忘れたい過去1
レイモンド編です。
ねえアレキサンドラ、忘れてしまいたい過去があるのは、何も君だけではないよ?
レイモンドは宿に戻ると昼食を断り、早々に自室へと引き上げた。事情を知らない面々が不思議そうに見守る中、何かに気付いたアリィだけが、心配そうに自分を見ているのがわかった。
勘がいいのも良し悪しだよね?
自室へと戻る階段を上りながら、苦笑する。
最初は純粋に、好奇心だった。彼女自身が招いたこととはいえ、怖い思いをしたアリィが本当にすぐに立ち直ったのかと、確かめる気持ちだった。
あとは、部下のヴォルフの行動が一昨日からおかしかったので、何かがあったのではないかという、興味。普段冷静な彼が我を忘れるほどの感情を義妹にぶつけてしまったのか、その結果が知りたかった。
だから、稽古と称して彼女を皆から引き離した。彼女が本当に大丈夫だと、旅を先に進めて良いのだと、確認が取れればそれで良かった。
まさか、気付いてしまうなんて、ね。
レイモンドは自分の過去を誰にも話したことがない。ましてや、幼い頃の思い出したくもない痛みなど——。
けれど、それはふとした時に蘇ってくる。
忘れたくても、消える事は無い。
それならいっそ思い出してしまおうか…。
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自分は先王の息子で現王の弟ではあるが、同腹では無い。父親は同じだが母親が違うので、正確には異母兄弟ということになる。が、この国では別段珍しい事では無い。
身分が高いものに側室や愛妾がいるのは当然の事だったからだ。
『賢王』と言われていた実の父親である先王も、例にもれず。ただ、違っていたのは妾の存在を世間には隠していた事だ。父は、自分を取り繕うのが上手だった。
「賢王」、「愛妻家」、「優れた統治者」など自分の評判を上げる事に常に気を配っていたから、表向きには側室や愛妾を持っていないことになっていた。無論、影の存在である彼女達にも良い待遇は与えていなかった。
妾であった私の母親は美しかったと思う。プラチナブロンドで目の形が自分と同じだったと、聞いた事がある。
ただ、彼女は愚かだった。王の息子を出産したというのに、重用されず待遇が改善されないと知るや否や、我が子を置いて当時の護衛と一緒に出奔してしまったという。それこそが、王の思う壺だったというのに…。
だから、私は母の顔を知らない。愛人の存在を公表したくない王室によって、「愛妻家」という評判を崩したくない父によって、表向きには王妃の二番目の子どもとして育てられた。
正式な王妃から生まれた兄。妾から生まれた弟の、自分。父親は同じなのに、周囲の扱いは雲泥の差だった。
王が見栄っ張りで自己中心的に振る舞うため、王妃が実害を全て処理していた。城内を取り仕切るのも彼女の役目だ。そのくせ、外では『賢王』として名高い夫の存在に、彼女の我慢もとうとう限界に達していたのだろう。
愛人の子どもに、容赦はしなかった。
王妃に気を遣って使用人が私を貶めても、見て見ぬフリをした。幼児期にわざと熱いお茶をかけられたり、お湯が水にすり替えられたり、寒い日に着替えを用意してもらえなかった事もある。
何でなの?僕が何か悪い事をした?
その声は、誰にも届かなかった。
自分の子として育てているはずなのに、実子である兄には見えない所で、虐待も繰り返された。
性的虐待は、何も女性だけが受けるものではない。
あまりの酷さに全ては語れないが、成長しつつある身体を執拗に触られたり、王妃のサロンの女性達をけしかけられたり。もう良い年なのに、自分の息子と同じかそれ以下の少年に手を出す奴らの気がしれない。表では皆、貞淑な貴婦人で通っているというのに…。
結局、先王とその妻は似た者同士だったということだ。
最初から全てを持って生まれてた異母兄のラルフとはあまりにも違い、私は何も持たざる者であった。
守ってくれるはずの親も、自由になる為の財産も、信頼できる友人も何一つ持たない。
世界中が敵に見え、絶望が心を占めた。
そんな時、兄のラルフが私に言った。
「レイモンドはまだ小さいのに頭がいいし、何でもできてすごいね!」と。
彼は何も知らなかった。常に光の当たる世界にいて、闇の部分を知らない。自分の親がどんなに傲岸不遜で卑しく、嫌悪すべき存在であるのかを——。王室や高位貴族がその体裁を取り繕う為に、どれだけの人間の犠牲の上に成り立っているのかということを——。
持たざる者は生まれながらに持つ者よりも、人一倍努力をしなければならない。自分の居場所を作りたくて、自分の存在を認めて欲しくて、弟の私が誰よりも必死に努力をしてきたことを、彼は知らない。
私は温厚だが愚鈍な、歳の離れた兄を憎んだ。
彼の居る光の世界、王室の全てを壊してやりたかった。
時が経つにつれ、私と兄の差は顕著に表れた。騎士団の寮に入っていたその頃には、女性を軽くあしらう術も、使用人や王妃に与する者を無難に躱す術も身に付けていた。努力によって得た知識や技能も一役買っていたと思う。
以前、レオンが自分に似ているとヴォルフやガイウスに話した時に、
「困難に打ち克つ強い心がないといけない。
肉親や女性、必ず勝てる相手に対しても全く容赦しないと態度で示せば、彼らの見る目も本人の立ち位置も変わってくるはずだ。」
そう言ったのは、まぎれも無い経験であり、本心であった。
優秀だと評判が立てば当然、味方に取り込もうとする者と、排除しようとする者が現れる。面白いものだ。今まで私を全く相手にしようとはしなかったのに…。
血の滲むような努力をして得た私の知識や技術は全て、内側から王室を潰すためのものだった。遊学と称して何度も国外へ行ったのも、王家が滅びた後のこの国の行く末を、安全な場所から安穏と眺めていたかったから。逃亡した際の落ち着き先の候補を、いくつか見ておくためだった。
誰にも与するつもりはなかった。
誰とも馴れ合うつもりもなかった。
けれど——。
そんな時に、出会ってしまった。
まだ若い王太子付き筆頭秘書官のアドルフに。
いずれ宰相となる公爵のアドルフが、私に言った。
「この国を、内側から変えてみませんか?」
と。そしてそれは、王太子である異母兄の望みでもあると——。
何を、バカな。私は思った。
腐り切った王家の体質を、変える事ができるのか?潰す方がはるかに早いだろう?と。
しかし、彼らの動きは素早かった。
私は中立の立場を取るだけで良かった。
『病の療養』を理由に先王と王妃とをあっさり退位させると、兄を国王として即位させ、自分は宰相として補佐に回った。
「この国を内側から変える」
その言葉通り、王室制度の改革や不穏分子の粛清など、次々と着手し成果を上げていった。身分にこだわらず、優秀な人材を採用するようになったのも、この頃からだった。
彼が、国王となった兄に『我が国の至宝』と言わしめたのも、当然の結果だった。
実は、一番悲惨な生い立ちはこの人かもしれません。
・゜・(ノД`)・゜・。




