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倒木が大樹より大きかったら?

お待たせしました

それは夢にまで見た光景だった。

かつて己が住み、見上げていた麗しき世界樹を再びこの目で見ている。

滅ぼす前の最後の光景だと知りながら、そびえたつ桃色の大樹が眩しくうつる。


「これが・・・新たな世界樹なのね・・・」


神将アマリアは桜の大樹を初めて見た。

美しい花だと思う。雄々しく、生の息吹に溢れて咲き誇る威容。

当代の稀人のマナとこの世界のマナが混じりあい、もたらされた祝福の姿。

自身の権能で視る事ができなかったものを自身の目でまじまじと見つめる。


稀人のマナで霞のように隠されていた未来が少しずつ晴れ、権能に晒された未来が浮かび、視えてくる。

それはエルフ族の滅びに至る筋道。

天牢に稀人が向かった以上、もはやエルフ族に滅びを回避する手段は無い。

この地で起きる戦いの全てとその終息までをおぼろげに読み取りながら神将アマリアは小さなため息を吐いた。


「無粋な真似をすることもないでしょう?花を愛でる時間くらいは散らされずに済むと言うのに」

「ものども!かかれ!!!」


ミンスミン・オーカーシーカーの声と共に飛び出すエルフの戦士団。姫巫女の直衛である彼らの腕は頭目には及ばないものの手練れ揃いだ。

数にして三十に及ぶ練達者たちを、赤子の手をひねるように神将アマリアは殺害していく。


精霊魔術の束縛を腕の一振りで破り、撃ち込まれた剣を小首をかしげるようにかわし、腕を掴んで引き寄せながら逆手の掌底で首を折る。

怒涛の様に止まないエルフの連撃を意にも介さず捌きながら神将アマリアが嗤う。

左右から同時に仕掛けた戦士の身体が宙を舞った。土の上に頭から投げ落とされ、羽虫を殺すように踏みつけられて絶命し、一枚、また一枚と花びらが落ちるように命が散らされ消えていく。


「数だけは多いこと。面倒だからこれで終わりなさいな」


その瞳がエルフたちを射抜く。死を与える未来視に一瞬だけ身を竦ませたミンスミンは雄叫びを上げて躍り掛かった。

神将アマリアは動揺する事もなくその一撃を受け流しながら苦笑いを見せる。


「魔眼は精神干渉。それを防ぐ手段を講じるのは当然よね?でないと姫巫女は私に睨まれただけで死ぬことになるのだから・・・精霊による精神防壁、それも私の魔眼を防げるだけの力?姫巫女ただひとりを守るだけならともかく、何十とこの場にいるエルフの戦士すべてを守るだなんて下等な精霊を何百より集めた所でできるものではないわ」


剣戟はやまない。

突き込まれる刃を、無数の魔弾を手刀で撃ち落としながら世界樹の前に立つ姫巫女を視る。

戦いを近衛に預けて祈るように両手を組み目を瞑る姫巫女。

何かを誓う様に、何かを問う様に、毅然と立つ姿が神将アマリアの目にかつての自分を想起させた。

精霊はエルフに寄り添ってくれる。神は祈りに応え、エルフを導いてくれる。


だが、それだけだ。


無意識の内に神将アマリアは唇を噛んでいた。

怒りが、憎しみが、湯水のごとく己の内側から溢れて力に変わっていく。


「愚かなことね。真なる精霊ごときで私を止められると思っているのならば・・・」


桜の花びらが舞う中で、かつて決別した同胞の姿が美しく見えた。

オストワルトの言葉が彼女の中で残響のように残っている。この地に束縛されたエルフたちが本当の意味で自由になる日がくるのかもしれない。それはもしかしたらすぐそこまで来ているのかもしれない。

だが、神将アマリアの選んだ道はもうそこにはない。


己に友は無く、横に並ぶ精霊も無く、救いようのないものを壊すと誓ったあの日から。

全てと決別し、ただ一人でもやり遂げると誓ったあの日から。


「やってみせなさい!!!!」


ミンスミンの振るう三つ又の槍を叩き折りながら、神将アマリアは姫巫女の元へと向かう。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


神将アマリアの持つ未来視の権能は絶大な力を持っていた。

能力で勝るエルフの戦士たちが人間や魔獣、魔神との争いの中で次々と命を奪われ、ついには族長とその側近であった長老たちさえも戦場の露と消えてしまった。


次代の長を選定する事無く死んでいった長老たちはエルフたちの舵をとる存在であり、その決定は絶対的なものであった。

人間たちとの関わりこそスレイマン・グランダルトの働きによって変わったものの、森での暮らし、戦士としての在り方、なによりエルフとしての奢りは脈々と続く長老たちの言葉によって生み出され、醸造されてきたものだ。

疑うことなく人間を見下し、疑うことなく武器を取り、精霊を友として戦士へと成長していく。

長の言葉に盲目的に従う集団の中にあって、姫巫女というのは理想的な代弁者であった。

神の声を聴き、長老たちの決めた指針を疑うことなく届ける。その役割は常に、魔力に溢れ、精霊の力をよく操る、美しい女のみに与えられてきた。


スレイマン・グランダルトが虜囚の身から外に出る事が許されたのは、ルルミカ・ビルブラッドが当時の姫巫女候補筆頭だったからに他ならない。

彼女は慈愛に満ちた誇り高いエルフであり、真なる風の精霊を友とする有数の戦士であった。


彼女に惚れたスレイマンが森の中に住みつくと、追い出すためにカリエンテとオストワルトは度々訪問し、稽古と称して彼を叩きのめした。

どれだけ敗北しようと立ち上がり、その腕を上げていく彼の姿を見て最初に変化を持ったのはカリエンテであった。

人間は長老たちが言うほどに愚かなのか?歴然とした力の差をわかった上で闘志を持つ事ができる戦士などエルフの中にどれだけいるだろうか。なによりもまず、己の弱さをわかった上で強くなろうと努力している人間を笑う事が、果たして正しいなどと言えるのだろうか。


「いまだ実の成る事なき新芽であるお前に問うが、なぜ己の国に帰らん?大樹の陰に隠れて生きれば、お前にも安らぎと短い生が与えられるだろうに」


そう問うたカリエンテにスレイマンは即答する。


「お前たちエルフの世界は世界樹を中心にあるんだろうが、俺の世界の中心はルルミカだ。俺はルルミカを守れるくらい強くなりたい。彼女を愛するに値するだけの男になりたい。彼女が愛する精霊も、彼女がすむこの世界も、何もかも守れるだけの男になりたい。だからここで・・・一時でも早くそうなりたくてな。国に帰ってなどいられん」

「ルルミカは確かに大樹だろう。だが時代の姫巫女になれば名を捨て、器を捨てて生きる定めにある。お前の愛に報いる事はおそらく無い」

「知ってるよ、こないだ聞いた・・・でもなぁ。愛するってのは見返りを求めてするもんじゃないだろ?エルフだって見返りのために戦士してるわけじゃないんだろ?きっとなにか目的があって戦士になって、目的があって強くなってるんだよな??俺は、俺が愛して、俺が一生あいつの横にいられるだけ強くなれば・・・いや違うな、あいつの前に立って、全部俺が引き受けられるだけ強くなれば良いんだ!ははっ!やる気が出てきた!!もう一勝負しよう!!」

「・・・倒木が大樹を護る事はできん」

「倒木が大樹より大きかったら?」


その言葉は激しくカリエンテの心を揺さぶった。

エルフは世界樹とともにある。精霊とともにある。世界樹を守るために精霊の力を使う戦士になる。

・・・・・・・・・・・・何故だ?


初めての問いだった。

何故だ。何故戦士になる。何故戦う。種族としての大義はある。だが個人でスレイマンのような思いを持つものがいるだろうか。スレイマンは愛だと言った。愛の為に強くなる?エルフは世界樹を愛しているのか?エルフは精霊を愛している。そのはずだ。疑うような事ではない、だが愛しているものをなぜ使う??愛しているものを戦いの道具にしている?それは・・・・・・。


いや、それよりも、自分はなんのために強くなるのか。

自分は、どこまで強くなるのか。

大樹よりもはるかに大きい倒木があれば・・・そんな事を考えた事は無かった。


ルルミカが世界の中心。その中心を守るために強くなるのだとスレイマンは断言した。


理解はできない、だが必要な事なのだとわかる。エルフは産まれてすぐに戦士として育てられる。そこに雑念は無い。だがそこにスレイマンほどの熱も無い。交わした拳が教えてくれる。人間の手の暖かさが、鼓動と血が、エルフの生涯など吹き飛ばすほどの激しさで荒れ狂っている事がわかる。


幾度もスレイマンを叩き伏せ、そのたびに、夜中まで酒を酌み交わして話を重ねた。


あるとき、ふいに、ルルミカと同様に姫巫女候補として名を連ねている妹の事を思った。

真なる風の精霊と契約するほどの戦士だ、ルルミカが姫巫女になる事に疑念の余地は無い。

だが、もし妹が次の姫巫女になったとしたら。

誇らしい事だと思っていた自分が途端に薄っぺらく見える。

名を捨てる。名を名乗る事が出来なくなる。家族を捨て、氏族を捨て、兄弟の情を捨て、ただ一人、すべてのエルフに仰がれる姫巫女として、族長とともにエルフ族を率いるものになる。

カリエンテは拳を握っていた。

何かがカリエンテの中で這いずり回る。親愛の情とやり場のない怒りのようなものが混ぜこぜになる。

姫巫女になることは、本当に祝いなのか。



オストワルトが最初に感じたのは小さな違和感だった。

少しずつ、ほんの少しずつだが確かに伸びていくカリエンテの強さに後れをとるまいとオストワルトは励んだ。しかし、どうしても戦士としての技量に差が開き続ける。


エルフの戦士が持つ力は才能で決まる。

精霊を使う力も、武芸も、ほぼ同等であった自分とカリエンテに差がついてきた事に疑問を持ち、何故だと問うオストワルトにカリエンテはわからないと答えた。

それでも何故だと問うオストワルトにカリエンテは言う。


「俺もお前も、この木だと思っていないか?」


カリエンテが指差したのは並んで伸びる巨木だ。

自身を巨木に例えられた事を恥ずかしく思いながらも頷くオストワルトの前でカリエンテは首を横に振る。


「俺もお前も、世界樹を超える大樹だとしたら?」


その言葉をオストワルトは理解しえなかった。そんな事は想像したことすらない。

エルフとして生きる。それは戦士として生き、戦士の子を作り、戦士として死ぬことの繰り返しだ。

族長や長老たちは雲の上の存在であり姫巫女や世界樹など畏怖の対象としてしか見た事が無い。

自分はエルフの戦士として、かなうならばカリエンテの妹と夫婦になって、子をなす。

延々と続いてきた生き方になんの疑問も持たなかった。


「オストワルト、精霊を捨てろ」

「・・・何を言っている、カリエンテ?」


「精霊を使うな。精霊は道具ではない。精霊を武器として使おうと言う意思そのものが、我らエルフと精霊との間に溝を作っていると知れ」

「毒虫に脳でも焼かれたか、精霊は我らの誇りだ、精霊を捨てるエルフなどエルフにあらず!!それ以上の戯言は友であっても許さん」

「・・・・・・精霊がなければエルフではないと、なぜそう思う?それではエルフこそ精霊に従属しているではないか。俺たちと精霊は対等のはずだ。世界樹とてそうだ。世界樹が唯一無二であることは認めよう。我らが世界樹に守られ生かされていることも認めよう。だが、なぜ己が世界樹よりも大きな何かになれると思ってはいかんのだ?俺もお前も戦士として生き、戦士として死ぬ。だがより強く、より高く、より遠くを見てはならない理由はなんだ。世界樹を超えようと思ってはならない理由は何だ」

「不敬だぞ!カリエンテ・フルブライト!!」

「オストワルト・グレイリーフ、俺は死ぬ時まで戦士でいるだろう。お前とも永遠に友であるだろう。精霊にも、世界樹にも敬意を失う事はない。だがな、俺はエルフという種族に敬意を持ってはいない。始祖ホワイトモアと王配の偉業こそ誇るべきものだが、ただエルフとして産まれただけの俺たちは崇高なものではないのだ、人間を軽んじるだけでなく、俺たちの限界さえ決めてしまっている長どもの教え方には怒りさえ覚える」


友人の静かな激情を見たオストワルトが息を飲む。


「妹にも言ったがな、人間の行動力は信じられんぞ。十年もすれば俺やお前がスレイマンに負ける可能性さえあるかもしれない。俺もお前も百年かけて手を伸ばし続ければ、どんな高い場所にある実であれもぐ事ができると思わんか」

「たとえ才能が無くともか?」

「才能の有無など誰が決める?もし仮になくとも、無いのだと思ったのなら違う手段でもぐ道を探せば良いだけだ」

「ふん。そして何も得ることなく死ぬのがお前の望みか」

「俺は得なくとも、俺を見る誰かが何かを得ることがあるかもしれん。大樹になる事ができなかったとしても、いつか大樹を超えるものの肥料になって果てる事ができるなら、悪くない」


「・・・族長の座でも狙うつもりか?頭目にも届かぬ才能のお前が」

「いいや。俺は俺の精霊に並ぶだけの強さを求めるだけだ。あとは・・・妹を守り続けられればそれで良い。できることならお前には、スレイマンと同様の熱さで妹を愛して欲しいと思うがな」

「・・・・・・愛しているとも」


しばらくの後、ルルミカはスレイマンと結ばれて精霊を手放す事になる。

精霊を失ったルルミカをエルフたちは責め続け、それを庇うカリエンテもまた、エルフの中にあって異端視されていく。

オストワルトはそんなカリエンテを見ながら、ありし日のやり取りを思い出していた。

長老たちはルルミカを守ることなく率先して責める側にあり、その子であるハーフエルフなど虫けらのように扱って当然だと公言する。

その時になって、ようやく問答がオストワルトの腑に落ちた。


時は過ぎ、族長と長たちが奸計を持って死んだとき、オストワルトはあらゆる手段を持って族長になろうとした。若長の座に納まるために、手を伸ばし続けた。

それは姫巫女を守るためであり、エルフの世界を変えるための一歩であった。

カリエンテもまた、ただ一つの目的のために手を伸ばし続ける。



いつか、きたるべき日のために。

そう願いながら彼女と彼らは手を伸ばし続け―――――――――――――――――――――――――――

いつもありがとうございます!書かない間になぜかブックマークが増えました(素直に嬉しい)

第二部完結までもう数話です、宜しくお願い致します!

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