妙手とは言い難い
目の前でフェイが死んだ。
明滅する刃がフェイの双剣を断ち切り、そのまま胸に吸い込まれていく。
「フェイ!!!!!!!」
走り出そうとするセルシスをダーナとアンリが掴んで止めた。
「離せよ!?邪魔するな・・・!!!」
その手を振りほどこうとするが、二人の手は万力のような強さでびくともしない。
魔竜の咆哮が響く。
遠くではサンドラップとラズンズが巨大な魔竜と戦っていた。
それはエルフの里で戦い、討ち滅ぼした魔竜の片割れ。
血だらけのサンドラップは槍を杖の様にして膝をつき、ラズンズは片耳を削がれ、目を抉られている。
剣戟の音が四方八方から押し寄せる。
魔宮で見た冒険者が、ダンブランで見た冒険者たちが、傷つき、倒れて次々と死んでいく。
気が付けばアンリとダーナの姿は既になく、二人とも重なるようにして血溜まりの中に沈んでいた。
『砕けろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
魔力を限界までこめて叫ぶが、何一つ壊せない。
契約した精霊を呼び出すこともできず、身体強化も使えず、腰の小太刀すら抜けない。
「稀人よ」
背後の声に振り向けば、そこには倒したはずの黄金の神将が立っていた。
「雌雄は決した。此度の奮戦は見事であったと讃えよう・・・・・・誇らしく己が世界に帰るが良い」
「なんだよ、なにがどうなってんだ!?お前・・・!!!」
「死に戻るのが望みなら、それも一興だ」
神将の手刀が閃き、セルシスの右腕が宙を飛んだ。
「があああっ!!!?」
「逃げないのなら戦え。戦わないのなら死ね。冷徹に振り払う事もできず、激情に身を任せる事もできず、当代の稀人は実に半端な愚物であったな」
神将が嗤う。
「恵まれたまま、その恵みに何一つ報いる事のできぬ貴様に生きる価値は無い。ゆりかごの如き己の世界の中で穏やかに死に耐えていくが幸せであろう」
反論できない。痛みに頭と身体がついてこない。
神将の手刀が閃く。
棒立ちの彼を押しのけるように何かがセルシスと神将との間に飛び込んだ。
盾のように使われた短刀が根元まで砕かれ、クリームタビーの猫耳が鮮血に染まる。
呆けるセルシスを抱きすくめるように、血だらけの彼女は彼を庇ってほほ笑んだ。
「セルシスさま・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・ドミ?」
「・・・どうか・・・・・・ごぶ・・・じで」
その瞳から一筋の涙が落ちて、ドミが動かなくなる。
「おい、ドミ・・・・・・ドミ!!!」
「仕える主君を間違えた雌猫か。忠節は美しいが愚かであったな。このような男にしか捧げられぬとは」
ドミの身体が消えていく。金色のマナになって世界に溶けていく。
死んでいった無数の冒険者たちがマナへと変わっていく。
「・・・・・・だれが、愚かだって」
震える声でセルシスが言う。
「愚かな獣人であったな」
「おまえ!!!!!」
小太刀が抜けた。
怒りにまかせて斬りかかる。
半拍ほどの呼吸で全力の身体強化を使い、フェイですら見切れぬ速さの一撃を叩きつける。
神将はそれを見ながら笑みを浮かべた。
喉元に届く刃を半寸の見切りでかわす。
蹴られた。
それがわかったのは大きく吹き飛ばされて天を仰いだ後だった。
かなわない。加護が教える。本能が理解する。
眼前に立つ神将が正しく神の将であるとわかる。己がただの人間でしかないことがわかる。
限界までの身体強化。到達しうる限界の速度。
積み上げられるすべてをこめた一撃を神将は歯牙にもかけない。
「光あれ」
その光弾は滅びの一撃。
見る事もできず、加護で感じる事さえ間に合わない絶望的な早さの一撃。
かろうじて上半身を起こしたセルシスの頬をかすめるように、神将があえて外して放った光弾が通過する。
かつて魔宮で見た上位魔術を大きく超える巨大な光弾は背後の街並みを飲み込み、ダンブランの城壁に大穴をあけ、森の形を変えながら遠ざかって行く。
「稀人よ、希望なき死のきざはしに足をかけた気分はどうだ?貴様の縋る神どもにできる事は何もない。跪き、頭を垂れ、血の一滴まで我が主に捧げて罪を贖うが良い」
鼓動が大きくなる。
「・・・なんで、こんなことをするんだ」
問いながら肌が粟立つのがわかる。恐怖に歯がガチガチと鳴った。
「我が主に弓引く神々を信仰するものは遠からず滅ぶ運命にある」
神将が嗤う。
「冒険者とは愚かだな。相手の力もわからぬ赤子ならいざ知らず、勝てぬとわかりながら戦いを挑む白痴ばかり」
暴れる心臓とともに、頭のてっぺんまで血が上って行く。
「みな一様に誰かを信じて死んでいく。仲間を。師を。愚かだな、冒険者の頂点が束になろうと我にかなうはずもない。勝ちたければ、いや、今の我に触れたいのなら紛い物の神々でも束にしてこなくてはな」
こいつだけは、許さない。
「稀人よ、お前も何かを信じて我に挑むのだろう。教えてくれないか、この世界の人間でないお前が何を信じて我と戦うのか。神か?友か?なにものがお前を助けにきてくれるのだ?」
ドミを殺したこいつだけは、絶対に許さない。
「知った事かよ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
叫んで飛びかかるセルシスを見て神将が首を横に振った。
全力の一撃を神将は掴み止め、小太刀を柄から叩き折る。
手刀一閃。
セルシスは胴から両断され、意識が闇へと落ちていく。
それは稀人の死であり、セルシスの死であり、この世界の死であった。
「・・・・・・致死の未来視。相変わらずえげつない権能じゃの」
「もう一度バーナベーダに神酒を貰ってみる?この前の毒はバーナベーダの神酒で打ち消せたよね」
「無理じゃろうな、マナ酔いの毒とは違う。昏睡させて死を与えるこれは魔眼の呪いに近い・・・わざわざ世界樹の転生時に発動するよう織り込まれた神の権能じゃろ?何手先を見ておったのかわからぬが、必殺必死の一撃に違いあるまい」
「いまいましい・・・」
ぎゅっとベスティアが拳を握る。
丸テーブルからぴしり、とひび割れたような音が響いた。
「な、ならエルフの秘薬は?あれだって効果はあるはずだ」
「神酒と同系統では効果も薄かろう。さしあたって二、三の手は思いつくが・・・」
「分岐まで見える未来視の権能。己の義務すら忘れて破壊神につき従った愚か者め!相変わらず性格が悪い・・・!!」
めきめきと異音を立て始めた丸テーブルから飛び上がるようにアラヴィスムは立ち上がると、その丸顔に眉根を寄せて言う。
「さすがは一族を捨ててまで大神に従ったものって言っていいのかな?こんな先の未来まで予見して仕込んでおくとか性格悪すぎるよね。見た目は悪くないのになあ・・・ちょ、睨まないでよ!?」
「それよりも問題はこの世界の方じゃろ。これが奴の権能である以上、訪れる未来という事になるが」
「・・・・・・マズイよねえ。こんなの負け確定じゃない。世界が滅んじゃうよ?」
「グランの三騎士が動くだろうが・・・厳しいな」
「旦那さん呼べないの?・・・だから睨まないでよ!?」
図書館を模した異空間の中で静寂が三人を包んでいた。
ベスティアが凍てつく視線をアラヴィスムに突き刺す。
「借りしかない神が、私の夫に何を求めるつもりだ」
「そんな怒らないでよ。彼ならなんとかしてくれるんじゃないかと思ってさ」
「あの人の魂はこの世界には無い」
「・・・物好きだよねえ」
「それは侮辱か?ならば私は及ばぬまでもあなたに刃を向けさせてもらう」
「違う違う違う!!権能の問題だよ。僕とは価値観が違うからちょっと口にでちゃっただけ!!尊敬してるよ?恩だって感じてるもの!!!・・・ただ、もしいてくれたら助かるなって思うのも本当だけどさ」
「そう都合よくいかんじゃろ。利用すれば戦ってはくれるじゃろうが信頼の全てを損なうことになりかねんぞ?」
「そうじゃないよ!・・・この状況だもの。利用とかじゃなく、知ったら絶対戦うだろうなと思って」
「女体しか見ておらんような神だけのことはあるのぅ。善意につけこむような事しかできないなら神を降りるがよかろ」
「マリーシャイまで怒らないでよ!!だってこんなのどうしようもないじゃない!?ヴェラーラの加護を貰ってるフェイが負けるんだよ?サンドラップとラズンズが魔竜に負けて、おまけに倒したはずの神将なんて完全に覚醒してるよ!?魔宮で戦った時と状況が違いすぎ!!」
「・・・・・・・・・確かに、あの神将に勝つのは至難の技だ」
「どうにかできないかな?」
「約定を違える事はできぬ。我が血、我が権能に賭けてな」
「・・・なにか抜け穴くらいないの?」
「性行為の神はくだらない冗談が好きじゃな」
「麦の神!!豊穣神だからね!?」
「ナイアエムネの胸を見ながら、たわわに実った果実を収穫したいとか言っておったのはどこの誰じゃったかな?そのくせ貧乳エルフに子供を孕ませようとするとは、節操無しが良く言うのぅ」
「権能だからね!?仕方ないよね!!?そういう神様だって必要なんだよ!!!」
「・・・・・・・・・リーシャ。彼に新たな約定を用意できないだろうか」
「都合よく稀人に差し込める約定など思いつくのならばやってみよう。その前に生き残れたらの」
「・・・・・・二、三の手があるといったな?」
ベスティアの問いにマリーシャイの幼い顔が曇る。
「妙手とは言い難い」
「どんな手なのさ。こうなったら手段は選んでられないよ」
小さくため息を吐いてからマリーシャイは指を一本立てた。
「一つ、神将に降る」
「くだる!?ちょ、なに言っちゃってんの?マリーシャイ!!」
「毒を飲ませた本人ならば毒を打ち消す事もできよう。いくつかの条件と引き換えに稀人の助命を望むことは容易い」
「だがそれでは・・・」
「うむ。おそらく稀人は役に立たなくなろう。条件次第じゃが敵の尖兵になったとしてもおかしくないのぅ」
「却下だよ!却下!!」
ならば、とマリーシャイが二本目の指を立てる。
「一つ、加護による増強」
「・・・それってちょっとまともな案じゃない?」
「いや。稀人の身体には、すでに耐えられる限界近くまで我々の加護が乗せられているはずだ。よほどマナの親和性が高い神の加護か、あるいは条件が揃うか、なんらかの成長を待って本人の容量を増やさなければ命を削ぐ結果になるだろう」
「じゃがこの手段なら救命はできる。余命が五年になるか一年になるかはわからんがな」
「・・・やむをえない。本人が望むならという条件付きで私は支持する」
「・・・・・・・・・僕は、支持しない」
「ほう、なぜじゃ?」
苦虫を噛むような顔で反対を口にしたアラヴィスムにマリーシャイが問う。
「彼に選択の余地が無いからだ。死と引き換えになら彼は生を選ぶに決まっている、そんなものは選択とは言えない。もちろん死ぬよりはましだろう。でも、そうして生き残った彼に豊かな人生があるとは思えない。決められた死に向かって命を使い切ろうとするはずだ。それこそどんな無茶な戦いにだって挑みかねないよ」
「戦うのは稀人の宿命のようなものじゃろ。ロンなら人間の宿命と言いかねんぞ」
「馬鹿にするなよマリーシャイ。僕は豊穣神だ。この世界に生きるすべてのものに実りを与えるために僕がいる。そんな戦いが、そんな人生が彼の実りになるわけがない、彼は幸せに生きて笑って死ぬべきだ」
「制約の多さで人を救う事のできぬ神がよういうのぅ」
「だとしても!・・・だとしてもだ。僕は理想を描くし理想を求める。現実に妥協して不幸を甘受するわけにはいかない」
「絵空事では誰も救えぬぞ?理想を書面にしたためるというなら手は貸さんでもないがの」
睨み合う二人の神に挟まれたベスティアは大きく咳払いをした。
そのまま無言で、他に手はないのか?と訊ねる。
マリーシャイはほんの一瞬だけ躊躇したあと、三本目の指を立てた。
「・・・一つ、願いの石」
「願いの、石?」
「所有者の願いを叶えてくれる魔法の石じゃ。本人が心の底から願う事を叶えてくれる」
「なにそれ!?そんなものあるの??」
「それは・・・!!」
「南方王国と世界樹の森の境、人間たちが『不帰の迷宮』と称した場所に眠っておる秘宝じゃよ」
「やめろリーシャ!!それはあの人が封じたものだ!」
「ジェイドは奇跡の欠片と言っていた。かつて遠い転輪の果てで己が取りこぼしたものの欠片だと。万能にして人に英知を与えうるものには及ばないが、それでもなお、欠片でありながら所持者の根源の願いをかなえる事ができるのだと、そう言った」
「・・・そんなものがあるなら、僕らで大神が滅ぶように願えば良いじゃないか!」
「根源の願いではなかろう。我らはみな神であるがゆえに権能に縛られておる。お主がより多くの実りを与える事はできるじゃろうが、それを奪うものをどうこうはできぬ。神には使えぬ秘宝じゃな」
「ちょっとまって。根源の願い?」
「本人が心の底から願うもの。言葉に嘘偽りなくセルシスの回復を望むのであれば間違いなく癒すことができるはずじゃ」
「・・・ねえねえ、それって問題が多すぎない?それ、迷宮のどこにあるかマリーシャイとベスティアは知ってるの?誰が取りに行くの??誰が願うの?」
「・・・・・・私は知っている」
「遺産を使われることが気に入らぬか?」
「・・・・・・・・・・・・いや、あの人なら許してくれるだろう。心無い者の手に渡らないのであれば・・・だが、いるのか?セルシスの回復を心から望む者が」
「エルフには無理だよね・・・・・・となると、一人しか該当しないんだけど・・・・・・・・・・・・マリーシャイ?」
「言うたじゃろ。妙手とは言い難い。あとは好みの問題じゃな」
三神が一人の人間の顔を思い浮かべてなんともいえない表情をした。
彼女の心がどこにあるのか。それは神の中でも意見がわかれる。
「・・・仕方ない、僕とベスティアが顕現しよう。僕はセルシスを守る。ベスティアはエルフたちを連れて迷宮攻略だ・・・もちろん、リオも連れて」
「新たな制約と契約を結ぶ必要があるのぅ。代価はなんじゃ?」
「来年の実りを保証しない」
「・・・それは・・・・・・」
アラヴィスムの言葉にベスティアが息を飲む。
「収穫の全てを、命の営みを、育まれているあらゆる実りを、来年に限り保証しない」
「権能を手放すか?人々の呪詛と怨嗟が天まで上りかねんのぅ」
「僕は自分の愛するものを信じている。ほんの一年の苦境に耐えられないような弱い人間ばかりではないさ・・・それに、ここで滅びたら来年なんて誰にもない」
「・・・私もいくつか条件をつけよう。リーシャ」
覚悟を持ってベスティアが言い、マリーシャイは幼いその顔に満面の笑みを浮かべる。
「あいわかった。法と掟の神の名において、等しく正しい約定をしたためてみせようぞ」
くぅにゃんさん、ありがとうございます!
遅くとも必ず書き上げますので、どうぞよろしくお願い致します。
川崎バルザック




