if〜もしもあの時
頭にもやがかかっている。
フワフワと、暖かで幸せな世界を彷徨っている。
ここはどこだろう。見た事があるようなないような。
ああ、そっか。公爵家の自分の部屋だ。
今日の予定は何だったっけ?
確か大事な用事があったような…。
頭に霧がかかったように思い出せない。
大切な誰かに会わなければいけないような気がする。
いつの間にかプリンセスラインの白い豪華なドレスに着替えていて、太鼓持ちーズが今日も変わらず褒めてくれる。
「お嬢様、よくお似合いですわ。」
「今までお育てした甲斐がありましたわ。」
「お嬢様を奪うあの男が憎らしいですわ。」
いつもとセリフが違うのは、気のせいだろうか?
そのままどこかに移動する。
横に金の縁取りのついた赤いカーペットの上を公爵の父と歩いていく。いつの間にか、両側には人が大勢集まっていて、こちらを見守っている。階段の上には国王夫妻、下にはあの人が。いつかどこかで見たような白い上下を着て、微笑みながら私を待っている。
「アレク、こっちへおいで。」
彼はそう言って、私に向かって優しく手を差し出した。
伸ばそうとした手には、白くて長い手袋が。
頭には、レースのベールをいつの間にか被っている。
ああ、そうだった。
今日は私の、私達の結婚式。
幼なじみだった彼との愛を育み、私は今日、王太子妃となる。
リオンがこちらを見て、嬉しそうに笑っている。手を差し入れて撫でたようなクセのある金髪に、優しく細まる碧い瞳。金髪碧眼の理想の王太子様が、祭壇の前で私を待っている。
私も満面の笑みで、彼の元へと歩み寄る。
でも………
でも、何か忘れているような。
こちらを見る、リオンの瞳が悲しそうに揺れる。「どうしたの、おいで。」唇の形だけで私に伝える。
心配そうな彼を見つめて、私は首を振る。
いいえ、行けない。
私は、貴方の隣を歩けない。
頬を伝うひとすじの涙が静かに床に落ちる。
もしもあの時、国に残ると決めたならば、あなたは私の隣にいてくれたのだろうか?
もしもあの時、あなたの側にいると誓ったならば、私はあなたと結ばれたのだろうか?
もしも、あの時………
それは、私の選ばなかった未来。
彼と共に在りたいと望んだ、小さな恋心が見せた泡沫の夢。
私と貴方は、別々の道を選んでしまった。
だからこの思いは、私だけの秘密。
いつか帰るその日まで。
いつか、笑って話せるその日まで、ずっとずっと胸にしまっておこう。