22話
かの有名なジュリエットは、恋人のことを想うたびに、こう呟いたという。
……あぁ、ロミオ。あなたはどうしてロミオなの?
言葉にすれば陳腐なものだけど、そこには恋人の存在を自分のなかで確認する作業なんだと思う。大好きな恋人と離れ離れになっても、自分のなかの好きという感情が変わらないように。彼女は彼のことを想うたびに、自分のなかの愛情を大切に守ろうとしていたんだ。
物知りの友人が得意げに話していた悲劇話を、ぼくはこんなふうに理解していた。三太兄ちゃんが詩織ちゃんのことを話すときも、どこか同じような雰囲気があった。恋は人を盲目にさせる。されど、愛情は人を強くさせる。
ぼくは恋人のことを想うジュリエット嬢や、三太兄ちゃんに背中を押されるように、とある決意を胸に抱いていた。
……マロンちゃんに告白するんだ!
この胸にある熱い想いを、彼女へと伝える決心をしたんだ。マロンちゃんへと想いを言葉にしようものなら、山よりも高い鉛筆と、海よりも深いノートが必要になる。でも、マロンちゃんなら、ぼくの気持ちをわかってくれるはずだ。
その日、ぼくはいつもより早起きをした。空には雲ひとつない。まるで、これからのぼくたちを祝福してくれているようだ。今日の告白は絶対にうまくいく。そう確信した。
「タロ、朝ごはんだよ」
いつもの時間に、ママさんがごはんを持ってきてくれる。
ぼくはお腹いっぱいになるまで、ごはんを食べた。
そして、来る散歩の時間まで、ぼくは丁寧に毛づくろいをする。いつもは手入れなどしない尻尾の先まで、完璧な自分を演出していく。なんども水入れを覗き込んでは、水面に映った自分を見る。寝ぐせがないかを確認する。
「……わん」
完璧だ。
今日のぼくは、いつもの三倍くらい格好いい。特に、右斜めから見た姿には、自分でも惚れてしまいそうなほどだった。
待っていてね、マロンちゃん。いつも思わせぶりな態度を取って、本当にごめんね。ぼくはようやく気がついたんだ。友達のままが良いなんて、ただの言い訳だったんだ。そのことを、ぼくは三太兄ちゃんから教えてもらった。あんなに苦しんでいた兄ちゃんを、詩織ちゃんは愛の力で救ってみせた。
お互いのことを支え合うのが、本当の愛なんだ。
「タロ。散歩にいこうか」
「わん」
夕方になって、ぼくはママさんと散歩に出た。行先はすでに決まっている。午後四時半。この時間なら、彼女はあそこにいるはずだ。住宅と住宅の間にある小さな田んぼ。これまでの経験上、マロンちゃんはそこで遊んでいるはずだ。
ぼくは何の迷いもなく、真っ直ぐにその場所へと向かった。
「ちょっと、タロ。そんなに引っ張らないでよ」
構うものか。
今日は、ぼくに恋人ができる日なんだ。彼女と末永く幸せに生きていく姿が、今のぼくにはしっかりと見えている。
あぁ、綺麗な夕日だ。
こんな日に告白できるなんて、ぼくは何て幸せなんだろう。
「……わふ」
ぼくはママさんのことを引っ張りながら、すたすたと歩いていく。細い路地を、右へ左へ曲がり、荒れたあぜ道へと出る。その先にある、小さな田んぼの小道に、彼女がいた。
……マロンちゃんだ!
「わふわふ!」
彼女の姿を見つけて、鼻息が荒くなってしまった。だが、ここは冷静にならなくてはいけない。ぼくは紳士だ。紳士なら、女の子のことを華麗にエスコートしなくてはいけないのだ。




