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あの頃の若長であればよかったのにね

ジャンルをヒューマンドラマに戻しました。

やっぱり自分にハイファンタジーは無理です。どこまでいってもこの作品はヒューマンドラマとなりますのでご容赦ください。

ゴーマの式符から解放されたガルーダがエルフの戦士を咥えて天高く舞い上がる。悲鳴を上げる暇もなくバラバラに食いちぎられた血肉が世界樹の森に降り注いだ。


赤い眼をしたゴーマが式符を投げるたびに、絶望的な戦闘力を持つ凶悪な魔物が受肉して現れる。

ヒルジャイアントが、ゴーゴンが。決して共闘などするはずのない魔物の群れが屈強なエルフの戦士たちを肉塊に変えて蹂躙する。

悪夢のように列をなす百鬼夜行。

暴れまわる異形の群れを前にしてエルフの戦士が一人、また一人と倒れていく。


「下がるな!誇り高きエルフの力を見せてやるのだ!!」


オストワルトの声に応えて三人のエルフが駆け出す。

手を打ち鳴らし、大地を踏みしめ、精霊舞踏で精霊の力を呼び込む。

現界武宝によって具現化した武器を手にした刹那、その腕がひしゃげた。

てらてらとぬめった青い触手がエルフたちを捕えたかと思うと、手足が折られ、千切られ、一呼吸の間に戦士たちがもの言わぬ骸へと変わる。

次の得物を探すブルーハンドローパーの触手を切り裂いたのはサイネラの円月輪だ。


「無事か!オストワルト!!」

「サイネラか!?ミズナラのポータルはどうした!」

「落ちた!!人間の数が多すぎる!」


サイネラの連れたエルフたちが増援になって戦況を引き戻す。

何人ものエルフが鈴鳴りの弓から矢を放った。

狙いを外さぬ魔力の矢が次々とガルーダの身体に傷をつけるが空の王者を倒すには至らない。


「オストワルト、カリエンテはどうしている?他の頭目たちは!?」

「わからん!」


薙ぎ払う様に振るわれた戦斧の下をかいくぐり、オストワルトの細剣がミノタウロスの太腿を貫いた。

突き刺さった刃をそのままに踏み込み、接触距離から精霊魔術を放つ。


「驟雨の土塊、ゴルドワの憤怒、風を纏う破邪の槍よ!」


オストワルトの精霊魔術で作られた岩塊がミノタウロスを骨から砕いて打ち倒す。

彼が守るポータルの先には世界樹と姫巫女がいるのだ。何があろうと通すわけにはいかない。

劣勢だった戦況はサイネラたちの参戦で持ち直したかにみえた、が、このままでは焼け石に水だ。

数多の魔物を使役する敵の魔力が尽きない限りこの戦闘に終わりはこない。

そして、神将にも勝たなければならないのだ。


ゴーマの赤い眼が三日月のように歪んだ。

喜悦を浮かべたゴーマの符からスキュラが。グリフォンが。オークキングが生み出される。

魔物の群れを式符から呼び出すゴーマに、その横に立つ神将に一太刀浴びせようとエルフたちは奮戦したが、雲霞の如く押し寄せる魔物の群れをどうにか押しとどめるのが限界だった。


「木々と大地の精霊で縛り付けろ!魔弾で敵を撃て!!」


叫んだオストワルトが走る。

豪雨のような魔弾が魔物たちを削り、斬り込んだサイネラがゴーマへの道筋を文字通り切り開いていく。

サイネラを間に挟み、ゴーマへの道が一直線に開いたところでサイネラが横へ飛んだ。


「大地の剣よ!!!!」


オストワルトが現界武宝で生み出したその細剣は折れず曲がらぬ大地の剣。

突き出して命じると射殺すほどの速さでその剣身が伸びた。

初見で完全に回避する事は不可能と言って良い一撃を前に、ゴーマの赤い眼が歪む。


「それは、知っておりますよ」


ゴーマの符が輝き、生み出されたのは長い両手をだらりとたらす巨大なバンダースナッチ。

巨木を三本つなげたような厚みのある胸板の半ばまで埋まったものの貫ききれず、オストワルトが大地の剣を引いたのと、怪物がオストワルト目がけて突進したのは同時だった。

次の瞬間、爆弾でも破裂したかのような勢いでオストワルトの身体が木の葉のように舞った。


「オストワルト!・・・おのれ!!」


円月輪を持ったサイネラがオークキングを斬り伏せて神将に肉薄する。

せめて神将に一太刀、と勢い込んで斬りかかったその攻撃を神将は事前に知っているかのように容易く避けた。

不快な感情を隠しもせずに顔にだしながら、神将アマリアはサイネラの腕をつかむと力だけで骨を折る。


「ぐあっ!」


サイネラを救わんと精霊魔術を唱えるエルフに向けて無詠唱の爆裂火球を数発叩き込んで黙らせると、神将アマリアは婉麗な顔を歪ませて毒でも飲んだように言う。


「あなたそれでも頭目のつもり?勝てないまでも一矢報いようなんてくだらない矜持だわ。何千年研鑽したところでそんな戦いしかできないのだからエルフは度し難いのよ・・・・・・獣に喰われる定めしか持たない草木の分際でよく我らが主に逆らうなんて寝言が言えたものね・・・ああ、弱いのは精霊の方なのかしら。弱い精霊に縋らなければ何もできないほど弱いエルフだと思えば憐れみを誘うに十分じゃない?可哀想になってくるわ」

「くっ・・・殺せ!」


神将の腕が首に伸びた。

二の句も言わせず手折るように首を折り、サイネラの骸を投げ捨てる。


「哀れなエルフたち。稀人の姿もなく、天上からお前たちを見守る連中は見ているだけで助けに来てはくれない。死が望みなら自害なさい。生が望みなら這いつくばって命乞いなさい。我は神将。大いなる黄金の主と共にあるもの、一切の眠りを求めず一切の繁栄を許さぬ黄金の騎士が、その権能の全てをもってお前たちに終焉を与えましょう。暗竜にぬかずく愚か者ども、ベスティアに連なるものは終わりが来たと知りなさい。いまこの時を持ってエルフ数千年の営みは終わりを告げる、喜びに震えなさい、歓喜に涙を流しなさい、地上の生という軛からお前たちを解き放ち、この世の煉獄から主が救い上げて下さるのだから」


恍惚とする神将を見るエルフたちの反応は様々だ。

憎々しげに睨むもの。呆然と武器をおろすもの。仲間と目を見合わせるもの。

だが一つだけ間違いないのはエルフたちの戦意がすでに消えつつあるという事だった。

戦いに長けたエルフの中にあって頭目の座を勝ち得たものの強さは絶大だ。

その一角であるサイネラが神将に傷一つつける事もできず死んだ。

指揮する若長もなく、腕と頭を失ったエルフたちにはどう転んでも緩慢な死が待っているのだろう。


いまだ健在なガルーダ、バンダースナッチ。夥しい数の魔物ども。

それらを苦も無く操る魔術師と神将に勝てる見込みなどまったくない。

さりとて膝を折る事もできず、矜持から逃げる事もできず。


無人の野を行くが如く神将が歩を進めた。

神将にも、追従するゴーマにも、彼が操る魔物にさえも、手出しをするエルフはいない。


「・・・・・・まて」


ただ一人、その身を血で染めながらオストワルトが二人の前に立つ。


「死に損ないは寝ていなさい。まさか勝てると思っているわけじゃないでしょう?」

「ここから先へ・・・行かせるものか」

「・・・己を知っているでしょう?オストワルト。あなたは若長でありながら頭目の誰よりも弱い、戦う力に乏しい身でありながら若長の身分に収まったのはなんのため?姫巫女に懸想する浅ましさを隠し、頼るべき仲間に嫉妬し、自分の無力さを嘆き、それでも生きてきたのはなんのため?・・・・・・ここで死ぬためではないでしょう?ねえオストワルト、あなた私に良く似ているわ。あなたは人間が嫌い、でもエルフはもっと嫌い、でしょ?血に縛られ、掟に縛られ、何が正しいかを考える事すらしない愚かな種族だと忌み嫌っているのでしょう」


オストワルトは答えない。神将アマリアの告げた言葉は真実だ。

己の弱さも、劣情も、嫉みも、エルフへの嫌悪もすべて見抜かれている。

臓腑を貫くほど深くつけられた傷を精霊魔術で癒しながら、オストワルトはただ一枚の壁の様にアマリアとゴーマの前に立つ。


命と引き換えに勝てると言うのならば喜んで差し出す。だが目の前にいるものは命などでは決して届かぬ高みにあった。体術も魔術も頭目に足りぬ自分にできることはただ一つしかない。

刻を稼ぐのだ。風が吹くその瞬間まで。


「お前に、何が見える」

「何もかも視えるわ。エルフの落日が。あなたの悲嘆が。悔恨が・・・あなたがここで無様に死ぬ姿まではっきりとね」

「俺の怒りも見えるか」

「視えるわ・・・姫巫女を救いたかったのでしょう?・・・・・・くだらないその座から」


激昂したオストワルトが動いた。

力任せに振るわれた拳を素手でいなし、手首を掴んで重心を崩しながら足を払う。

かつてエルフであった頃に研鑽した業を持ってアマリアがオストワルトを組み伏せる。


「そこまで知っていて!!なぜお前は黄金とともにある!!!!」

「エルフの中にいては変えられないと気付いたからよ」


背に回した腕が折れぬ程度に痛みを与えながらアマリアが耳元で囁く。


「あなただって変えられなかったでしょう?」


呻くオストワルトの身体を地面に押し付けながらアマリアが言う。


「エルフという連中は屑よ。世界樹に奉仕して生贄を選ぶ事しかできない。強さを間違え、誇りと驕りをはき違え、他者を見下し踏みつける事でしか己の存在を誇示できない。どうしようもない下衆の集まりだわ」


アマリアは戦場を見回す。頭目を殺され、若長を制されたエルフの目には怯えしか見えない。

不快な顔の一つと視線を絡ませると、アマリアは躊躇なく致死の未来視を発動した。


「があああああああああああああ!!!!!??」


眼球を通して脳内に焼き付けられるのは無数の末期。

友が、家族が、自分自身が惨たらしく殺されていく様を幾十、幾百と見せられるエルフの戦士がのた打ち回る。


戦士として血を重んじる。戦士として生き、戦士として死ぬ。

そのあり方のなんと弱い事か。

スレイマンのように、ビルブラッドのように、葛藤の末で剣を持つことを選んだ戦士の強さをアマリアは心から愛していた。

加護も精霊の力も戦士の強さとは比例しない。アマリアが愛する戦士はそうではない。


邪悪の前に立てば震えもしよう。

嵐に身を竦ませ、稲妻に目を閉じ、獣の声に怯える。

そして、それでもなお戦うものをアマリアは愛する。


アマリアに言わせればエルフの戦士は虚勢と欺瞞の塊でしかない。

震えもせず。竦みもせず。怯えもせず。恐怖を知らない無知どもが戦士であるとは片腹痛い。


絶叫を上げたエルフの戦士が泡を吹いて痙攣するのを見ながらアマリアが嗤う。


「神将よ!」


オストワルトの肩が鈍い音を立てた。

肩が砕けるのも構わずその身をねじ切るように捻り、向き直ったオストワルトがアマリアに言う。


「すべてお前の言うとおりだ。エルフは恥ずべき種族だ。だが俺が変える、変えて見せる!」

「あなたが?」

「そのために俺は若長になった。俺の代ですべてを変えて見せる。だから・・・」

「だから見逃せと言うの?」


アマリアの眼をしっかと見据えたオストワルトは目線を外さない。

肌が粟立った。神将がその気になれば己も目を抉るほど掻き毟って死ぬだろう。

震える身体に鞭打つように歯を食いしばり、じっと見つめる。


「・・・・・・・・・・・・お前が、あの頃の若長であればよかったのにね」


そうつぶやくと同時にオストワルトの身体が吹き飛ばされ、クスノキの大樹に叩きつけられる。


「・・・・・・しん・・・しょう・・・」

「ゴーマ。わたしは世界樹の元へ行くわ。あなたはここで成すべきことを成しなさい」

「かしこまりました」


うやうやしく頭を下げたゴーマの前で、地に爪を立てるオストワルトの前で、神将アマリアはポータルを起動すると世界樹の元へ転移する。


「・・・・・・ひめみ・・・こ・・・さま・・・・・・・・・」


オストワルトの最後の言葉は誰の耳にも届かなかった。

悲哀と絶望に背中を押された戦士たちの幾人かがゴーマに向かって剣を振るおうとし、魔物の群れに呑み込まれていく。

心が折れて逃げ出そうとしたエルフの背を見てゴーマが笑った。


「式散外封 劣解強奴」


ゴーマを覆っていた呪符と包帯が大蛇のように波打ってエルフの戦士を襲う。

叫び声すらあげられず木乃伊のように全身を拘束された戦士の元へ近づくと、ゴーマがそっと手をかざした。


「識封概算 皆堵列合」


それは塔でも禁呪として封印されたはずの大魔術。

絶望するエルフの戦士の姿が淡いマナの光を残して掻き消え、残されたのは一枚の符だ。


「さて。少し質は劣りますが、いくつか拾って行きますかな」


≪蒐集者≫ゴーマ。

A級冒険者すら使役するS級冒険者の異端。

ここから先は戦いではなく、彼の採集の時間だ。

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