アリィの休日
モートン伯爵の領地はさびれた場所にあったけれど、魔導王国リンデルの首都であるリンブルデンに近かった。
観光気分ではないものの、ここまで来たからには首都を見て行きたい! (やっぱり観光気分かも……)という私の意図を汲んだのか、リンブルデンの宿屋に二泊する事になった。
私の正体がバレてるならバレてるで、隠れても今更どうにもならないし……。ちょっと開き直っていたのは事実だ。
宿の窓からは、なだらかな丘の上にあるリンデルの王宮が見えた。屋根がタマネギ型で金色、壁は薄い水色や白色で、全体の形はタージマハルに似ている。遠目でよくわからないけれど、王宮自体はとても大きく硬質な感じがした。
特殊な加工がされているのか、屋根は夕日に当たってキラキラと輝き、空に浮かぶようで美しかった。
実の父、トーマスが産まれた場所だと思って見ると、何だか少し感慨深い。私や父と血の繋がりのある者があの中にいるのかと考えると、複雑な気持ちにもなった。
特に会いたいわけではないけれど、この国の王族がどんな人達なのか、ちょっとだけ見てみたい気もするようなしないような……。
翌日、宿に荷物だけを置いてガイウス様……ガイに誘われて町を見て回ることにした。さすがに首都だけあって、城下町はとても賑わっている。ローブやアラビア風の衣装を着た人達が普通に行き交う。祖国ゲランより規模は小さいものの、他では見られないような魔導具やローブ、魔導書専門店などがたくさんあって、ものすごく珍しかった。
素人にも使えるかなりの量が入る魔法のポーチや護符にもなるブレスレット、居場所がわかる対のペンダントなど、乙女心をくすぐる品物がいっぱいあって、見ているだけでも楽しかった。
ガイは「実家に妹がいる」と言っていたせいかそれとも普段からモテモテのせいか、女性の扱いには慣れているようで、じっくり眺める私の買い物にも辛抱強く付き合ってくれた。ま、今の私は相変わらず男装しているけど。ガイウス様も私も今は染めていて茶色の髪なので、はたから見ると仲の良い兄弟みたいにみえるかもしれない。
そう考えると、更に気分がウキウキした。
警備のためなのか、赤やオレンジの魔法の光と思われるものが、町の中を時々旋回している。近くまで来た時に触ろうとしたら……逃げられた。
「触ったら怒られるから、気をつけて」
咄嗟に肩を持って引き寄せられた。ガイ、そういう事は先に言っておいて下さると助かります。
大通りに面した場所には、なぜか人だかりが。何かイベントでもあるのかと思ってたまたま隣にいたおばさんに尋ねてみた。
「どっかの国の王子様だか王女様が王宮に表敬訪問するんだってさ。せっかくだから見ておかなくちゃね!」
でも、いつ通るのかもよくわからないらしい。 私も日本にいた時、パレードがある時はバイトの時間ギリギリまでワクワクしながら待っていた事があるから、そのようなものなのかもしれない。もしくは、どこかのアミューズメントパークのパレード待ちとか。ここは本物の『魔法の国』だし。
で、みんながパレードに夢中になっている間お店はガラガラのはず……となれば、する事はひと〜つ!!
「ガイ、せっかくだからお昼を食べましょう!」
私の提案を予想していたのか、ガイは苦笑した。笑い方も爽やかなので、私は思わず見惚れてしまった。
「君は本当に食べる事が好きだね! 昼間も開いているかわからないけど、確かこの辺に美味しい店があったはずだ」
爽やかイケメンは、エスコートも上手だ。
幸い、オススメのお店はランチもあったので、私達はここで昼食をとることにした。ガイにポウっとなった女性に案内されたのは、大通りがよく見える二階のバルコニー席! イケメンは得だと思った瞬間である。
この店自慢の煮込み料理とパンを頬張りながらふと外を見ると、前よりも人が増え、賑やかになっている。どうやら、もうすぐ王子だか王女の馬車が通るそうだ。
隣の席の人も身を乗り出して見ている。
今すぐ通ればここからなら見えてラッキーかも……と思いながら、私は食後のデザートをしっかり頼んだ。ガイは、黒くてコーヒーと砂糖無しのココアとの中間のような苦い飲み物を、優雅に飲んでいる。
ワァーーッ!! キャ〜〜ッ!!
という大きな歓声が上がったと思うと、向こうから先触れの馬が近づいて来た。どこの国かと思って気になって国旗を見てみたら……。
「ガイウス様、あれって……」
目を丸くして思わず、素に戻ってしまった。
だって、あれは、海竜に王冠のあの紋章は!!
「ああ、確かにうちのだね」
食べかけのケーキもそこそこに、私は間もなく通る馬車をよく見ようとバルコニーの端へと移動した。おばさんは、王子か王女と言っていた。
ルビー王女はまだ小さいし、ゲランで王子といったら一人しか思い当たらない!
まさか、リオン?
隣の国、ゲラン王国自慢の美貌の王太子をひと目見ようというのなら、この混雑ぶりも納得できる。それとも、違う人?
期待してはいけないと思いつつ、目を凝らす。馬車の窓は小さいし、反対側にいたらどうせ見られない。群衆……ましてや二階にいる私の事はわからないだろうから、懐かしい祖国の馬車だけでも思う存分目に焼き付けよう!
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オープン馬車では無いからか、年若い王太子は群衆の歓声に応えようと窓から大きく身を乗り出し、手を振っていた。日差しに金色の髪がキラキラと輝く。石造りの建物が建ち並ぶこの通りは、二階の席にも人がいて、隣国から来た自分を歓迎してくれている。
花が飾られているオシャレな店の二階のバルコニー。そこによく知る人を見た気がした。やはり見知った人物と、二人でこちらを眺めている。
思わず手を止め、笑顔が固まる。
それは一瞬の出来事で、確認する術も無い。
——アレク、君なのか?
どこかで会えれば良いと思っていたけれど……。
リオンは笑顔で手を振り続ける。
今は公務中。この町にアレキサンドラがいるかどうかは、後から護衛に調べさせればわかること。
表面上は笑顔で、けれど心中穏やかではないまま、ゲラン王国王太子リオンはリンデルの王宮へと向かった。




