ヴォルフver.
更新が大変遅くなり、すみません。
いつも読んで下さってありがとうございます。
私は、義兄のヴォルフに同行してもらうことにした。
「ヴォルフ、一緒にお願いできる?」
兄と呼んではいけないと言われていたので、もちろん名前呼び。血が繋がってない事が私にバレてからは、何かと世話を焼きたがるヴォルフだけれど、それでも私は彼の事を信頼している。
怜悧な頭脳と類まれな美貌を持つ彼は、長年私の自慢だった。兄と思わずに過ごせる日が来るかどうかはわからないけれど、私の事を思って行動する彼の事が、嫌いになんてなれない。
けれど今回モートン伯に会うことで、私がこの世界の純粋な人間でない事がわかれば、ヴォルフの態度も変わるかもしれない。
それが怖くもあり、確かめたいような気持ちでもある。
そんな自分はとてもズルいとわかっている。
「もちろん。お前の頼みを私が断った事があったかな?」
いえ、ほとんどありませんけど。むしろ、とても強引でした、あなた。
選択をちょっと間違えたかな? と思いつつ執事に案内されて、二人だけでモートン伯爵の部屋へと向かう。
「ああ、よく来たね。アイリ、トーマスの愛子よ」
隣で警戒を強めるヴォルフに代わって、まず私が口火を切る。
「あの……モートン伯爵。もしかして貴方は私の父をよくご存知なのでしょうか?」
「ああ。君はトーマス=リンデルの娘だろう? 私と彼とは研究所の同僚だったからね。君はトーマスの若い頃に、とても良く似ている」
彼は答えながら、私の隣を気にする。
「ところで、君は? もしかしてアドルフの息子かい? 若い頃の彼に良く似ている」
ヴォルフは何も言わず、ただ頷いている。
伯爵は義父の事も良く知っているようだった。そんな人が、こんな寂しいところで何故?
聞きたいことはいろいろあるけれど、まずは一番気になっていることを聞いた。
「父の事を教えて下さい」
彼ならこの国での父の様子を良く知っているに違いない。
「君は、ゲランでアドルフに育てられたんだろう? アドルフがあちらでのトーマスの親友なら、母国リンデルでの一番の親友は私だったと思う。なのに彼は、私には何も言わずに消えてしまったんだ——」
「失礼ですが、貴方は父ともトーマスとも年齢がだいぶ違うように思うのですが……」
ヴォルフが言い難いことを代わりに聞いてくれた。
「ああ、そう見えるのか。無理もなかろう。研究所の爆発事故以来、皆が消息不明の中、陣頭指揮を執ったのは私だったから——。亡くなった職員達に代わって贖罪の日々を過ごすうちに、気付けばこんな姿になってしまった……」モートン伯爵が自嘲するように呟く。
「父のせい、なんですね?」
なぜか確証があった。私の知らない父の事を話すこの人の目が、懐かしそうな悲しそうな色を映していたから。
「今となってはもう、誰のせいかもわからない。研究所が跡形も無く吹き飛んだあの悪夢の日、私は久々に熱を出して休んでいた。私は彼の二歳上で肩書きは所長、トーマスが副所長を務めていた」
「父が勝手に暴走したんですね?」
彼から聞くまでも無く、結末がわかったような気がする。父は、研究所の副所長という肩書きを利用して所長が休みの時を見計らい、最大の研究対象である『時空魔法』を試したのだ。
けれど彼は、予想とは違う答えをした。
「そうとも言えるし、違うとも言える。研究者の常でね。未知の領域には畏怖を抱く反面、解明したいとも思う。トーマスが圧倒的な魔力量を誇っているのは既知の事ながら、私達はその兆候を見逃していた。彼がここでは無い何処かの世界へ行きたがっていると知りながら、深くは考えずに彼に研究所の責務を任せていたんだ」
「そして父は、己の好奇心を満たすためだけに暴走したと?」
「トーマスだけでは無い。『時空魔法』の完成は、私達魔導研究者の悲願だった。いざという時、ここでは無いどこかの世界へ身体ごと転移できるのだから……」
そう。そして現代日本に転移して来た父が母と知り合い、双子の姉妹を設けた。それが私達。今の私の身体は妹の海梨、中身が姉の私、愛梨だ。
「その実験は結局、成功したんですか?」
事情を知らないヴォルフが尋ねる。
モートン伯は私の目を捉えたまま、次のように答えた。
「成功したとも言えるし、失敗したとも言える。圧倒的な魔力量を誇るトーマスでさえ、『時空魔法』を成功させるには、研究所全体と職員全員のエネルギーを必要とした」
彼はそう言って、遠い目をした。
「それなら彼は、どうやって未知の世界からこの世界へと戻って来たんですか?」
ヴォルフが再び質問する。
「それは私にもわからない。おそらく、当人にしかわからない。いや、当人ですら理解しているかどうか……」
まさか私が、父が戻る時の黒い陰に吸い込まれる状況を夢に視た、とも言えない。ここは黙っている方が良いだろう。
「それでは、貴方が先ほどから口にしている『アイリ』という名は? ここに居るアリィのことなんですか?」
「ああ。彼自身がそう呼んでいたから。君の父上には、間違って伝えられたのだろう。アリィではなく、アイリが本当の名前のはずだ」
それは予想通りの答えだった。ああ、やっぱり。父は私とカイリとを、また呼び間違えていたんだ。
「帰ってきた父、トーマスに会ったとおっしゃるのですね?」
「ああ。君がまだ赤ん坊の頃に。その茶色い髪と彼に良く似た金色の瞳は、忘れるはずがない。彼はその子は……おっと、ここに居るのは君だけではなかったね」
「いえ、構いません。彼は私の義兄ですから」
兄と呼ばれるのを嫌がっている事は知っている。でも、この話の流れではそうしておいた方が無難だ。
案の定、察したヴォルフは何も言わない。黙って先を促している。
けれどもここからは、彼の知らない事柄だ。私がこの世界と異世界とのダブル(ハーフ)だとバレてしまう。
「そう。君は自分の出自を知っているようだね? とにかく彼は、残りの家族を取り戻す為にあらゆる手を尽くすと言っていた」
「彼の残りの家族は、『時空魔法』を使わないと会えない所にいるんでしょうか?」
ヴォルフが質問する。私は、息を呑んだ。彼は既に、私の正体に気がついている?!
「そう、聞いている。けれど、そこがどんな世界でどんな危険があるのか、私にはわからない。赤ん坊の時に連れて来られた彼女も同様だろう」
モートン伯は私に目を向けた。
中身が愛梨で転生したと思い込んでいた私には、本当は日本で暮らした記憶がバッチリある。夢で両親の姿も見ている。
でも、そんな事はここでは言えない。言ったら更に複雑な事になるから……。
「ところで、ナイフ投げを強要したのは何故ですか。訓練しているとはいえ、危険はゼロではないでしょう? それなのに、何故」
ヴォルフが話題を変えてくれた。私の出自は気にしていない、とでもいうように。
「さあ? 君と君の仲間達の覚悟が見たかったのかもしれないね。トーマスの魔力は物凄い。彼が自分で産み出した『時空魔法』の闇に、自身の心まで囚われているかもしれない。もしもう手遅れなら、自身の命を犠牲にする位の気概がなければ君達は彼に、太刀打ちできない」
やはり、事件の陰には父の存在があったのか。予想していた事とはいえ、その罪の大きさにショックを受ける。
「さあ、もう遅い。後は明日、朝食の席でみんなに話すとしよう」
モートン伯爵はそう言うと、私達を追い出すしぐさをした。
ヴォルフと私は一礼して、退出した。
私の部屋の前までヴォルフと並んで歩く。
「お前が何を気にしているのかわからないが、お前が私達にとって大切な妹で、家族であることは変わらない。今は私にとって大切な女性でもある」
ヴォルフはそう言うと、アイスブルーの優しい瞳を私に向ける。彼はとうに気づいていた。私がこの世界で生まれたわけでは無いことに。そして、それでも良いと言ってくれている……。
私は咄嗟に何も言えなくて、ただ頷くと自分の部屋へと逃げるように戻った。




