それがグランドゥエルの選択か?
「あー・・・なんだ。爺さん、邪魔しなくても大丈夫だったみたいだな」
「な、なんだてめえは!?」
「いや、悪気はなかったんだって。いつもなら無視するんだけどもちょっと気になっちまってさ・・・・・・あああ、ダチ公の悪いところがうつっちまったかなぁ、畜生」
くすんだブラウンの髪をわしわしと指で撫でつけるフェイに三人の傭兵が切っ先を向ける。
フェイは苦笑しながら林檎の入った紙袋を置くと、両手を開いて空気を押しやるように前にだした。
降参のポーズだ。
シフォーはゆっくりと距離を取りながらフェイの腰の双剣を見て、続いて首にかけられたA級のギルド証を見て小さく舌打ちする。
虎獣人、馬鹿げた強さの老人。さらにA級の冒険者。運命神レプロンは完全に敵にまわってしまったようだ。
「よくわからないが、貴族と傭兵の喧嘩って事で良いんだろ?俺の事は忘れて続きをやってくれ。な?」
「A級の冒険者なら腕に覚えはあるだろ?こちらは見ての通りの年寄だ。ご助力いただけるなら相応に礼はするがどうだろうな?」
「よしてくれよ爺さん。北から来たばっかりで揉め事なんて御免だ・・・だいたい、助力なら傭兵の方に必要なんじゃないか?」
「ビルブラッド傭兵団が冒険者に助力など仰ぐものかよ・・・なあ、若いの」
スレイマンに言われ、シフォーは同意の頷きを返す。
それはビルブラッド団長が決めた血の掟の第一条に定められている言葉だ。
いわく、ビルブラッド傭兵団に所属する者は冒険者に依頼するべからず。
冒険者は嘘つきであり、仁義を持たず、ただ金と利に聡い屑だとビルブラッドは言う。
自分たちは傭兵で、金と利に聡くとも、嘘はつかず、仁義に背かず、契約の神マリーシャイに誓って偽りなく戦いに臨む。
武功を挙げようと余計な事をする騎士。見栄を張り、必要な事さえしない冒険者。
自分たちはそのどちらとも違う誇り高き傭兵なのだと、ビルブラッドは謳い、戦い、結果を出してきた。
「たとえ負け戦であろうと、我らビルブラッドの傭兵が冒険者に頼むことなどありはしない」
「そうかい!そりゃご立派な信念だ!!邪魔したな」
くるりと背を向けて歩き出そうとするフェイを見つめながら、トゥーニが小さく首をひねった。
その目を半眼に細めながら言う。
「・・・どこかで会ったか?」
「・・・・・・は??」
フェイは本気でわかってない顔で返すが、トゥーニはフェイの顔にかすかな見覚えがあった。
言われてみればシフォーもフェイの顔を見たような気がする。
脳裏にはフェイと、もう一人誰かの顔がぼんやりと張り付いている。
「ビルブラッド傭兵団に知り合いなんざいねえよ。だいたい俺は普段ダンブランにいるからな。南方に知り合いなんて全然・・・」
「・・・お前、椅子の・・・!!!」
「椅子??・・・・・・いぃ!?もしかしてベイズ・ベリーズでドミ相手に騒いだのって・・・!!」
その言葉を聞き終わるまでも無く、トゥーニが剣を閃かせてフェイに斬りかかる。
「よせって!?」
腰の双剣を抜かずに体術だけでトゥーニの剣を見切ってかわすフェイには相当の余裕が見て取れた。
スレイマンは顎に手を当てて考える。
傭兵に斬りかかられても素手でいなせるだけの腕。
自分でも気が付かなかった傭兵たちの目配せを遠目から見抜く眼力。
北から来たA級冒険者の、双剣使い。
「・・・ふむ。どうだ、その冒険者を叩きのめせたら、さっきの件は不問にしてやろう」
スレイマンの言葉にフェイの眼が零れ落ちそうなくらい見開かれる。
「おい爺さん!恩を仇で返すのかよ!?」
「ギルド証で見る限りはA級冒険者だろう、死にゃあせんよ」
「冗談じゃねえ!!」
「・・・二言はないな、ご老体」
「なんでお前やる気になってんだよ!?」
A級冒険者の強さを知らないシフォーではない。
ただ老人よりも弱いと踏んでの即断である。
「トゥーニ!サンスリー!!龍爪陣をかけるぞ!!」
「「おう!!」」
傭兵たちは機敏に陣形を組み直し、三人並ぶと一直線にフェイへと駆け出す。
それはまさしく一匹の龍を思わせる怒涛の突撃。
背後の二人を背中に隠しながら斬りかかるシフォーが、フェイの間合いに入る直前で無詠唱の火魔術を放つ。
目くらましのように広がった炎はフェイを包み・・・こめなかった。
「俺を踏み台にした!?」
半瞬早く駆け出したフェイは闇色の魔弾をシフォーの肩口に当てながら、それを台の代わりにして宙を舞った。目標を失った空間にシフォーの火魔術が拡散する。
本来龍爪陣は先頭のシフォーが魔術による目つぶしを行い、その隙をついて背後に隠れていたトゥーニ、サンスリーが左右から展開。目標を挟み込むように斬り倒すシフォー隊必殺の陣であった。
だがその技は宙から俯瞰するフェイからは丸見えだ。
シフォーの背後から今まさに飛び出そうとするトゥーニ、サンスリーに向かって闇色の魔弾が無数に放たれる。
「あがっ!?」
「どぅわっ!?」
したたかに倒れ込んだ二人の部下を尻目に、龍の頭は止まらない。
走り込んだ勢いのまま反転したシフォーの斬撃が宙から大地へ戻るフェイを襲う。
「ちょ・・・まてって・・・なんで・・・俺、が・・・こんなっ、めっ、にぃ!?」
時に魔弾で剣の腹を叩いて剣筋を乱し、時に魔弾を足場にして軽業師のように動きながら、下段から伸び上がるシフォーの剣を素手のフェイがかわしていく。
「どう見る、アルド」
「強いですね。確かにA級・・・それも北の王都にいるような雑魚とは違う本物だ」
「A級に見えるか?」
「・・・・・・・・・・・・まさかS級ってんじゃないでしょう?ギルドカードにゃA級ってありましたよ旦那」
「なんで奴は、剣を抜かないと思う?」
スレイマンの言葉にアルドが首をかしげる。
「自分の実力を見せて旦那に売り込もうって腹じゃないですかね。そう考えたら案外傭兵ともグルかもしれやせん」
「違うな。ありゃ、俺への牽制だよ」
「・・・旦那への牽制?」
「あの冒険者、傭兵三人に囲まれながら意識はずーっと俺に向けてやがる。剣を抜けば長さが知られる、長さが知られたら俺と戦う時に不利になる。だろ?」
「旦那と戦うつもりで!?」
「そうなっても良いように備えてんだな、一丁前な事してくれるよ」
くくっ、と楽しそうにスレイマンが笑う。
「剣の長さを知られたくない、剣の使い方、腕前を見せたくない、魔術だってそうだ。初歩の魔弾だけは仕方なく使ってるようだが、ありゃもっと上の魔術が使えるのを隠してるぞ。三属性か四属性くらい使えてもおかしくない」
「魔術師じゃなく冒険者の剣士が四属性?それだけで騎士爵に収まれそうですがね」
「隠しとるんだろ、そういうのが好きそうなやつだ。レスターの仕込みだな。戦い方がよく似とる・・・あいつめ、こんな加護持ちを隠して・・・・・・いや、違うな」
と、スレイマンの顔が翳り、小さくつぶやく。
「それがグランドゥエルの選択か?そうなんだなレスター」
「・・・・・・旦那?」
魔弾は数を増してシフォーを攻め立てる。
たまらず防戦に回るかと思いきや、被弾をかえりみずシフォーはフェイの懐へと踊り込んだ。
「猪かオッサン!?」
正直に言えばシフォーの腕はフェイの予想よりも数段上だった。
以前にダンブランで見たような酔い任せ、力任せの雑な剣筋などまったくない、むしろ貴族のような繊細な剣を使うことに驚きを覚える。
剣に理があり、戦術に知がある。
しかし、それでもフェイから見ればシフォーの剣は恐れるに足りない。
力でラズンズに及ばず、技でサンドラップに及ばず、おそらく火魔術はダーナに及ばず、そして、速さと手数で自分に及ばない。
「オッサ・・・このっ!?」
剣を抜かずにさばいていたフェイの前髪をほんの少し刃がかすめた。
恐怖は無い。絶対に自分より弱い相手だ。少なくとも虎獣人や得体のしれない老人の方が遥かに強者だろう。
にもかかわらず、シフォーの剣は少しずつだが確実にフェイに迫りつつあった。
計算、予測、戦いながらフェイの挙動の癖を見抜き、一手先に回り込めるように構築しながら剣を振る。
五手先の攻防を、十手先の攻防を。読み続けながら戦術を組み立てていく。
「なにもんだてめぇ!?普通の傭兵じゃねえな!?」
たまらず大きく後ろに跳んだフェイが闇色の魔弾を踏んでくるりと宙を舞う。
「漆黒の渦、黒檀の飛礫、集い重ねて白夜を染めろ!」
フェイの手から馬車の車輪を思わせる闇色の光弾が放たれた。
大きさのままの威力だと言うなら、当たれば馬車に跳ね飛ばされるようなものだろう。シフォーは冷静に見切って最少の動作でかわすとさらに踏み込み、フェイに迫る。
「・・・なるほどな」
スレイマンの呟きと同時に、大きく弧を描いて戻ってきた魔弾がシフォーの右手に突き刺さった。
「・・・っ!!」
痛みはなかった。
右手に当たった車輪状の光弾は姿を変えて手錠のような形になると、その手首と剣を繋いだまま固着する。
単純に手と剣を拘束されたのではなく、空間に固定されて腕を動かすことさえできなくなったシフォーは諦めて天を仰いだ。この条件の中では、仕方がない敗北だと自分を慰める。
「俺の負けだ。ご老体、部下の件も詫びる。どうか寛容な処罰を頼む」
「いやいや、良い物を見せて貰った。ビルブラッド傭兵団の腕もなかなかに侮れんな。嬉しい誤算だ」
にこやかに近づいてくるスレイマンを見ながら、フェイはひそかに身体強化の密度を上げる。
ゆっくり。丁寧に。目の前にいる老人を上位魔神だとでも思うかのように。
「そう構えるな。俺は見ての通りの年寄だぞ」
「何が見ての通りだ」
「怒るなよ、お前さん加護持ちだな。夜と嵐の神サンダラプタの加護で星4か。星5なら面白いがまあ4だろうな」
「なっ!?」
「星4の加護は伝説級。夜と嵐の神サンダラプタの加護は特に希少で知られていないが、星4ならば固有魔術が解放されているはずだ。属性は【影】。魔弾に見せかけ手数を増やして、牽制や拘束術として使っているようだが、実際には、即死を狙える重い一撃が本命。といったところだろう」
とっさに動いたフェイが腰の双剣に手をかけようとした瞬間、烈風のような剣気がスレイマンの身体から放たれた。
S級の壁を感じるその剣気に抗いながら、どうにかフェイは指先を自分の得物に這わせる。
「まだ動くか。重畳重畳」
スレイマンの言葉に答えることなく、フェイが頭の中に思い浮かべるのは南方のS級冒険者の二つ名だ。
≪慟哭≫≪炎の翼≫・・・違う、水や炎の使い手じゃない。
≪貫く魔槍≫・・・槍使いのS級か?いや、しかし槍は見当たらない。だいたいS級にしてもこの強さは・・・。
老人はギルド証を下げていない。南方で自分が勝てないほどの強者。そして冒険者ではない人物。
フェイの頭に一人の名前が思い当たる。
それは義父レスターと同格であり、南方最強と誉れ高いグランの三騎士。
「爺さん、もしかして≪ケ・・・≫」
「スレイマン・グランダルトと言えば北の冒険者でもわかるだろう?」
「・・・あー、やっぱ、グランの三騎士か」
フェイは身体強化を解いてだらりと肩を落とすと、手のひらで顔を覆った。
「あー、もう、なんでこんな面倒な事になっちまうんだか」
「善意で助けてくれたものを試すような真似をして悪かったな。ところで、冒険者と傭兵に仕事の依頼があるんだが、どうだろうな?」
「嫌だね。どうしても依頼したいなら爺さんの家と屋敷と領地でも持ってきな。綺麗な女の子も付けてな」
「俺も断る。団長の身柄を返して貰えるならともかく、勝手に依頼など受けられん」
くくっとスレイマンが笑い、言う。
「いいだろう。その条件で構わん・・・・・・なにを呆けた顔をしておる。屋敷に行くから馬車に乗れ」
いつもありがとうございます!!




