ガイウスver.
私は、ガイウス様を選んだ。
「ガイウス様、一緒に行っていただいてよろしいでしょうか?」
彼なら物事を公平に見て、判断してくれそうだ。
「ああ。構わないよ。」
ガイウス様は私を見ると爽やかに笑った。
何といっても彼は元近衛騎士団長で腕が立つ。気配りもすごいので、モートン伯爵とは円滑に話し合いができそうだ。
「ありがとうございます。モートン伯爵は何をおっしゃりたいのでしょうか?父に関する手掛かりだと良いのですが……」
「焦らなくても大丈夫。無理に自分を追い詰めなくても良いんじゃないかな? さっきみたいな事は、二度とごめんだしね?」
ウィンクしながら言ってくる。
さっき私が、ナイフ投げの標的になった事を言っているのだろう。
あの時はああするしか無いように思えたけれど、冷静に考えれば他にも抜け道はあったのかもしれない。
「いつもご心配をおかけしてすみません」
「いいよ。そのために、俺達がいるんだし」
まったくもう、ガイウス様ったらいつでも優し過ぎる。何だかおかしくなってしまう。
「ふふ、ガイウス様って良い人過ぎて一番損するタイプですよね? もしかして、兄のファンと貴方が思っていた人の中には、ガイウス様の事をお慕いしている方もたくさんいらっしゃったのかも」
「さあ、どうだろうね? 今となってはわからないな。でも、君ならいつでも大歓迎だよ。ヴォルフと戦う覚悟はあるし」
「ふふ、もったい無いお言葉ありがとうございます」
さすが、ガイウス様は優しい。
「それより、モートン伯の話はしっかり聞いておこうね。何かのヒントがあるかもしれないし」
執事に案内されて、二人だけでモートン伯爵の部屋へと向かう。
「ああ、よく来たね。アイリ、トーマスの愛子よ」
「アイリ?」
ガイウス様が怪訝そうな顔をする。
私はそれに構わず、彼に質問した。
「あの……モートン伯爵。もしかして貴方は私の父をよくご存知なのでしょうか?」
「ああ。君はトーマス=リンデルの娘だろう? 私と彼とは研究所の同僚だったからね。君はトーマスの若い頃に、とても良く似ている」
彼は答えた。
私の知らない意外な事実。
でも、確かに伯爵は先ほどいとも簡単に『火の魔法』を使って火をつけていた。
「父の事を教えて下さい」
彼ならこの国での父の様子を良く知っているに違いない。
そう考えて私は彼に、聞いてみた。
「君は、ゲランではアドルフに育てられたんだろう? アドルフがあちらでのトーマスの親友なら、母国リンデルでの一番の親友は私だったと思う。なのに彼は、私には何も言わずに消えてしまったんだ——」
「失礼ですが、貴方はトーマスとは年齢がだいぶ違うように感じるのですが……」
ガイウス様が言い難いことを代わりに聞いて下さった。
「ああ、そう見えるのか。無理もなかろう。研究所の爆発事故以来、皆が消息不明の中、陣頭指揮を執ったのは私だったから——。亡くなった職員達に代わって贖罪の日々を過ごすうちに、気付けばこんな姿になってしまった……」モートン伯爵が自嘲するように呟く。
「父のせい、なんですね?」
なぜか確証があった。私の知らない父の事を話すこの人の目が、懐かしそうな悲しそうな色を映していたから。
「今となってはもう、誰のせいかもわからない。研究所が跡形も無く吹き飛んだあの悪夢の日、私は久々に熱を出して休んでいた。私は彼の二歳上で肩書きは所長、トーマスが副所長を務めていた」
「父が勝手に暴走したんですね?」
彼から聞くまでも無く、結末がわかったような気がする。父は、研究所の副所長という肩書きを利用して所長が休みの時を見計らい、最大の研究対象である『時空魔法』を試したのだ。
けれど彼は、予想とは違う答えをした。
「そうとも言えるし、違うとも言える。研究者の常でね。未知の領域には畏怖を抱く反面、解明したいとも思う。トーマスが圧倒的な魔力量を誇っているのは既知の事ながら、私達はその兆候を見逃していた。彼がここでは無い何処かの世界へ行きたがっていると知りながら、深くは考えずに彼に研究所の責務を任せていたんだ」
「そして父は、己の好奇心を満たすためだけに暴走したと?」
「トーマスだけでは無い。『時空魔法』の完成は、私達魔導研究者の悲願だった。いざという時、ここでは無いどこかの世界へ身体ごと転移できるのだから……」
そう。そして現代日本に転移して来た父が母と知り合い、双子の姉妹を設けた。
「その実験は結局、成功したんですか?」
事情を知らないガイウス様が尋ねる。
モートン伯は私の目を捉えたまま、次のように答えた。
「成功したとも言えるし、失敗したとも言える。圧倒的な魔力量を誇るトーマスでさえ、『時空魔法』を成功させるには、研究所全体と職員全員のエネルギーを必要とした」
彼はそう言って、遠い目をした。
「それなら彼は、どうやって未知の世界からこの世界へと戻って来たんですか?」
ガイウス様が再び質問する。
「それは私にもわからない。おそらく、当人にしかわからない。いや、当人ですら理解しているかどうか……」
まさか私が、父が戻る時の黒い陰に吸い込まれる状況を夢に視た、とも言えない。ここは黙っている方が良いだろう。
「それでは、貴方が先ほどから口にしている『アイリ』という名は? ここに居るアリィのことで間違いないのですか?」
「ああ。彼自身がそう呼んでいたから。アドルフ公爵には、間違って伝えられたのだろう。アリィではなく、アイリが本当の名前のはずだ」
それは予想通りの答えだった。
ああ、やっぱり。父は私とカイリとを、また呼び間違えていたんだ。
「帰ってきた父に会った、とおっしゃるのですか?」
「ああ。君がまだ赤ん坊の頃に。その茶色い髪と彼に良く似た金色の瞳は、忘れるはずがない。彼はその子は……おっと、ここに居るのは君だけではなかったね」
「いえ、構いません。彼は私の上司ですから」
ガイウス様の方をチラッと伺う。
ここからは、彼の知らない事柄だ。私がこの世界と異世界とのダブル(ハーフ)だとバレてしまう。
「そう。君は自分の出自を知っているようだね? とにかく彼は、残りの家族を取り戻す為にあらゆる手を尽くすと言っていた」
「残りの家族はどこに? それと『時空魔法』に何の関係が?」
あまり事情を知らないガイウス様がモートン伯爵に再び質問をした。
「どこにいるかはわからない。でも、『時空魔法』を発生させないと、再び家族には会えないと彼は考えているようだった」
私達は日本に居たから、確かにこの国からすれば『未知の世界』。『時空魔法』を発動させないと辿り着くことは到底できない。けれど、以前と全く同じ時間、同じ座標で辿り着く事などできるのだろうか? その時、事故で亡くなった私やこの世界に来ていた海梨の存在はどうなるのだろうか?
私も質問をしてみた。
「あなたは父を、恨んでいますか?」
「研究所が無くなってすぐの時には。彼もまた亡くなったと思っていたからね。私の居ない時を見計らって無謀な実験をした彼を、始めは許せなかった」
「その為に私を、ナイフ投げの的に選んだのですか?」
「いや、今はもう過ぎた事だ。恨んではいない。むしろ、彼だけでも事故の生存者がいて嬉しかったのは事実だ。彼が大事そうに幼な子を抱えているのを見て、トーマスにも愛する存在ができた事を知った」
「それならなぜ!!」
「さあ? 君と君の仲間達の覚悟が見たかったのかもしれないね。トーマスの魔力は物凄い。彼が自分で産み出した闇に、自身の心まで囚われていないと良いが……。もしもう手遅れなら、自身の命を犠牲にする位の気概がなければ君達は彼に、太刀打ちできない」
やはり、事件の陰には父の存在があったのか。予想していた事とはいえ、その罪の大きさにショックを受ける。
「さあ、もう遅い。後は明日、朝食の席でみんなに話すとしよう」
モートン伯爵はそう言うと、私達を追い出すしぐさをした。
ガイウス様と私は、一礼すると部屋を出た。
部屋の前まで送って下さったガイウス様は、一言だけ私に言った。
「 あまり自分一人で、抱えこまないようにね? 困った事があったら何でも相談するといい。みんなには言いにくいことでも、俺ならきっと聞いてあげられるよ?」
この方は気付いている。私が『未知の世界』から来たダブル(ハーフ)で、父の秘密をまだ隠している事を。
「ありがとうございます。肝に命じます」
私はそれだけ言うと、頭を下げて自分の部屋へと戻った。




