お前はそこから逃げたのか
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「やってみせなさい!!!」
ミンスミンの槍が折られ、叩き込まれた足刀の一撃が肋骨を砕いて意識を絶つ。
残り少ない近衛の全てを打ち倒した神将アマリアが一歩、一歩と姫巫女へ近づいていく。
「お前一人ではないでしょう?出てきなさい、真なる精霊の使い手」
返答は無い。
神将アマリアの問いかけが虚空に響く中、姫巫女が瞼を開く。
キラキラとしたマナが降り注ぎ、現界武宝で生み出されたのは鋼色の鎧と長槍。
「アマリアさま・・・いかに我らの血族とはいえ、この地と我らを滅ぼさんとするのであれば手向かいさせて頂きます!!」
祭壇の前に立つ姫巫女は戦装束に負けぬ凛々しさで長槍を突きつける。
「・・・私をアマリアと知っているのね」
「ベスティアさまと共にその名を聞き伝えておりますれば」
「そう。ならば私の素性は知っているの?」
「かつては姫巫女であり・・・氏族を捨てて黄金に降ったと!!」
その言葉は事実だ。
アマリアの胸が疼いた。
かつてベスティアと同様にアマリアが召喚した英雄の顔と、この身を抉ったその槍の痛みを思い出す。
「そこまで知っていて、あなたは姫巫女であろうとするの?・・・オストワルトが可哀想」
あれほどの気骨ある戦士が若長についても姫巫女であろうとする呪縛は解けないのだろう。
エルフ族全体に奉仕するためだけに存在し、個人を殺して擦り切れるまで使い潰される偶像。
「わたしには姫巫女としての責務があります」
「・・・・・・無能が己を無能と知らず頂点に立つのは罪悪だわ。今日死んだエルフは全員無駄死によ、あなたの指示であなたが殺したの。族長と長老たちを私が消してあげたのだから、世界樹など捨てて逃げてしまえば生き残れたでしょうに」
「それはエルフの生き方ではありません!!」
「戯言ね」
「戯言ではありません!」
「ならば名を名乗りなさい」
大国の女王に並ぶ優雅さで、戦場を駆ける戦士の気迫を瞳に宿したアマリアが言う。
「私は姫巫女だ!」
「姫巫女。名を捨てさせられ、型に嵌められ、そのまま押しつぶされるまで塗炭の苦しみにあえぐ者の事でしょう?知っているわ。私がそうだったもの。あのころから何も変わらない、この地のエルフは何も変えられなかった・・・!お前が決め、お前が滅ぼす種族の最後の指導者であるならば姫巫女などと言う肩書で囀るな!!!!!!お前の名を言え、お前の名で命じて、お前の名で殺せ!!お前が生かす道を奪ったのだろうが!!!」
頭目に並びうるだけの鋭さで振るわれる姫巫女の長槍。
その激しさに呼応するように、アマリアの漲る魔力が怒りに震える。
裂帛の気合を持って嵐のように舞う槍技。
上位魔神にも通じる姫巫女の武技をいなしながらアマリアが叫ぶ。
「なにが姫巫女だ。私はアマリア。神将になろうともアマリア・ランエボニーの名を捨てはしない!!」
致死の未来視が姫巫女を襲う。
精神防壁で発狂する事こそないが、無数の惨死を見せられた姫巫女の手にある長槍が揺れた。
姫巫女は強い。戦士を率いる飾りでは務まらない事をアマリアは身に染みて理解している。
だが今代の姫巫女とかつての己を比べるのならば、時代が、苦難が、覚悟と望みの多寡が違う。
揺れる長槍の切っ先にその手を這わせて、内側に折りたたんだ肘が姫巫女の胸を穿つ。
巨岩を叩いたような衝撃が走り、たたらを踏んだアマリアが血のにじむ己の唇を指で撫でた。
「それ以上は俺が許さん」
「私の魔眼で視えない・・・いえ、認識阻害の力ね。カリエンテ、真なる土の精霊の契約者」
唐突に現れたカリエンテの一撃は神将であるアマリアの身体に確かな痛みを与えていた。
懐かしい痛みに歓喜するように、その黄金の髪が波打つ。
口元を染める一筋の朱は白磁の肌を一層引き立てる血化粧のようだ。
銀髪の姫巫女は長槍を構えて再びアマリアに穂先を向けた。
並の武器では傷一つつかない現界武宝の精霊鎧。だがその鎧はアマリアの肘の一撃で大きくへこみ、姫巫女の褐色の肌に青黒い痣をつけている。
「負けるものか!!」
「カリエンテに隠れて震えていれば良い。助けられる民を殺し、くだらん矜持でオストワルトの手を払い、進んで牢獄に囚われる愚か者よ」
「世界樹の民の名に懸けて。エルフ族の誇りに懸けて、我らは神将に負けるわけにはいかぬ!」
再び交差するかつての姫巫女と今代の姫巫女。
打ち合いを制したアマリアの一撃が姫巫女を大きく吹き飛ばす。
さらなる一撃を加えようとするアマリアを遮るようにカリエンテが動いた。
体捌きはアマリアと互角。ほぼ同速の踏み込みで、互いに無手のまま拳を伸ばして叩きあう。
カリエンテの右拳をアマリアが右手の甲で捌く。
捌かれた右拳を目隠しにしながら下から上へ放たれるカリエンテの左掌底。
アマリアは冷静に左手を掌底に重ね、そのまま手のひらを掴むとくぐるように上体を落としながらカリエンテの左足を蹴り払う。
左手は掴んだまま、仰向けに転倒したカリエンテの顔面を砕くように打ち下ろす右正拳。
鈍い音を立て、アマリアの右拳が血に塗れた。
「・・・精霊憑依か」
打ち下ろした拳を受け止めたカリエンテの右手のひらが裂け、細い血を流す。
首から上を千切り飛ばすような力が籠もった一撃を受け止めきれたのは、真なる精霊をその身に降ろしているからに他ならない。
追撃するように無詠唱で生み出したアマリアの爆裂火球と、同じく無詠唱で生み出したカリエンテの魔弾が火の粉を散らしながら打ち消し合った。
「お前は良い戦士だ。迷いがあり、迷いの中で選んだものが確かにある。だからこそ私に怯まない」
「お前は神将だ、最低で汚らわしい破壊神の眷属が知ったふうな口を叩くな」
手を取り、足を絡めて関節を極めようと動くカリエンテに反応してアマリアは薄く笑って距離を取った。
無言のまま始まる中距離での攻防。
一撃の威力と魔力量はアマリアが遥かに上だが、カリエンテは精霊魔術と体術の組み合わせで巧みに動き、回避を交えつつ相殺していく。
未来視が万全に使えたのなら戦いにならなかっただろう。
あるいは先ほど、ミンスミンたちとの攻防でアマリアの手技、足技を見ていなければ最初の立ち合いで終わっていたかもしれない。
「愚かね」
攻防の中、三度死角に回り込んだところでアマリアの爆裂火球がカリエンテの視界を埋め尽くした。
脚を止めたカリエンテ目がけて降り注ぐ無数の爆裂火球が破壊の爆音を響かせ、飛び散る炎がカリエンテの肌を焼く。
「お前がな」
火の粉を散らしながら爆炎の中を貫いたカリエンテの手に握られているのは真なる土の精霊剣。
爆裂火球を相殺しながら懸命に回避し続け、愚直に死角に回り込み続けたのは爆裂火球で神将の視界を遮らせるための布石、精霊憑依のまま素手で戦い続けたのも、致命になりうる一撃が無いと思わせるための布石。
姫巫女が操る精霊魔術で爆裂火球によるダメージを最小限に抑えたカリエンテが、牡鹿を襲う虎の速さでアマリアに土の精霊剣を突き込む。
完全に虚をついた一撃。
その一撃を、神将アマリアは笑みをうかべながらかわす。
「うっすらとだけど、視えてきたわ」
正面からカリエンテの剣、背面から姫巫女の槍。
二者に挟まれた神将アマリアがその権能を持って未来を読み、かわせぬ攻撃を回避していく。
「おのれ・・・!」
「エルフ族の誇り?と言ったかしら。誇りなんてものが本当にエルフ族にあると思っているの?かつての戦いで運よく滅びを免れただけの種族が何を誇るのかしら。己が種族の脆弱さ?臆病のほど?頑迷さ?」
「我らを蔑むか!!」
「蔑みもするでしょう。ねえカリエンテ、あなたならわかるでしょう?オストワルトはわかっていたわ。エルフの醜悪さと、その愚かさを」
「・・・なるほどな。お前はそこから逃げたのか」
睨みつけるような、射殺すような眼で神将アマリアがカリエンテを見る。
「お前は逃げたのだな。醜悪さと向き合う事もせず、愚かさを否定し、ただ綺麗な自分であろうとしたのだろう。だから黄金に降るしかなかった」
「知った口を叩くな!!!!!!!!!」
手刀の一撃がカリエンテの頬を浅く切り裂く。それは鋭さに欠けた感情任せの悪手。
精彩を欠いた神将の胸元に、間隙を縫った剣が、初めて未来視を越えて一条の傷をつけた。
「私に傷を・・・!!」
「オストワルトはすべて背負った。いずれ新しいエルフが俺たちを葬りさった時、お前も俺も知らぬエルフの未来が訪れることになる」
姫巫女とカリエンテの連携が止まない。翻弄される神将アマリアの身体にいくつもの傷がつけられていく。
「エルフは醜悪で愚かだとお前は言ったな。そうだ、俺たちは醜悪で愚かだ。だからルルミカの子を守る事もできず、人に助けを乞う事もできず、世界樹に一生を捧げて消えていく。だがそれも終わりだ。俺も、俺の友も、俺の愛する妹も、すべての罪を背負った最後のエルフとして死のう!」
血を吐くようなカリエンテの言葉が神将アマリアの胸に突き刺さる。
「お前はなんだ。エルフとして生きる事も死ぬ事もできず、ラグナレクの使いっぱしりに堕ちたお前は、なんだ!!」
「私は・・・・・・私は・・・!!」
わなわなと震える神将アマリアの手首をカリエンテが掴んだ。
動きを止めた刹那、姫巫女の長槍がその側面からアマリアの胴を貫き、臓腑を抉る。
「私は・・・・・・アマリア・ランエボニーだ」
「アマリア・ランエボニー、神将がなぜ名を名乗る。エルフを捨てたお前がなぜ名を守る」
「あなたの望みがエルフを変える事ならば、それは必ず我らの代で成し遂げるとお約束します・・・ですから」
くすくすくすくす。と、神将アマリアが嗤った。
「・・・アマリアさま?」
笑顔のアマリアと目を合わせた姫巫女を致死の未来視が襲った。
膨大な魔力を消費して叩き込まれた未来視に、たまらず声を上げて膝をつく。
「姫巫女様!」
「大丈夫よ。そう簡単に死ねないでしょう?安心なさい」
自身の身体を貫いた長槍を引き抜くと神将アマリアは無造作に槍を投げ捨て声を出して嗤う。
「ああ、ああ、そうね。できるものならそうなさい。愚かなエルフの末裔、大いなる暗竜マリグロビドの眷属にして黄金の竜にあだなすもの。原初の混沌たる精霊を奉じて崇め、秩序なす死を忌み嫌うもの。お前たちが本当に未来を作りだせると言うのなら、私を越えてその先に進んでみせればいい」
「・・・まだ、戦うというのか」
「当然でしょう?私は神将アマリア。万象一切の破壊を権能とする黄金竜ラグナレクさまの御使い。命あるものに膝をつかせる事があろうとも、命あるものにつく膝など持ち合わせていないわ」
「・・・アマリア・ランエボニー」
「おやめさないカリエンテ。もはや我らの祖に連なるアマリアさまは死にました。これは敵の首魁、ラグナレクの手先でしかありません!!」
「ならばどうするの?」
「我は姫巫女!エルフの正統なる世界樹の巫女!!!」
立ち上がった姫巫女の足が大地を踏んだ。落ちた長槍を振り回し、手を打ち鳴らし、大地と足を重ねて跳ねる精霊舞踏。
「見せてやろう。我らエルフが貴様らを打ち滅ぼすために練り上げた技を!貴様たちの主に傷をつけ、貴様たちの主を脅えさせ、貴様たちの主をこの偉大なる大地から追い出した我らの技の極みを知れ!!」
天を掴み、地にそびえるように美しく舞う姫巫女。
キラキラと輝くマナが、精霊が、舞いに合わせるように乱舞する。
「精霊憑依・・・・・・・・・幻身!!」
透き通る森の精霊が姫巫女に重なり、新たに生み出されたのは鋼色の鎧をさらに包み込む白銀の鎧。
巨大な突撃槍と盾を持つ騎兵にかわった姫巫女が風に騎乗し世界樹の森を駆け抜ける。
一瞬でアマリアの背後へ回り込む姫巫女。それは確かに精霊魔術の到達点の一つであった。
だがベスティアと同じ時代を生きたアマリアから見れば、その到達した場所は、もう遥かな昔に通過した場所でしかない。
「児戯で私に勝とうだなんてね」
黄金の髪が膨れ上がり、無数の鞭の如くしなりながら姫巫女を襲う。
「くっ!?」
「こんなものすら破れないようでは、お前に戦う資格などないわ」
アマリアが脅威を感じているのは姫巫女にではない。カリエンテの方だ。
真なる精霊が認めるだけの強さ。それを有するものとしか真なる精霊は契約しない。
精霊などなくとも頭目に並ぶだけの腕がカリエンテにはある。
そしてその腕を持つ者が、真なる精霊をその身に降ろして目の前にいる。
アマリアの背筋を恐怖と快感が駆け抜けた。
それは、いまだ完全に視る事ができない恐怖。そして長らく忘れていた強者との戦いに感じる高揚感と、あと一つ。
「・・・カリエンテ、再び見るが良い。その命の果てを、滅びの深淵を。避けられぬ死に身を震わせて、嘆き悲しみ狂い死ね!!!」
致死の未来視。精神防壁を越えて貫く一撃がカリエンテの目から一条の血を流させた。
血涙を流したカリエンテが動く。
一寸の迷いなく、ためらいも躊躇もなく、神将アマリアの懐深くに飛び込んでその刃を振るう。
怯みもしないその在り様に、アマリアの背が粟立った。
「・・・・・・これが、俺の未来か」
「そうだ。私の見せた未来に偽りはない、貴様は死ぬ、愛する者を失い、愚かに挑み、敗れる運命にある!!」
「ならば、その運命と戦わねばならんな」
「できると思うの?」
「できるできないの問題ではない。俺もオストワルトも、すでに死ぬために生きると決めた身だ・・・俺たちの背を見る誰かが、一歩でも俺たちの先に向かえばそれでいい」
「・・・手加減はできないわ」
アマリアの身体が金色に光る。
まばゆい光が消えた後、その身を包んでいたのは白金の鎧だった。
柔らかい曲線を描く軽装鎧と、姫巫女であった頃のアマリアを思わせる、金糸で織られた戦装束。
神将として戦うアマリアと、エルフとして戦うカリエンテ。そして姫巫女。
二対一の戦いは終局へと向かっていく。
文章量少なくなりますが明日も更新します。ちょっと更新率が下がりすぎているので・・・!!




