表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/86

その次はあんただご老体

問題は依然山積みだ。

南方でも魔獣の被害は増加傾向にある。対応できているのは冒険者の力・・・だけではなく、各領地の騎士たちの力でもあった。発見から殲滅まで平時では考えられない素早い対応ができているのはエルフとの戦争状態で戦支度ができているからだろう。

しかし、それも最近では形勢が悪くなっているようだった。

少数ながら魔神のようなものの目撃例がではじめており、わずかにだが、間違いなく冒険者や騎士の死者が増えている。

最悪の状況を想定してこの三年を過ごしてきたが、国家としての南方は限界にきているとスレイマンは強く感じていた。


手駒の数、敵の数。どう計算してもまだ戦力が足りない。

目的を達するためにいつ動くか。

機会は準備に関わらず訪れるものであり、その機会に動けなければどんな準備もすべて無駄になるのだという事をスレイマンはこれまでの人生で痛感している。


なにもかもが手遅れになる前に。

その時が来たのなら、たとえ足りない戦力であっても動かなくてはならない。



カイバン夫妻との話を終えて、何点かの現実的な手段を考えながら戻ってきたスレイマンが見たものはアルドと傭兵たちの口論だった。

少し離れた所からでもよくわかる。

大きな声で難癖をつけている三人の傭兵とそれをどこ吹く風だと受け流しているアルドの姿。


「どうしたアルド」

「旦那!・・・すみません、妙なのに絡まれちまいまして」

「獣人野郎!奴隷の癖に俺たちを笑いやがったな!?」


苦笑するアルドを見て傭兵たちの一人が激昂する。


「ふむ・・・事情はわからんがこの獣人は私の所有する奴隷だ。非礼があったなら詫びよう」

「詫びれば済むと思ってんのか爺さん?俺たちはビルブラッド傭兵団だぞ」


男たちはそう言って笑うが、その顔には自負よりも自嘲、自虐の色が強いとスレイマンは見て取った。


「団長が取り調べを受けている中で様々な葛藤があるのは理解する。同情もしよう。だがお前たちが問題を起こせばビルブラッドが罪に問われるかもしれんのだぞ?・・・背負った看板はお前たちの誇りだろう、だがその看板を背負いこんだからには義務も責任もあるはずだ。酒を飲むのも賭博に興じるのも女を買うのも悪くない。だが喧嘩は駄目だ、やめておけ馬鹿者」

「うるせえぞ爺!!」


スレイマンに掴みかかった傭兵の腕をアルドが遮って掴み返し、折れろとばかりに捻ってから蹴り倒す。


「あがぁ!?腕がああああああ!!」

「サンスリー!!?」


「・・・折ろうと思ったんですが以外に頑丈ですね。俺が衰えちまったかな?」

「衰えたのは俺の方だ。月並みな言葉だが歳には勝てんな。我ながら情けない」

「冗談でしょう?旦那は南方一の戦士ですよ」

「昔の俺なら睨むだけで十分だった。それがどうだ?殺気を隠したままじゃ雑魚にも掴みかかられる」


ため息まじりに苦い顔をするスレイマンに対して別の傭兵が剣を抜く。


「てめえ、もうただじゃすまさねえぞ!!」

「・・・馬鹿者が。剣は命を絶つ武器だ。抜くなら覚悟はしておけよ?」


唐突に空気が変わり、三人の傭兵たちが息を飲む。それは戦場の空気だった。

目の前にいる一人の老人の身体からにじみ出るのは間違いなく傭兵たちが良く知る戦場の匂い。

それも並の戦ではない。血反吐を吐いて生き残るために死力を尽くすような激しい戦の香りだ。

逃げる事もできず、目の前にたつ相手を葬らなければ己が土に還ることになる。そんな確信があった。


「あ、兄貴!」

「お前が先に抜いたんだ、下がるんじゃねえ」


動揺する二人の傭兵を守るかのように前に出たのは三人の中で最も厳つい顔をした男だ。

その厳つい顔とは逆に、男の革靴、皮手袋が二人のそれより綺麗で上質なものであることをスレイマンは見てとった。

同じ傭兵団の装備に、ほんの少しの違い。それは階級が上だと言うことなのだろう。

笑みを浮かべたスレイマンが言う。


「十人長か、百人長だな」

「シフォーという。ビルブラッド傭兵団で百人長をしている」


端的に答えながらシフォーは冷静にスレイマンの隙を伺い・・・そして、隙がまったくない事を理解する。

強い。

それを認めたシフォーは即座に、戦うための指示をそれとわからぬよう仲間にだした。

逃げられる相手でないのなら逃げるべきではない。

仲間がコカトリスの尾を踏むような愚かな真似をしたのは間違いないが、もはやそれは過ぎたこと。

今は戦い、倒し、生き延びるための手段を考える段階になっている。

思考の切り替えの速さ、現実を受け止めながら変化する状況に対応する能力こそがシフォーの持つ最良の武器であった。

例えどれほどの強者が相手なのだとしても、格上相手への挑み方さえ間違えなければ一矢報いる可能性は必ずあるのだと彼は信じている。


己の腰にある得物に手をかけ、シフォーはそれが使い慣れた剣でない事に一抹の不安を覚えた。



おもえば最近は運の悪い事ばかり続いていた。

対外的にはエルフ相手に破竹の勝利なんて事になっているが、実際には勝ったり負けたりの繰り返し。

ビルブラッド団長の采配があるからこそ自分たちはどうにか勝ち越しているが、それ以外の南方軍や領主軍はむしろ数で劣るエルフたちに翻弄されている様子だった。


南方王直々の密命とやらでダンブランまで行けば特に何と戦うでもなく。

団長の命令で自分がこなした仕事にしても正直うまくいったのだかいってないのだかすらよくわからない。間違いなくわかっているのは、その仕事をした後で少し自分が変だったことくらいだ。


妙に暴力的になり、普段なら言わない事、やらない事をたくさんやった。

たいして好みでもない猫獣人に懸想して酒場で大喧嘩したあげく、金貨十数枚かけて作らせた特注の剣を魔術師に砕かれるなんて無様にもほどがある。


やむなく支給品の剣を貰って南方に戻れば今度は団長が盗みの罪を疑われて投獄される始末。

千人近い団員はバラバラに宿屋だの神殿だのに泊まらされ・・・飯も寝床も与えられてるが監視付きで飼われているようなものだろう。面白いはずもない。


暴発しやすい部下を適度に息抜きさせてやろうと誘えばこの有様。

まったくどうかしてる。運命神レプロンの加護がなくなったのだろうか疑いたくなるくらいだ。


「若いの。やるのか?」

「・・・そうだな、それじゃ横の獣人から叩きのめさせてもらおう。その次はあんただご老体」

「2対3じゃ勝ち目が無いものな。1対3を2回の方が少しはマシだ、よくわかっ・・・・・・」


次の瞬間、いくつもの出来事が重なった。



スレイマンの言葉は間違っていない。

確かにシフォーは言葉で誘導し、1対3の有利な状況を作り出そうとした。

だがスレイマンが見抜いたのはそこまで。

実際にシフォーが剣を抜いて切りかかったのはアルド相手ではなくスレイマンへであった。

事前に符丁で目標を伝えられていた仲間二人も同時に動き、一糸乱れぬ三本の剣がスレイマンを襲う。


アルドは自分に来ると思って構えていた分だけ、スレイマンは自分に来ないと思っていた分だけ反応が遅れた。


ほぼ同時に打ち込まれた三連撃はシフォーの隊でよく使われる連携であり、必勝の陣形でもあった。

傭兵の仕事は騎士とは違う。一対一の武功など不要だとビルブラッドは団員に徹底的に教えこむ。

生き残らなければ褒賞を得る事はない、何人殺しても自分が死ねば無駄死にだとビルブラッドは言う。

必ず相手より多くの仲間で囲み、盾、斬り込み、とどめと役割分担を守らせる。

各隊ごとに多少連携の違いはあれど、戦術の基本はこれだけだ。

大勢でかかり小勢を葬る。



誤算は三つ。


実際の所、シフォーの選択は戦うよりも逃げる方が正解であった。

宰相スレイマンは南方で侯爵の地位にある大貴族であるため、ここで傭兵を手打ちにしたところでなんら罰せられる事はない。

だがそれはスレイマンの望むところではないし、今は揉め事を起こしたくない時期でもある。

シフォーが謝罪して逃げ帰る未来は確実に存在していたはずだった。

ビルブラッド不在の不安からくる焦りと、ダンブランでの残滓が、無意識の内にシフォーの判断を間違えさせて戦う方へと傾けてしまった。これが誤算の一。


「さすがにビルブラッドの百人長よ」


呟きながらスレイマンの身体がゆっくり一歩下がる。

それは単純なようでいて最も難しい、間の外し方。

三本の剣が一番効果的に交差するはずの場所を容易くずらして死に間をなくす。

三本の剣を同時にいなすことは手が二本である以上達人にも困難だ。

だが一本ずつ振られる剣を三度いなすのは、さして難事には当たらない。


虚を突き反応を遅らせただけでは、グランの三騎士であるスレイマン・グランダルトの業を超えられない。

後手に回ってなお、スレイマンの初動は傭兵たちの先手より速いのだ。

これが誤算の二。


そして誤算の三は・・・。



「あだっ!?」


サンスリーの頭に勢いよく投げつけられた一つの林檎。

それはこめかみに叩きこまれてぐしゃりと砕けた。


思わず剣を止めた傭兵たちが目を向けた先では、軽薄そうな冒険者が「しまったな」という顔つきで袋詰めの林檎を持って立っている。


「あー・・・なんだ。爺さん、邪魔しなくても大丈夫だったみたいだな」


傭兵たちの符丁を見抜いて、咄嗟に横やりを入れてしまった男。

彼からすれば横やりを入れてしまった事は誤算であったといえる。


そしてシフォーとスレイマン。

二人がここで、A級冒険者≪誑し込み≫のフェイと出会ってしまった事は、どちらにとっても最も大きな誤算であった。













時の螺旋が回る。人は歩き、人と交わる。

いまだ交わらぬ螺旋もまた、いずれは大きく動き、触れあい、重なり合う。

今日、偉大なる大地の下で、一つの縁が繋がった。

運命は動き出す。

無数の螺旋を積み上げて大海へ船出する彼らに、



吹く風は、いまだない。

いつもありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ