父へと続く道
昨夜、モートン伯爵に話を聞いた私は、部屋に戻ってからも自分なりによく考えてみた。
実の父、トーマス=リンデルはこの国の魔導研究所の副所長だった。彼は、親友で所長であるモートン伯爵がいない時を見計らって『時空魔法』を発動させ、研究所の爆発エネルギーと職員の魔導エネルギーとを引き換えに時空を超えた。
彼が転移した先は日本であり、そこでトーマスは母、恵美子と出会った。双子の姉妹、愛梨と海梨を設け、順風満帆、幸せな生活を送るかにみえた。
けれど、ある日突然発生した闇エネルギーに引き込まれ、父のトーマスと双子の妹の海梨はこの世界に戻ってしまう。日本には、姉である私、愛梨と母が残された。
トーマスは残りの家族を取り戻すために、妹の海梨を隣国の親友で公爵である今の父、アドルフに預けた。その際に協力を仰いだのがモートン伯爵。
妹の海梨はゲラン王国の公爵家で大切に育てられていたけれど、小さな身体での時空移動に耐え切れず、3歳を待たずして亡くなった。一方、姉である私、愛梨も高校生の時に日本でトラックに跳ねられた。その後、魂が抜け出てこの世界に転移し、なぜか妹の身体の中に入ってしまった。
それを知らない父、トーマスは家族を取り戻すために闇魔法の一種である『時空魔法』を完成させようと、南のアンフェール国へと向かった。途中、ゲラン王国に立ち寄った形跡はあるものの、彼の足取りはアンフェールの近くで途絶えているという。
だから私達がこれから向かうとしたら、やっぱりアンフェール、という事になるのだろう。父のメッセージにも残っていたし。
朝食の席へと降りていく。
質素だが種類が多く美味しそうな食事が長テーブルの上に並んでいる。
私は、既に席に着いていた『彼』の姿を見つけた。彼は、私に向かって柔らかく微笑んでくれた。私が元々この世界の住人で無いこと、異界から来たということを『彼』だけが知っている。
最後に正面の席に着いたモートン伯爵は、心なしか若返ったようなスッキリした顔をしていた。抱えていた秘密を話すことができたからかもしれない。
彼は、私が異世界から来たという事は触れずに昨夜の話の要点だけを繰り返した。
そして、トーマスを探すなら『アンフェール国』へ向かえば良いという事も。
この世界、私達の住む『ラディオール大陸』は以前の知識で言えば南半球にあってオーストラリアを縦に伸ばしたような形をしている。北東に位置する我がゲラン王国は1年中温暖な気候で、その隣、西南寄りに位置するリンデルは暖かいものの朝晩は冷え込む。中央には砂漠の国アズルなどもあるけれど、南に行く程寒くなり、最南の国アンフェールは、雪に覆われて相当寒いと思われる。ただし、帰ってきた者が極端に少ないそうなので、かの国の情報は異様に少ない。
「なぜ、父がアンフェール国に居ると思われたのですか?」
私は思い切って伯爵に質問してみた。帰ってきた答えはシンプルだった。
「私ならそうするから。寒さで色や匂いがほとんど無いなら、魔法に雑味が混じらず魔力の精度が高まる。それに未知の国だから情報が殆ど漏れず、彼の素性を気にされる事も無い」
魔法の事は良くわからないから、専門家がそう言うのならそういうもんなのだろう。ただ、すっかり忘れていたけれど父は元々リンデル王家の人間。ま、今は事件を起こしたり迷惑かけまくりで追放同然だと思うけれど。だから、本来なら探られていてもおかしくない。
あれ? じゃあ今の私は? まだバレていないのかしら。
「つかぬ事をお伺いしますが、なぜ私がトーマスの娘だと? 彼に似ているだけでは人違いの可能性が高いのでは?」
「ふふ、君の情報は筒抜けだからだよ。そちらの情報機関も良い働きをするけれど、リンデルには魔法で動物を操る人間もいる。トーマスの娘である君を見守るために、私が動物を潜り込ませていたとしても不思議ではないだろう?」
「「「……ピーター!」」」
私とレオン、ヴォルフは一斉に我が家で飼っているジャイアントラビットのピーターを思い浮かべて叫んだ。
おのれ、のほほんとしてエサにしか興味が無いと思っていたが、まさかのスパイだったとは?!
「食材に使っておくんだった……」
いやいや、レオンそれは怖いですよ!
情報局長のレイモンド様も、悔しそうな顔をされている。確かに、人間ならまだしも動物なら警戒されないもんね。でも、あんなにトボけた顔をして一応お仕事してたのね、あの子。「見張られていた」と言われても、何だかとっても憎めない。
「そのあなた方をもってしても、トーマスの足取りは追えないと?」
ガイウス様が聞いている。確かに、魔法の力で何とかならないものだろうか?
「アンフェールの手前までなら追跡できても、あの国には鳥でさえ入るのを嫌がる」
え? どんだけヤバいんだ、その国。まあ私がもし動物で、「単身北極に乗り込め!」って言われても全力で拒絶するけどね。
でも、今からそこに向かうのか。はぁ、気分が落ち込む。
「リンデル王家に彼女の存在は?」
ロバート様が確認する。
「知らん。トーマスが生きていることすら知らないかもしれん。だがもしわかっていたら、君達に密かに見張りを付けているかもしれない」
「そうですか。では、我々はこれからもっと慎重に行動しなくてはね?」
真面目なお顔で言うけれど、一番ハジけていたのは貴方ですよ? レイモンド様……と、突っ込んでみたり。
ま、そんなわけでいろいろと情報を仕入れた私達は、お昼過ぎに出発する事となった。
「モートン伯爵、大変お世話になりました。父が多大なるご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。
謝っても済むことでないのは承知しておりますが、言わせて下さい。そして、重ねて言うならば、父の親友であった貴方にはこれからも長生きしていただきたいと思います。帰りに良い報告ができるよう、私達も頑張りますから——」
わざわざ外にまで見送りに出てきて下さった伯爵と執事に私は深々とお辞儀をした。すると、その様子を目を細めて見ていたモートン伯爵はこう言った。
「確かに、謝ってもトーマスの犯した過ちは消えない……。彼は一生、この国で赦されることはないだろう。けれど、君と彼とは別の人間だ。親の責任を子供である君が背負う必要は無い。ギリギリまで、自分を大切にして欲しい」
その言葉を聞いて、私は少しだけ心が軽くなった。彼は本当に、父の良き上司であり親友であったのだろう。だから私の心配までしてくれている。
もう一度深々と頭を下げて、私達は館を後にした。




