1.馬車に乗るのは優雅でもなんでもなく単に尻が痛いという事実を受け止めることのススメ
この話から舞台が王都周辺に変わります。
2章「王都書生編」で、官僚のタマゴらしく、真剣に、町の再建に取り組む内容も入れたいと思います。
1章で書ききれていなかった、この世界やフランド王国についての情報も少しずつですが、入れ込む予定です。
プライセン子爵領は、王都から西に位置しており、早馬でも王都から3日かかる。普通の馬車では、1週間というところだそうだ。
初めての王都に上るということで、記念に一人旅をしたい。
ただ、領都プライセの外は、血と汗と、、、、やっぱり血がうごめく、残酷な世界。
剣、魔法もあるし、盗賊、山賊だけでなく、魔獣や魔物もいる。
プライセン子爵領からろくに出たことないから正確にはわかっていないかもしれないけど、死が身近にある。隣国と小競り合いになったら、住民や兵士の捕虜は奴隷として連行されるし、こちらも奴隷として誘拐してくるし、人の命がとにかく軽い。
そのため、三男といえども、貴族の子弟様が一人旅をするという、リスクの高い行いを許されるはずもない。
領都から王都までは、のんびり馬車に揺られている、、、、、、はずだったのがそんな訳はない。
道がデコボコで、椅子も固く、座り心地は、とにかく尻が痛い。
これを一週間続けるとは、なんとも言い表せない仕打ちだ。「パン無駄三男」なので、馬車なんてろくに乗ったことがない。以前ならば、外からみて、馬車にのること自体、優雅に映っていたが、単なる幻想にすぎなったことをこの日知った。
理想と現実のギャップというやつだ。
一度行った場所ならば、馬車になんて乗らず、エクスから教わった転移魔法で移動できるので、最初で最後と自分に言い聞かせ、ぐっと我慢する。
馬車の中で向いに座るシンバは、揺れる車内でも慣れたもので、澄まし顔だ。数歳しか違わないが、これが年季違いというやつだ。
領都から王都へ向かうにあたり、母上と下の妹、乳母のエリカが見送ってくれた。
父上には王都から召喚状が届き、その準備でテンテコマイみたいで俺の見送りどころではないようだ。どうせすぐに王都で会えるし。
薄情なモンドとピーチャーのクズ兄たちは邪魔者の三男の見送りなどするはずもない。
シンバは俺の護衛兼保護者として、師事する内官の家まで同行するようだ。その他、旅のお供にアーチャー家の腕利きが4名。
馬車の揺れと尻の痛みに苦しんでいるところ、エクスの幼女声が頭に響く。
『ずいぶんと精神的にまいっているのう。主殿よ。主殿の精神状態は、少なからず、我にも影響するので、心を平静に保てんものかのう』
『この馬車の揺れで落ち着いてられるか!話しかけるな。舌を噛みそうになる』
とエクスに八つ当たりをする。
『まったく致し方ないのう。主殿は。そうじゃ、よいことを教えるとしよう。魔素を腰のあたりだけで、はじけさせて、そのまま状態を維持するのじゃ。さすれば、少し浮くことができるぞ。それで、揺れの影響をうけまい』
『こうか?』
腰のあたりに集中して、魔素の粒子を破裂させる感覚ではじけさせる。すると、勢いよく俺の身体が馬車の天井まで跳ね上がり、頭をぶつける。
『痛!!』
「アルフ様!大丈夫ですか?一応、アーチャー家の兵士のみで護衛を固めていますが、人目もありますので、ご自重ください」
シンバから、心配兼小言をいわれた。頭を打ち付けた痛みで涙目になりながら、「わかった」という意図で頷いておく。
『勢いをつけすぎじゃ。まったくいつまでたっても加減というものを知らぬ。主殿は。ゆっくり少しずつじゃ。魔素の塊一つ一つをイメージしていくのじゃ。』
『こうか?』
シンバの心配を余所にエクスとの対馬車揺れ対策魔法の特訓が続く。
1センチくらい浮いた状態となり、そのまま維持するよう集中する。
『少し浮きすぎじゃ。もっと浮く高さを低くして、普通に座っているように見せんといかんのじゃろ』
エクスの助言に従い、椅子のほんの2-3ミリの高さに浮き、その態勢を維持する。
うん。快適快適。
これを応用すれば、空を飛べるな。
『魔素をはじけさせる浮遊力と推進力を足元と進行方向の逆側に集中させれば、飛ぶことはできるぞ。ただし、少しコツが必要じゃな。王都についたら、練習するとよいぞ。主殿よ。』
『あぁ、そうするよ。エクス。助かったよ』
『いつものことじゃ。世話のかかる弟子を持つと師匠は苦労するのう』
6年前から、繰り返されるやり取りをする。
エクスが左目に居候しはじめてから、エクスは俺の魔法の師匠となった。
身体と感覚を共有しているからか、助言も具体的で、悪いところを的確に指摘してくれる。
俺の体内の魔素だけでなく、封印中というエクス本体からの魔素供給もある。加えて、大気中からの微量魔素を取り込むことができ、エクスの使役する精霊からも魔素が流れ込んでくるので、よっぽどのことがない限り、魔素不足がおこることはない。
中央官僚風に言うと、さしずめ、俺を中心とした「エクス魔素経済圏」という趣か。
魔法とは、魔素をエネルギー源とした特定事象発現のことをいう。エクスがいうには、体内及び体外にある魔素という粒子の状態変化及び形質転換の組み合わせに、想像力というスパイスを振りかける料理みたいなものとのことだ。魔法を極めた魔王様がいうのだから、本当なのだろう。
それにしても、大昔に人の世を恐怖のどん底に陥れた魔王様が料理を例えに使うのはどうかと思うけど。
しかし、エクスの説明は、世の魔法師の世界では、突拍子もない発想で、その説を公の場で唱えようものならば、つまはじきにされる程の異端な考えとなる。
エクスが同居してから、転移魔法を教えてもらい、近隣の貴族領の図書館にある書籍や文献を片っ端から調べたところ、確かに、魔法師の世界では、五行説(火、土、陰、水、陽)の5種類の系統の魔素が生物の魂に紐づいているという学説が有力視されていた。
生まれながら五行のいずれかの特性、または多くて2つの特性が魂に刻まれており、魂に刻印された系統しか100%の力を出力できない。刻印以外の系統は身に着けられないことはないが、相当の努力と反復練習の時間を10年程かけ、ようやく類縁系統の魔法が修得できる。ただし、最大出力は、刻印系統の70%程度しか出力できない、ということみたいだ。
さらに、対極系統、火ならば水、陰ならば陽、といった性質が正反対の系統は決して修得できない、とされていた。
エクスの説をとるならば、魂の刻印説は、単に形質転換が苦手な昔の魔法師が、なんらかの政治的な意図をもって、広めたガセというとらえ方もできる。
エクス説か魂の刻印説か、真実はどちらなのか興味はあるが、俺は、別に魔法師を目指している訳でもない。真実の証明は魔法師学者にお任せすることにする。
実際、魔素の状態変化、形質転換に想像力というスパイスを混ぜて、誰にもできない、転移魔法、浮遊魔法や矢に特殊効果をつける新しい付与魔法も使えているので、幼女声の魔王師匠のいうことを信じている。
こんな異端で、常識はずれな力をもっていることを改めて意識すると、余計に、エクスの力や俺の魔法のことは、隠し通さないとならないと固く思った。




