耳をすませろ
名前を書き間違えていたので修正しました。
×アリシア
〇アマリアです。
失礼しました。
「僕は豊穣神だ。幸い精霊が命を繋いでくれているからね、生命力が途切れないように補填する事くらい容易いものさ。疲労や衰弱なら僕の権能で完治させることもできるけど致死の未来視は精神干渉だからね。精神を摩耗させる力にセルシスがどこまで耐えられるか・・・もしかしたら、もう手遅れかもしれないけど」
「私はそうは思わない」
ベスティアが言う。
「ここはエルフが根ざす世界樹の地で、私と夫の思い出の場所だ。アラヴィスム、あなたには少し強く言ってしまったが、あの人が今のグランディスタを見て何もしないはずがないのだ」
「見ていればだろ。知らなければ手は打てない」
「見ているさ。たとえ転輪の彼方にいても、あの人が私のすむこの世界を見守らないはずがない」
「神の座に残らなかったのに?なにそれ、ノロケ??」
「神の座よりも高い場所から来た夫が元いた場所へと帰っただけだ。ついてはいかなかったが、私が一番愛されていたのだぞ?」
「やっぱりノロケじゃないか!?・・・愛してるんだねえ。いや、信じてるのか」
「違う。知っているんだ。来られなくとも、あの人なら必ず何かをしてくれると・・・かつてアマリアがあの人の未来を予測できなかったように、おそらく異世界人である稀人の行動を、未来を知る事はできないはずだ。マナが澱めば世界樹は枯れる。それを生まれ変わらせるために稀人が来る。あの女の予測はそこまで。だから上位魔神や龍種なんてカードを切りながら勝ちを逃した。エルフの強さを読み切りながら、稀人と稀人の仲間の力を読み切れなかったんだ」
ベスティアは拳を握る。
「私が神の座につく未来まで視ていたとしても、アマリアは夫の末を知らない。稀人が契約した世界樹の精霊が持つ、繋ぐ権能も知らない・・・・・・わかるかアラヴィスム、人は・・・神の思い通りになどなりはしないということだ・・・!」
まぶしいものを見るようにアラヴィスムが目を細めた。
「やはり、生きるとは良いものだね。神でありながら君には生気が漲っている。羨ましいよ。権能を通してでしか世界を理解できない我々とは違い、君は人の命の強さを肌で知っている。それは僕たちには永遠にわからない力だ・・・そして、僕たちよりも彼を知る君の言葉には、間違いなく真実がある・・・」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夢を見ていた。
深い深い。夢だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
私は走り続ける。
木々の間を抜けて、押し寄せる魔物の群れに抗いながら疾駆する。
どうしてこうなったのか、私は深く考える。
犬顔のコボルドや醜悪なゴブリンがどれだけ束になったところでこんなことにはならない。
早鐘を打つように鼓動する心臓。
立ち止まることなく二条の銀線を刻みつけて、私は目の前に立ちふさがった3メートルのオーガを打ち破る。
そのまま蹴り伏せ、走る。
レッサーオーガの群れにも、ダークエルフの戦士はひるまない。
オーガならばどうか?確かに彼らは強い。だが、それでもダークエルフの強者にはほど遠い。
飛来する矢の一つが右のこめかみをかすめる。数本が足元に突き立ち、大半が大きくはずれる。
今のオーガで立ち止まっていたら全身を矢で射ぬかれていたかもしれない。
振り向きざまに短く呪文を唱える。
土の精霊が打ち出した無数の石礫は狙いを違わず、弓を射かけたホブゴブリンの一団を壊滅させた。
一瞬だけ唇から息が漏れた。
足は止めない。止めたら走る事ができなくなるからだ。
こめかみから滲む血と冷たくなった汗を手の甲で拭いながら私は走り続ける。
この先の碑石に、生きて辿り着かなくてはならない。
どうしてこうなったのか。
モンスターとの戦いなら慣れている。
東の大森林、世界樹の森を治める我々ダークエルフの力は小国に匹敵すると言ってもいい。
数で言えばもちろん人間の方が多いだろう、それは間違いない。
経済力も人族には劣る。我々の交易は小規模で、それこそ昔から付き合いのある人族との間でしか行っていない。
だが、我々には強い魔力がある。
精霊の力を借りた強大な魔術が。
数キロ先まで見据える目が、獲物を逃さぬ弓の腕が、獣と競える足がある。
閉鎖された空間、限定された場所ならばともかく、この森で、木々と、風と、大地の実り豊かなこの場所で。
なぜこうまで、我々ダークエルフが追いつめられているのか。
「姫様っっっ!!!」
並走していた最後の護衛が指差す先に目を凝らすと、巧妙に隠された無数の蜘蛛の糸が見えた。
森の木々を縫うように張り巡らされた巨大な蜘蛛の巣。どうやら敵はこちらの目的地を知っているらしい。
「あああああああああぁああらあああ。どこにいくのおおおお?」
耳障りな、甲高い声を出したのはアルケニーの女王だった。
張り巡らされた蜘蛛の巣の結界、その向こう側に、陶然とした面持ちで腕を組んだ大蜘蛛女の微笑が見える。
数えきれないほど喧嘩もしたが、それでもともに育ち、ともに森の実りを享受してきた親友でもある。
そして、ほんの数刻前、私の弟を引き裂いた敵だ。
この森には無数の仲間たちがいた。
共存し、共栄し、世界樹のもとに集いし、同じ命を分け合いし同胞たち。
我らダークエルフと志を同じくすると思っていた森の友、その彼らが、残さず裏切ったのだ。
どうしてこうなった?自問するのは何度目か。
裏切られたのだ。我らは。そして、滅びを与えられようとしている。遠き友であるドワーフたちと同様に!!
足を止めずに私は魔法を使う。
風の精霊が旋風を起こし、道をふさいだ蜘蛛の巣と、その背後のアルケニーたちを切り裂く。
「ねええええぇベスティアぁぁぁああああ」
「そこを通せ、エリーテララベス。私にはお前と遊ぶ時間は無い!」
再び魔法を使おうとした時、木々の上から投網のように編まれた蜘蛛の巣が私と護衛の上にふりかかる。
「これは・・・!!」
「風よ!」
護衛が咄嗟に風の結界を張るも、投げつけられた蜘蛛の巣は一枚ではきかなかった。
数十枚の投網に包まれるようにして、私と護衛の足が完全に止まる。もがけば蜘蛛の巣が余計にはりつき、完全に動けなくなるだろう。
「エリーテララベス!!!!!!!」
「きこええてるわよおお、もぅう、むだなことはあ、やめなさああい」
包囲を縮めてくるアルケニーたちに私は怒号を叩きつけた。
鋼を思わせる八本の足を巧みに操り、彼女たちは私たちに死を与えようと迫る。
弟を引き裂いたように、私の身体も引き裂くのだろうか。
無念に唇を噛んだ。
怒りで意識が吹き飛びそうになる。
裏切りだ。それも、許しがたい裏切り。
彼らはモンスターと通じ、ダークエルフを謀り、世界樹を焼いた。この大陸に二本しか残されていない、世界樹を焼いたのだ!!!
族長は死ぬまで抵抗するだろう。いや、ダークエルフの全てがそうするはずだ。
無論、私もそうしなければならない!
銀髪を朱に染めながら私は。ベスティア・ホワイトモアはエリーテララベスを睨み付ける。
動きを止めたせいで心臓が張り裂けそうなほど強く脈打っている。
血液に乗って全身に疲労がまき散らされ、もう息をするのも苦痛に感じるほどだ。
一瞬だけ目を向ければ、護衛の顔にも色が無い。褐色の肌には無数の傷や火傷の跡。その瞳には使命感と、かすかに怯えが見てとれる。
右肩には矢が抜かれずに刺さっており、腕は上がるかどうかも怪しい様子だ。
大丈夫、こいつらは許さない。刺し違えてでも皆殺しにする。
そう言いかけた時、世界が停止した。
「べええすてぃああ。ほおぅじゅを、だしなさあああああい」
エリーテララベスの言葉に全身が凍る。
なぜ、知っているのか。
なぜ、知っているのか。
なぜ、知っているのか。
だとすれば、この裏切りは。
「エリーテララベス・・・・・・・・・・・・?」
肌が粟立つまま聞いた。
そして、その名を耳にする。
「らぐなれくさまにほおぅじゅをささげぇなくてぇはあああああ。おとうとはもってなかったのだから、あなたがもってるぅんでしょおお?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
声が聞こえた。
「・・・さ・・・」
「お・・・ス・・・」
まどろむように夢を見ながら、遠く、とても遠くから声が聞こえる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
黄金竜ラグナレク。
それは創世とともに生まれたとされる滅びの主。
【黄昏をもたらすもの】とも呼ばれ、エルフ族が今日でさえ伝承する禁忌の名。
千年前。
かつての祖先であるハイエルフたちは大陸中央部で栄華を極めていた。無数の種族と手を取り合い、そこには平穏と平和が確かにあった。
数々の魔法や魔道具を生み出し、数多の不可能を可能にしていた彼らを打ち破ったものこそが、滅びの黄金竜、破壊神ラグナレクだ。
強靭な鱗で剣も魔法もはじき。
吐き出す炎は一瞬で数百の戦士を屠った。
大陸の中央で始まった戦いは、戦いとは言えぬありさまだったと伝えられている。
戦えば戦っただけ戦士が死んだ。
逃げれば逃げ切れなかった女子供が死んだ。
森は焼かれ、川は干からび、山は抉られ、世界樹でさえ喰われた。
円を描くように中央地域が空になると、黄金竜は生き残ったものたちを殲滅してまわった。
ドワーフが鍛えた真銀の刃がその鱗に傷をつけたが倒すには至らず。
ハイエルフの大規模な儀式魔法がその翼に傷をつけたが倒すには至らず。
人族の英雄たちがその牙に、爪に、数えきれぬ傷をつけたが倒すには至らず。
立ち向かう術なく蹂躙される人々を救ったのは、夜よりもなお昏い瞳をもつとされる暗竜、マリグロビド。
暗竜はすべての種族と力を合わせ、黄金竜を封じる事に成功する。
その封印が解けぬよう、鍵をいくつかの宝珠に変え、自分に従う何人かにそれを守るよう言いつけた。
ドワーフたちは宝珠を守るため西に逃げ延び、山を掘り、広大な石の王国を作った。
エルフたちは宝珠を守るため二手に分かれ、一つは南の大森林に根付き、世界樹を育てた。
我々は東に向かった。暗竜とともに。
暗竜の導きに従い、最後までともにあった我々には暗竜の加護ともいえる奇跡が起きた。
金髪は銀髪に変わり、白磁の肌は褐色の肌に変化したのだ。
魔力はより強靭になり、身体も頑健になった。
そして私たちは暗竜の導きに従い東の果てに住む地を得た。
それがこの森だ。実り豊かな大森林で世界樹を育み、慈しみ、生きて、死ぬ。
自然を愛し、戦士を育て、宝珠を守り。我々ダークエルフは誇り高く生き、誇りを持って死ぬのだ。
「らぐなれくさまにほおぅじゅをささげぇなくてぇはあああああ。おとうとはもってなかったのだから、あなたがもってるぅんでしょおお?」
頭部を殴られた時のように、眼の奥がチカチカする。
発狂する直前なのかもしれない。
宝珠を捧げると言う事は、かつての災厄を再びこの世に呼び込む事に他ならない。
すべての種族を、世界を、自分たちの手で滅ぼそうとする事に他ならない。
「狂ったか!?エリーテララベス!!!!!!」
松明の火を思わせる炎の精霊が私の身を封じる蜘蛛の巣を焼き払う。
「ナジェッダ!?」
護衛のナジェッダが呼び出した炎の精霊は二人を覆う蜘蛛の巣を焼き払うと、するすると蛇のように細長い炎に変わり、守るように周囲を飛ぶ。
炎の精霊を使う事は大森林での禁忌の一つだった。
親和性のある他の精霊たちと違い、炎の精霊は高位のエルフでも扱うのが難しい。
一つ間違えれば森を焼き、森の民の命を奪う事になる。それゆえ、よほどの事が無い限り誰も使おうとはしない。
「姫、聞かれましたか」
ラグナレク。
その名を聞いたナジェッダの眼からは怯えが消えていた。
宝珠を渡すわけにはいかない。ならば、自分は死してでもその使命を果たさねばならない。
私はナジェッダの覚悟に気付き、しっかりと頷く。
「ならば、御身はこのナジェッダの総身を持ってでも碑石に届けねばなりません。ダークエルフ1000年の血が健在であることを、暗竜様の遺志を継ぐ戦士の生きざまを、我が全身全霊を持って彼奴らに見せてやらねばなりませぬ」
「・・・大義であったな、ナジェッダ」
「おさらばでございます、姫様」
最後に浮かべたのは、花のような笑み。
「顕現せよ炎帝。精霊憑依!!」
灼熱の炎に包まれたナジェッダが紅蓮の炎を剣に変えてアルケニーたちを切り裂く。
私は走った。振り返る事はもうしない。目的の場所まで、あと少しなのだから。
「ほおおのおおおぉおお?あああああっはははははははははは!!!!!むだよおお?ベェエスウウティアアアアア」
蜘蛛の足をカシンカシンと鳴らして。エリーテララベスはその赤い髪を鬼女のように振り乱して叫んだ。
数少ない炎の精霊の加護を持つアルケニー。彼女を倒すことは、ナジェッダにも難しいかもしれない。
だが、時間は稼いでくれるはずだ。
精霊憑依は精霊魔術の極み。
無限に近い魔力を得る代わりに、相性の合う精霊以外を降ろせば死ぬ。そういう種類の魔術だ。
そして、炎の精霊と相性の合うエルフなど、ダークエルフなど、存在しない。
ナジェッダは死ぬ。いや、もう死んだ。私の乳兄弟。私の義姉。彼女は、堂々と殉じて見せた。
僥倖なのだろう。
最後の護衛がナジェッダだったことが。
私の手に、宝珠があることが。
すべてが薄氷の上にある。
だが、まだ、終わってはいない。
私は走る。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夢を見ていた。
焼けた森。傷つき倒れていく森の民。
誰もが悲痛に呻き、絶望に顔を伏せ、戦い、敗れ、死んでいく。
それは世界の終わりだった。
絶対に勝てない戦い。絶対に抗えない死。何もかもが朽ちていく中で・・・。
ベスティアと呼ばれた一人のエルフが涙一つ見せず走り続ける。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『大いなる転輪、その最果てに立つ祖霊に願い奉る』
『偉大なる血に連なる我が名のもとに、かなたよりこなたへ、真なる救いをもたらしたまえ』
謳うような呪文が聞こえる。
その声はとても綺麗で、力強く、そして、悲壮で切実な響きを持っていた。
『求めるは・・・・・・導き手、紺碧の吉鳥、一振りの刃を掲げ双眸に意志ある者』
それは確かな躊躇。凛とした声に混ざる影。
清涼感すら感じる毅然とした声の中には、隠しようのない気高さと、隠そうとするためらいと、隠しきれない痛みを感じる。
うっすらと、やがてはっきりと。この世界の輪郭が見えてくる。
戦の気配、血の匂い。咆哮が聞こえ、この世界がどれだけ死に隣接しているかがわかる。
この世界はもう終わりだろう。
それでもなお、誰かが俺を呼んでいるのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「・・・スさ」
「おき・・・」
自分を呼ぶ声が二重に聞こえる。
誰の声だろう。俺が二人いるような、奇妙な感覚。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『其は三千世界に名を響かせ、あまねく光で四海を照らしだす』
『其は千万無量の大魔導、百死に揺らがず、なお闘いに身を置く守護者』
大陸の東端にある大森林のさらに東の端、森を抜けた小高い丘の上にその碑石はあった。
褐色の肌、腰まである銀髪を朱に染めた美しいダークエルフがひざまずく。
この碑石こそが、太古の昔に暗竜が残した召喚のための道具だった。
ハイエルフの王族の血、膨大な魔力、失われし転輪に届くだけの真言。
そのすべてを満たしたとき、足元に広がる魔法陣が赤く明滅し、碑石が一つの奇跡を起こす。
それは英雄の召喚。異世界からの救世主を求める奇跡。
血が絶えるとき、世界が滅ぶとき、限られた条件のときにだけ使う事が許された最後の秘術。
呪文にこめられた魔力が増すと、碑石の周囲には七つの刻印が浮かび上がる。
ぴしり、と乾いた音を立てた次の瞬間、碑石は砕けて砂礫に変わる。七柱の神々を表す刻印が赤い光を帯びて浮き上がり、砂塵を巻き上げながら積層型の巨大な一つの魔法陣を築く。
『英霊の極みたるものよ!!我が声に応え、蒼穹の天より来たれ!!!!』
ベスティアの叫びとともに閃光が溢れ、地上の魔法陣に魔力が満ちる。天空から竜が下りるかのような稲妻が落ちるのと、俺がこの世界の大地を踏むのは同時だった。
こんな風に、直接戦うことになるのは、何回前が最後だっただろうか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
戦わなければならない。助けられるなら、俺は助けたい。
何かがフラッシュバックする。
傭兵の剣が俺を両断する。
魔神の牙が俺の臓物を咀嚼する。
黄金の手刀が俺の肺腑をえぐる。
「・・・シスさ・・・」
「おき・・・ス・・・」
助けを呼ぶベスティアの声。
心が俺じゃない誰かと重なっている。
遠く、遠く、俺を呼ぶ声。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
碑石に召喚された俺の前ではベスティアが跪いていた。
高度な召喚魔法を成功させ、もう精も根も尽き果てたといわんばかりの顔をしている。
何かを喋ろうと口をあけ、何も言えず口を閉じる。
俺はそれを黙ってみつめる。
もう一度ベスティアの口が動いたとき、轟音が森から響いた。
森の木々をなぎ倒して攻め寄せる禿頭のオーガの群れ。
その赤銅色の肌は並みのオーガの身体をさらに一回りは大きくしたように見える。理性を奪い、戦うことだけに特化させたオーガバーバリアン。
アイアンゴーレムと変わらぬ強度の皮膚と人間よりもでかい戦斧を持った戦の申し子だ。
なにもしなければ、あと10回も呼吸しないうちに俺もベスティアも屍に変わるだろう。
嵐のような暴力の塊。
俺は4体のオーガバーバリアンに向かって手をかざす。
「鋼の螺旋、鈍色の牙、奮い踊りて器を満たせ」
無数に生み出された魔力の光弾が乱舞し、オーガバーバリアンの皮膚に触れ、貫き、爆発四散する。
まばたき一つほどの時間で巨大な骸が四つ積み重なる。
ベスティアは震えるように細い息を吐くと、許しを請うように跪いた。
「どうか、宝珠が敵の手に渡らぬよう、お力をお貸しください。私はベスティア・ホワイトモア。この東の世界樹を治めるダークエルフ族の代表であり、古のハイエルフの血に連なる者です。暗竜様に連なるお方。どうか、どうか願いをお聞き届け下さいますよう。伏してお願い申し上げます」
それは宮廷の中でも通じるような、優雅な礼。
国王に拝謁する時のような丁寧さで頭を下げるダークエルフの王女を前にして、俺は下唇をつきだす。
「気にいらないな」
「従僕も連れず、捧げる供物も無く呼び出しましたことはお詫び申し上げます。滅びの瀬戸際でお呼びしました事、何卒ご容赦下さい。もし気が収まらぬのでしたら、私の命を供物として捧げるとお約束させて頂きます。どうか、今はそれでお許しください」
本気で言っているのだろう。
だが、俺が怒っているのは、そこではない。
宝珠は敵に渡さない。それは大前提だ。
封印が解ければラグナレクが現れる。それはつまり、俺は、また本物の神と戦う事になるということだ。
そんなのは嫌だ。いくらなんでも御免こうむる。
すでに終焉が背中に張り付いているこの世界で、破壊神が蘇るようなら、もうそれはゲームセットだろう。
俺の目的は破壊神を蘇らせないこと。おそらくそれが最後の生命線で、それさえ守る事ができれば世界はかろうじて生き長らえるはずだ。
じっと、俺はベスティアを見る。
俺は、マリグロビドが送り出した最後の希望だ。
俺には最後の希望だという自負と、力と、これまでの経験がある。
ちくり、と俺の心に何かが刺さっているのがわかる。
それは前の世界の後悔か、無念の想いか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それは後悔だ。負けて、世界が滅びて、それでもなお戦う事をやめず、俺はこの場所へ来た。
俺は・・・??俺は、誰だ??
魂が重なっている。俺とこの男は違う。
でも、この男が彼女を助けたいと思っている。それは俺と同じだ。
(いいや、違う)
頭の中に、男の声が響く。
・・・違う?
(俺とお前は違う)
何が違うのだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ベスティアの顔は毅然としていて美しい。
だが、俺は、それが気に入らない。
世界の危機だとか、先祖から託されたモノだとか、それは確かに大切だろう。
自分の命を犠牲にしてでも守りたいものがある、それは美しい事だろう。素晴らしく尊いことだろう。
だが、滅びの美学なんてものはくそ食らえだ。
滅びの瀬戸際だ、と彼女は言った。
種族の代表だ、とも彼女は言った。
ならばもがけ、ならばあがけ、例えここで終わるのだとしても、自分から先に終わってやる必要がどこにある。
諦めた顔をするな。抵抗して抵抗して抵抗して、ありとあらゆる死力を尽くしてなおダメだというなら。
「宝珠は守る。転輪の盟約に従い、俺はここにきた」
手を伸ばし、跪いたベスティアの頭をなでる。
妹に触れるように。娘に触れるように。
歯を食いしばり、自分一人ですべてを背負おうとするものに、俺がここにいるぞとわからせるように。
嗚咽が漏れた。
堰を切ったように涙が溢れ、震えるベスティアが押し頂くように俺の手を掴む。
その顔をくしゃくしゃに歪ませて、震える手で、震える声で彼女が言う。
「・・・・・・・・・・・・助けて、下さい」
涙混じりのその声は、何も背負っていない、ベスティアの素の声だ。
その言葉が。その言葉だけが、俺の戦う理由になる。
この世のすべての理不尽に。神に、運命に、世界に、挑み続ける俺の背中を押してくれる。
人がもがき、あがき、死力を尽くし、それでも叶わぬ絶望がそこにあるというなら。
なにもかもを賭け、敗れ、それでも踏みとどまって、上を向いて助けてくれというなら。
そこから先は――――――。
「俺に任せろ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
魂がはじけた。
男の身体の中から追い出されるように飛び出した俺に、男が言う。
「お前は、お前の場所へ帰れ」
「俺は・・・いや、あんたは?誰なんだ?」
苦笑するように男が下唇を突き出す。
「稀人よ、誰かを助けるのも、命を賭けるのも、お前一人のわがままだと知れ」
「・・・助けたいと思っちゃいけないのか?」
「お前を助ける為に傷つくものがいても、同じことができるか」
「なに?」
「縁は繋がり、円を成し、螺旋の如く積み重なる。もはやお前は異世界の孤児では無いということだ。お前が傷つくならばと横に立つ者、背を護る者がいる。お前が死ぬならばと、命を賭けて助けに向かう者すらいる」
胸に穴が開いたような気がした。ぽっかりと大きな穴が。
「お前の望む何かを成すために、仲間や家族に死ねと言えるか?言えるならお前は英雄だ。残念なことにな」
「・・・残念?」
「英雄とは地位ではなく思考だ。奴らはみな、本来もっとも大切にすべきものを軽く扱う。他者の命が何よりも尊いものになり、救うと言う行為のためなら己の命を捨てる事も厭わない」
「そんな・・・・・・馬鹿な」
「自覚はないか?お前自身の命が、他の何かよりも軽くなっていると感じる事が本当にないか?」
とん、と、軽く、男の拳が俺の胸を叩いた。
「忘れるな。一番重い己の命を。お前の命に繋がるものを犠牲にしてまで成すべきことなど、この世に幾つもありはしないことを。己を軽く見れば、己と共にある者の命も軽く見る。一度そこに傾いた価値観は簡単に戻るものじゃない」
「・・・・・・どうすればいいんだ」
「耳をすませろ」
遠く、遠く、遠く。誰かが俺を呼ぶ声がする。
「誰かを呼ぶ声じゃない。お前を呼ぶ声に奮い立て。お前にしか救えないものを、お前にしか縋れないものの声を聞き分ける事だ・・・・・・それだけが、人でなしの英雄を人間に繋ぎとめてくれる」
「・・・あんたは?」
男の姿が遠ざかる。
声が大きくなる。俺を呼ぶ声。今はそれが誰の声なのか、はっきりとわかる。
「俺は、元英雄さ。救いきれず負け続けた、できそこないのな」
少し削ったのですが、もっと読みやすい形式があったかもしれません。難しい。
年内にまだ更新します!休みって小説かけて良いなぁ!!(笑)




