閉幕前・≪緋蜂≫のダーナ
第二部最後の戦いです。
時は前後する。
セルシスがポータルで世界樹の森へと移動していた頃。
南方王都での反攻作戦を余すことなく視ていた神将アマリアは、指揮を取っていた者を殺害すべく一人のS級冒険者に命を下していた。
麦の神アラヴィスムを祀る神殿。
南方王都で最も大きなその神殿の、門から聖堂まで続く道に無数の遺体が転がっている。
倒れている死体の数は既に三十か、四十か。
腕に覚えのある神殿騎士が、獣人の冒険者が、傭兵たちが、たった一人の侵入者に手も足も出ず斬り伏せられていく。
「お逃げくだ・・・ぎゃあ!」
戦士と聖職者の違いなど無く。侵入者の槍がまだ年若い神官見習いの命を奪った。
「・・・酷いことを・・・!!」
「国家の転覆をたくらんだ連中に裁判が必要だとでも?愚図が戦場で死ぬのは良くある事だ。同情はするがね」
くっくっく、と血に濡れた槍を持つ男が笑った。
柄に近い握りの前後に節のついた黒槍。使い古したスプリントアーマーの上に魔術への防御を施したサーコートを着込んだ男だ。
アルファベットのYの字を逆にしたような、鋭く、細い三角形の穂先からぽたりぽたりと血が落ちる。
死を振りまく黒槍以上に冷たく輝く男の双眸。
長く伸ばした髪の毛を後ろに結んだ男は、釣り上がった鋭い目でアンリとダーナを睨んだ。
S級冒険者≪貫く魔槍≫ワイジード。
齢にして五十に近いベテランの冒険者であり、南方最強のスレイマンに届くと評された武芸者。
ダーナとアンリが同時に動いた。
実力と息の合ったコンビネーションを見てワイジードの顔がゆるむ。
「ほう!指揮官は知恵者かと思っていたが腕も立つか!!」
「私はダー・・・」
「名乗りは不要だ。所詮殺せば忘れるからな」
攻め手はダーナ。アンリは半歩下がったところで牽制と防御に注力する。
互いの槍が閃いた。五手、十手、十五手。
初撃の打ち合いは互角。
「手ごたえ無いわね!S級の癖に」
「腕が立つと言ってもまだまだ青い女子供。手加減くらいしてやらねばな」
首から下げたギルド証でワイジードがS級であることはわかる。
セルシスと会うまでのダーナであれば戦おうなどと思えなかっただろう。
だが今は違う。魔宮での戦いを経て、あの神将との戦いを経て。
S級冒険者であっても、魔宮で戦ったあの黄金の神将よりは劣るのだという意識がある。
怯えることなく果敢に槍を打ち込むダーナの身体強化にワイジードは目をみはり、アンリの見事な立ち回りを見て笑顔をみせた。
「槍使いのお嬢ちゃんは身体強化が群を抜いているな。まだS級には及ばんが、あと三年・・・いや、二年もあればS級に届く」
「言ってなさいよ!」
攻撃一辺倒のダーナにできた隙に槍を向ければ、すかさずアンリが割って入る。単調に防御のために剣を使うわけではなく、攻撃の緩急で相手の動きを・・・S級冒険者であるワイジードの動きを制限するように剣を使う。
「坊やは凄いな。腕が立つ神殿騎士なら何人も見てきたが判断力がずば抜けてる。加護か?A級冒険者のお嬢ちゃんだけじゃ俺と打ち合えるはずないんだがな」
「・・・どうして、あなたは神将の側に?」
「どうして?俺から言わせればお前たちこそどうして?さ。神と戦うなんてどうかしてる」
「神ではありません、人の敵です!」
「敵だが強い。俺は強い奴を味方につける努力を惜しまんよ」
ダーナの連撃を巧みに捌きながら言い返し、言葉の直後に同様の連撃を打ち返す。
「誇りはないんですか?」
「誇りで生きていけるほど冒険者ってのは甘くないんだぜ。神殿騎士はさすがに上品な考え方するんだな。ハッ!・・・なあ、単純に考えろよ。人間は神に勝てない。お前たちが俺に勝てないのと同じように埋められない溝がある。血反吐を吐いてまで神に抗う意味なんてありゃしないさ。あちら側に立てば少なくとも神将や魔神どもに喰われたりはしない」
「僕たちは神将に勝ちました。北で」
「そりゃ勝たせてもらったの間違いじゃないのか?あるいは、本当は勝ってないのかもしれないぜ」
「S級の癖に!!臆病風に吹かれただけじゃないの!!!」
ダーナの槍に合わせて黒槍がしなる。
力比べのような打ち合い。
「臆病で良いさ、お前たちはあの神将の怖さを知らない。あの強さを。わかるか?S級が雁首揃えて従うか死ぬかを選択させられたんだぜ?多少目端の利く奴は上手く逃げたみたいだがよ。赤子の手をひねるようにS級冒険者が縊り殺されるんだ、見てられないね。歯向かう奴は自分の手で目を抉り出してのた打ち回って死んだ。あんな死に方、俺はごめんだ」
「でも・・・」
「問答は終わりだ神殿騎士の坊や。俺はこっちが専門でな、せっかく同じ得物を使うんだ、楽しくやろうぜ!!」
力比べに続いて技比べのように二つの槍が交差する。
「こいつ・・・!!!」
「ハハッ!気付いたか?」
ダーナの攻めは緩んでいない。しかし、ワイジードはその技をすべて捌き、数瞬後にダーナの槍の動きをそっくり真似て打ちかかる。
同じ技、しかし数段上の速さと精度で撃ち込まれた攻撃を防ぎきれず、ダーナの肩口が浅く切り裂かれる。
「技は多彩だ、基本もできてるから我流じゃないな・・・・・・槍は誰に習った?お前の師なら強かろう」
「父さんだったらあんたなんて一瞬で倒してるわ!」
「父親?しまったな。アマリアさまにお前たちの事を聞いておけばよかったか。未来を知れば戦いが濁ると思って聞かなかったが、この齢でその業前なら殺さずにすませたいものだ・・・・・・・・・同門や師を呼ぶ餌になるだろうしな」
黒槍が少しずつダーナの身体に傷をつけていく。
アンリが割って入るが、その槍を止めるには至らない。
「しかし、おまえら北の冒険者だろ、北の槍使いで有名な奴なんていたか?≪神槍≫くらいしか思いつかないが」
「だったらなによ!!!」
「・・・・・・・・・・・・おまえ、≪神槍≫の娘か?」
声音が変わる。淡々と響いた声に合わせて、ぐるり、と槍筋が変わる。
蛇のように跳ねあがった穂先がダーナの顎から上を消し飛ばすような速さで伸びた。
回避しきれない刃が顎先をかすめる。
「ッ!?」
「ああ、なんだ、それならそう言えよ。≪神槍≫より≪魔槍≫が優れていると証明しなきゃならんだろ」
「なにが≪魔槍≫よ!たいした腕でも無いくせに!!」
「・・・いいだろう、≪神槍≫の娘になら本気を見せてやる」
構えが変わった。打ってこい、といわんばかりに立っていたその大きな身体を縮め、肩から滑らせるように柄を天に、槍先を地につける。
魔力を流された黒槍が赤黒く光りを帯び、空気を切り裂くほどに鋭さを増していく。
魔神将と戦った時のような緊張感をアンリが感じた時には、槍の切っ先がダーナに向けて突き込まれていた。
喉笛を抉り取るような初撃が空を切ったのはダーナの身体が恐怖で一歩退いたからだ。
続く二撃目をかわせないダーナの前に、その身を挺したアンリが立ちふさがる。
月の女神ピサンティエの聖印である三日月を刻んだ鎧。
淡く輝く聖別した白銀の鎧を信じてアンリは自分の剣を捨てていた。
これまで無数の凶刃を阻んできた聖なる鎧を黒槍は容易く穿ち、アンリの身体を貫通する。
ぐぶっと、口から血を吐くアンリ。
「≪貫く魔槍≫ワイジード。我が槍に穿てぬものなし」
「アンリっっ!!」
槍を引き抜いたワイジードがアンリを蹴る。
ダーナが挑みかかるが勝負にならない。本気のワイジードの前にダーナの槍が押し込まれていく。
「そんなものか?≪神槍≫の娘」
「・・・見せてあげるわよ。父さんの技を!!!!」
一直線に振るわれるワイジードの槍。その穂先を、ダーナの穂先が射抜く。
それは≪神槍≫が得意とした武器破壊の極み。
研ぎ澄ませた集中力から一点に突き込んだ槍が相手の武器を貫き砕く。
1ミリのブレもなく打ち合った二本の槍の先端。
ぴきり、ぴきり、と金属の割れる音がして、その穂先が貫かれていく。
やがてメキメキと音を立て、花が開くようにダーナの槍が砕かれた。
「やはり、我が魔槍の敵ではない」
柄まで砕け散ったダーナの槍がその手を離れる。
呆然とするダーナをつまらなそうに一瞥したワイジードは、すべて終わった事を理解して黒槍をダーナに突き込んだ。
腹に穴を穿たれたダーナが床に倒れ伏す。
どくどくと、赤い血が床を流れていく。
母の髪を思わせる鮮血が、どくどく、どくどくとアラヴィスムの神殿を血に染める。
「・・・ダー・・・ナ」
震える足でアンリが立つ。
肺を貫かれて呼吸が満足にできない。小さく詠唱をしては止まる。集めた魔力が消えていく。もう一度、もう一度、何度も何度もやり直しながら、這うような速度でゆっくりとダーナに歩いていく。
死ぬのだろうか?自問自答する。
だとしても、アンリ・ドゥティーダは諦めて歩みを止めはしない。
「・・・剣に頼った奴なら即死だったんだがな。武器を捨てたからこそ、俺の槍をくらうのを前提に動いたからこそ、致命傷を避ける事ができたわけだ。まったくたいした坊やだよ」
さして面白くもなさそうにワイジードは言う。
戦いは終わった。回復魔術は間に合うとも思えず、たとえ回復したからと言って、万全の状態ですら二人を手傷なく退けた自分が敗北する可能性などない。
残されたのは、とどめを刺すか、死ぬのを見届けるだけの退屈な時間だ。
血の塊を吐きだしてアンリが回復魔術を唱えた。
ほんの少し自分の身体が癒され、肺に空気がもどったアンリの前にワイジードが立ちふさがる。
「悪いな坊や。死んでもらうぞ」
アンリは答えない。自分の才覚の無さを恨むように、兄たちの事を思い出す。
きっと、二人の兄ならこんな窮地であってもなんとかしてしまうのだろう。あるいは、そもそも窮地を作らないのだろう。
そんな思考が一瞬だけ頭をよぎり、そして自分を恥じた。
兄に及ばないからこそ自分の道がある。
信仰に殉じると決めたあの日から。フェイの前で神に誓ったあの日から。
サンドラップの前で言った言葉を、あの時よりも強い覚悟で口にする。
「何があろうと、僕はダーナと生きて帰ります」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
倒れたまま、ダーナは静かにアンリを見つめていた。
くすんだ金色の髪を。一瞬だけ曇ったその青い瞳が、また美しく輝く様を。
「何があろうと、僕はダーナと生きて帰ります」
アンリがそう口にする。自分の最も好きな声が、そう宣言する。
その声に後押しされるように、混濁した意識の中で何かに突き動かされたダーナがゆっくりと立ち上がる。
「・・・立つのか」
「立つわ」
振り向いたワイジードとダーナの眼が交差する。
その眼にある憐憫にダーナは気付かない。
思考は海の中に沈んだまま、月明かりを感じるようにアンリを視界に収め、束ねた髪の後ろから吹く小さな風に身をゆだねる。
「お前じゃ、俺には勝てないぞ」
「そうね」
わかっている。己の才能の無さは己が一番よく知っている。
父の槍と母の魔術。その才能を私は受け継がなかった。
何かが繋がる。心の奥で、身体の奥で、煮えたぎるような何かが形になって現れる。
流れでる血よりも熱い何かが自分を震わせる。
手を伸ばした。何かを掴みとるように。
何もない虚空を見つめ、不帰の迷宮で見たエルフたちの事を思い出す。
現界武宝。精霊の武器化。
精霊はマナだとエルフは教えてくれた。意思あるマナ。その具現。
私の意思で、マナを具現化したらどうなるだろう。
マナを、武器として生み出したらどうなるだろう。
フェイが使うように、マナで武器の切れ味を上げるのではなく。
私が使う様に炎の属性を纏わせて威力を上げるのではなく。
己の望む、理想の武器をマナで作り上げたらどうなるだろう。
それは有史以来、この世界の賢者たちが一度も試していない魔術。
呼吸は規則正しく、思考は今だ海の底にありながら。ダーナの腕が炎を生み出す。
「火魔法か?俺を倒したいなら上級魔術でもうってこい。できるもんならな」
ダーナは答えない。
炎を掴もうとして、何もさわれず指を焼く。
違う。こうじゃない。
初めてセルシスと戦った時の事を思い出す。
一方的に叩きのめされ、誇りと自信を粉々に砕かれたときの、セルシスの身体強化を思い出す。
毎日自分がやっている繊細な身体強化。腕、肩、指、爪、体毛、骨、腱、血、肉、およそ知りうる部位をすべて個別に強化する。
これも、きっとそうじゃなきゃできっこない。
槍を想像する。
樫のようにしなやかで、芯は鋼の硬さ。
思い出すのは、魔宮の森で魔神と戦った時のこと。
焼ける指先を魔術で癒しながら私は炎を作りかえていく。
アンリのお母さんが教えてくれた回復魔術。私の母さんが教えてくれた火魔法。
両方を同時に使いながら静かに槍を鍛え上げる。
魔神の身体を容易く貫き、雷すらはじき返せるような槍を想像する。
悔しさも、恐怖も。感じた思いを炎にくべる。
「おい、おまえ同時に・・・いや、今のはなんだ?何をしてる・・・?」
思い出すのは魔宮で魔神将と戦った時のこと。
父さんと母さんはこの世界にいない。大地に還れなかった二人と私が会う事は二度とない。
絶望的な状況、圧倒的な力の差。それは、ワイジードと戦っている今とは比べられないほどの苦境。
くすり、とダーナの唇が笑みを作る。
血を流しながら炎を見つめて笑う女の姿を見てワイジードは無意識に半歩下がっていた。
怒りと悲しみが炎にくべられ、情念のような何かが空間を埋めていく。
キラキラとしたマナが、少しずつだがはっきりと炎の中に溶けていく。
ダーナが想い描いた槍は父のものだ。
かつてその功績で北方王から下賜され、魔宮で失われた朱色の槍。
≪神槍≫と同等の物を想像し。そして、それ以上の物に造り替えていく。
フェイへの好意。アンリへの恋心。そして、生きて帰ると叫んだ己の峻烈な心を炎にくべる。
色が変わった。朱色では足りないと。
流す血を超えるような赤。母の髪を思わせ、それを超える赤。何よりも赤く、激しく。
それは折れず、曲がらず、ダーナを投影する真紅の槍を形作る。
「何をしている!!!!!!!!!!!!!」
怯えたような声を上げて飛びかかるワイジード。
ダーナは柄を掴んだ。
いまだ穂先の無いそれをくるりと回し、石突きでワイジードの黒槍をはじく。
「私は技で≪神槍≫に及ばない。一生かけても私は父さんにはなれない」
知っている。知っていても、それを理由に逃げたくない。
セルシスの身体強化。母さんたちの魔術。そして・・・世界に一つだけの、私の槍で父さんを超える。
穂先を想像する。笹の葉を細く尖らせたような槍の切っ先。
「でも、私には父さんになかったものがある」
想像した穂先では足りない。それは父の槍を超えない。己の槍の形ではない。
アンリを見る。自分が恋する、自分が愛する、ただ一人の男性。
ダーナの髪止めが淡く輝いた。月を模した髪止めが粉々に砕け散り、金色のマナが溢れだす。
三日月型の刃が生まれた。
笹の葉に寄り添う様に形造られた三日月。
生み出された片鎌槍がダーナの魔力で真紅に輝く。
ワイジードが動いた。全力を籠めた必殺の一撃にダーナが反応する。
流された魔力は真紅の槍の中を血液のように流れ、より強く、激しい物に変わってダーナの力を増していく。
再び槍が交差した。
ワイジードの槍先を寸分たがわず射抜いたダーナの槍。
先刻と違うのは、真紅の槍に触れた先からワイジードの黒槍がドロドロと焼き溶かされていく事だ。
≪貫く魔槍≫の名を象徴する黒槍を失いながら、思わずワイジードが口にする。
「・・・なんだ、お前は」
「ダーナよ。≪緋蜂≫のダーナ!!」
この日、S級冒険者≪貫く魔槍≫ワイジードは静かにこの世を去った。
後日国葬として大々的に弔われるスレイマンとは違い、唐突に二つ名を聞かなくなった彼の事を思い出すものはほとんどいない。
北へ戻る≪緋蜂≫のダーナがS級冒険者を名乗る事になるのは、これからおよそ二か月後の事である。
いつもありがとうございます。
明日の更新で第二部最後になります。お楽しみください!




