?」
『料理のための本ではないんだ 小説の中で食べている様子が書かれていたものでね』
嘘と本当を絶妙に混ぜ合わせていく。
「なんと!それでは殿下が考案されたレシピだったのでございますね!殿下が料理人としても一流だったとは!手つきも初めてとは思えぬ手馴れたご様子でしたし 手際もよく~云々・・・」
『考案と言うわけでは・・・』
だんだんしどろもどろになる。気まずい、他人の手柄を横取りしたような気分だ。
『今日は厨房を貸してくれてありがとう とても楽しかった』
「私の方こそ大変勉強になりました またいつでもお越しくださいませ」
『いいの?』
「勿論でございますよ 次回は見学希望者が何人も居座ることになりそうですが」
『それは勘弁してよ・・・』
『それと』
イクセルの好物クレメダンジュも忘れずにお願いしておいた。




