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死にたくないから助けてくれ!!

「珍しい機会だから、僕としてはもっと楽しくお話ししていたいんだけど・・・・・・」


渋々とでも言う様に嘆くアラヴィスムにセルシスは拳を振り上げて答える。


「・・・・・・だけど、まずは仕事をしてしまおうか」


大地を踏み、その足元から植物を茂らせながらゆっくりとアラヴィスムが歩く。

本来なら踏み固められてしまうはずの雑草ですら神の歩みの中で瑞々しく輝いていく。

精霊とマナが喜びながら乱舞する姿をエルフたちは息を飲んで見ていた。


「大神に侵されし世界樹よ、その身を我に預けて眠り、再び起きるが良い。我は麦の神アラヴィスム。実りを与えるもの。飢えと渇きを満たすもの。太陽と月が汝を見守り、昼と夜が汝を育み、時を持って冥府に旅立つその日まで我が汝を祝福しよう。世界樹よ。我が声を聴き眠るが良い。世界樹よ。我が声を聴き起きるが良い。エルフの友がお前を待っている。精霊がお前を愛している。マナがお前を求めている。稀人がここに立ち、お前に新たな姿と命を与えるだろう」


そう言いながら神がセルシスに手を差し伸べる。


「セルシスくんが世界樹に来てくれて助かったよ。君がドドラガリに頼まれた、マナを撹拌する仕事の大半はここで完結する。君の有するマナとこの世界のマナが世界樹の中で混ざり合い、君の経験、知識、君の身に刻まれたすべてを持って新たな息吹を生みだすだろう」


ぐらりと大地が揺れた。

いや、揺れたのはセルシスの身体だ。立っていられなくなるほどの魔力が全身から抜き取られ、リオに支えられる。


「セルシス!」

「・・・・・・大丈夫・・・魔力をごっそり持って行かれた、だけだ」


アラヴィスムが世界樹に触れた。

セルシスの身体から抜かれたマナが世界樹と溶け合い、目を開けていられないほどの光が溢れる。


「さあ、新しい時代にふさわしい姿に生まれ変わるが良い。次代の世界樹よ。干天、甚雨に勝る雄々しさで、風雪に負けぬしなやかさで、見るものを癒す美しさで。新たに芽吹き咲き誇れ!!」


爆発するように閃光が突き抜けた。

ほんの数秒、誰も世界樹を見る事ができなかった。

はらり、と、世界樹から落ちてきたのは小さな桃色の花びら。

エルフたちからさざ波のような声があがり、それが大きな歓声へと変わっていく。


目を開けて世界樹を見上げた。

大きさは変わっていない。信じられないほど巨大な世界樹のまま。


「これが・・・次代の世界樹」


桃色の花を咲かせた桜がそこにあった。

天を支えるかのように、そびえたつ桜を見上げながら姫巫女が言う。


「芽吹く命、新しき風に感謝します。稀人さま」

「ええっと、できたら名前で呼んでもらえる?託宣か何かで色々と俺の事を知ってるのかもしれないけど、セルシスって呼んでもらえたら嬉しいな」

「はい・・・・・・セルシス・・・さま」


ぎゅにっ、っと、リオが脇腹をねじきるような強さでつまんだ。


「痛ぇ!?」

「・・・何か来る」

「は?」

「次元界の連結・・・?違う。遅延呪文?世界樹と同軸に位相が異なるポータルが・・・35・・・67・・・183・・・」

「おいリオ?何が来るって??」

「しまった・・・!!神将め!まさか世界樹の進化に合わせて・・・・・・!!」


アラヴィスムの言葉が終わる前に、世界樹の枝が音を立てて折り取られた。

幹を抉り、花を散らし、まるで世界樹そのものを苗床として生まれてくるかのように次々と魔神が生まれてくる。


「姫巫女さま!」

「オストワルト!指揮を取りなさい!!我らエルフの国で、この新しき世界樹の前で、魔神におくれを取る事は許しません!!」

「承知!!!カリエンテ、サイネラ、エフルフト、トレハンク!上位魔神を仕留めろ!ミンスミンは分隊を持って姫巫女さまの護衛だ!ニルナウは舞手を率いて遊撃と牽制に務めろ、魔力を惜しむな!後の者は俺に続け!!」


100を超える魔神、魔獣の群れとエルフの戦士たちが向かい合う。

武器など持たぬまま両手を合わせて音を鳴らすと、エルフたちは大地を踏みしめ精霊と対話する。

土の、水の、風の、思い思いの精霊舞踏。

数多の戦士が、踊り子たちが舞い踊り、褐色の肌に刻まれたルーンが紫色に輝いた。


「現界武宝・鈴鳴りの弓!!」


ニルナウが叫ぶとしゃりん、しゃりん、と音を立てて半透明の弓が手の中に現れる。

風の精霊の力を借りて生み出された魔弓はマナそのものを矢にして放ち、絶対に的を外さない。


「現界武宝・流水円月輪!!」


サイネラの両肘から手先までが無数の水輪で覆われた。

半透明のチャクラムのようなそれは使用者の思うまま、時に手甲に、時に刃に変わる自在の武器だ。


カリエンテが、トレハンクが、現界武宝をその身に纏ったエルフたちが戦場に踊り込む。

精霊に愛されたエルフたちにしか使えない精霊魔術の極み。

ただの魔獣が相手なら数倍を相手にしても負ける事はないだろう。

ただの魔神が相手ならエルフの勝利は揺るがない。

だが、彼らの力を持ってしても、十を超える上位魔神との戦いは死と隣り合わせのものだった。


「こんな・・・・・・いつから仕込んでいたんだ?あの女がここを離れた時から?まさかそんな・・・」

「アラヴィスム!あんたの力で魔神をやっつけられないのか?」

「・・・すまないが約定を違える事はできない。魔神と、神将と戦う事ができるのは、この世界の人々と、稀人である君だけだ」

「・・・・・・くそ」


アラヴィスムは世界樹に触れた。

折られた枝から新芽が伸び、無数の花びらが生きているかのように舞い踊り、桜の痕を埋めていく。


「今の君を守るために戦う事すら僕には許されていない。限定的な干渉だが、魔神が抉り取った空間の一部をうろとして聖域化した。上位魔神相手でも君たちが隠れるだけなら問題ないはずだ」

「あんたはどうするんだ」

「僕は見届ける。どちらが勝とうと、目をそらすつもりはない」

「・・・セルシス!行こ!!」


セルシスの魔力は無くなる寸前まで枯渇していた。いまだ足元に十分な力が入らない。

隼のように飛びかかってきた有翼の魔神がリオの放った蟻の群れに飲み込まれて消えていく。

魔術が飛び交う戦場の中を、セルシスはリオに守られるようにして移動する。


「だいじょーぶ。セルシスはリオちゃんが守るんだよ」

「エルフたちが魔神と戦ってるのに、俺は何もできないのかよ・・・!」

「・・・ねえセルシス?なんで戦おうとしてるの?」


リオが心底不思議そうに問いかける。


「魔宮の森にいた冒険者たちはセルシスの仲間だったんでしょ?それなら助けるのはわかるよ。でもこのエルフたちは違うよね??」


指折り数えながらリオが言う。


「3回?4回?5回かな?何度も襲われたり、戦いを挑まれたり。セルシスは何もしてないのにだよ?こんな奴ら全員死んでも良いんじゃない?」

「・・・・・・蜂蜜酒だってもらったろ」

「それが理由なら蜂蜜酒は返すよ。こんな連中殺しちゃお」

「・・・何言ってんだ、おい」

「だって邪魔じゃない。魔神と一緒だよ」


あはは、と≪冒涜者≫リオはそう言って笑う。

彼女の線引きは明快だ。危害を加えるなら殺す。邪魔なら殺す。

そこに人間か、そうでないかの垣根は無い。


「そうも、いかないんだよ」

「なんで?」


棒を飲んだように動けなかった。声が出てくれない。

フェイたちとは違う。今日初めて会ったエルフたちの為に、なぜ自分が戦わないといけないのか。

リオを納得させられるだけの言葉がセルシスの中には存在しない。


ずきり、と胸の奥が痛んだ。

痺れるような疼痛と、滅びろ、滅びろ、という残響がセルシスの心を揺らす。


「だって・・・・・・死んだら、そこで終わりだろ」


思考が纏まらないまま、ただ声を出す。


「死んだら終わりだろ。死んだら、終わりだ」

「それって人間のこと?エルフのこと?魔神だって死んだら終わりなんじゃない?何も変わらないよね」


犀のような魔獣がリオの蟻に喰われて死んでいく。

世界樹の幹に空いたうろに二人が身を隠すと、リオは入り口を埋めるように蟻を召喚して壁にした。


「なんでエルフを助けて魔神を倒すの?魔神を助けてエルフを倒しても良いんじゃないの??」

「そんなことしても意味ないだろ」

「魔神がお金を出してくれるならリオちゃんエルフ滅ぼしても良いよ」


煉瓦で頭を殴られたような気がした。


「たとえばだけど。お金をくれるってことは価値を知っていて話し合う余地があるってことだからね。知的生物として人間やエルフと同じ枠に魔神が入るなら、あとは利益の問題だけじゃないかな?お金がご飯でもお家でもなんでもいいんだけど、リオちゃんなら条件の良い方に合わせるよん」

「・・・・・・・・・魔神将が、ギルド以上の金を約束してたら、お前はダンブランを滅ぼしてたのかよ」

「うん」


即答するリオ。


「あはは、どっちでもいいよね!」

「どっちでもいいわけねえだろうが!!!!!!!!!!!!」


ローブの首元を掴み、頭をぶつけるほどの距離でセルシスが叫ぶ。


「みんな懸命に生きてんだよ!そんな理由で殺す相手を選んでどうすんだ!!」

「魔神が懸命に生きてないなんて証明できないよ?」

「殺してどうするんだよ!!人間やエルフを皆殺しにしてどうするんだ!」

「皆殺しになんてしないよ。数と金額が合えば引き受けるだけ。合理的でしょ?」

「リオ!!!お前・・・!!!」

「ねえセルシス、なんでそんなに他人が大事なの?」


巨大な翼が風を叩くような音がする。雄叫びのような声、断末魔の絶叫。魔術の詠唱と剣戟の音。

それらが、やけに遠く聞こえる。

衝撃が世界樹を揺らし、うろを守るように張り付いた桜の花びらが剥がれて宙を舞う。


「・・・・・・他人が、大事?」

「そうだよ。師匠は仲間は大事だって教えてくれたけど、他人は気にしなくて良いって言ってた。リオちゃんはセルシスは大事だけど、セルシス以外はどうでも良いんだよ」

「・・・いや、俺は・・・」

「家族は大事だよね。友達も。仲間も。それならわかるよ。でもエルフは違うよ?家族じゃないし、友達じゃないし、仲間じゃないし。赤の他人だよね?ここを離れたら二度と会わないよ?リオちゃんがセルシスを連れてきてなかったら会わなかった人たちだもん」


リオの言葉が刺さる。


「道端ですれ違うような他人のために命を懸けるの?知らない誰かの為に命を懸けるの?」


リオは本当に不思議そうに問いかける。


「セルシスは、物語の中の英雄なの??」

「・・・・・・違うよ」

「なら逃げちゃおうよ。戦う必要なんて無いよ?英雄じゃないなら、危ないよ。どっちが勝っても、どっちが死んでも、どっちでもいいじゃない。変に踏み込んでも英雄じゃないなら死んじゃうかもだよ。セルシスが死ぬの・・・・・・リオちゃん嫌だよ」


そう言われてようやく気付く。

リオが、自分を心配してくれているのだと。


「・・・英雄じゃないなら、死ぬか」

「そうだよ。英雄だって最後は死んじゃう人が多いんだもん。英雄じゃないセルシスなんてあっという間に死んじゃうよ。死んだらリオちゃん寂しいよ」

「・・・・・・死んだら、終わりだもんな」


何も考えず、セルシスはリオを抱きしめた。


「ふぁ!?っせせせせっせせっせっせっ!?」

「死んだら終わりだよ。だから死にたくない。戦うのは嫌だ、危ないのは嫌だ、俺は平和な場所で飯食って酒飲んで毎日楽しく生きていたい」

「・・・・・・・・・・・・・・・うん。それがいいよ」

「・・・・・・・・・でもな・・・・・・俺は、楽しく生きていたいんだ」

「・・・・・・?」

「俺は魔神が嫌いだ。魔神将にだって良い記憶は無い。世界樹にかかってた呪いみたいな奴だって・・・なんだあれ。滅びろなんて言われて、はいそうですねなんて思うわけないだろ。そんな奴に好き勝手されるのは気に入らない。そんな奴らがエルフを殺すのも気に入らない」

「でも、命を懸ける理由にはならないよ」

「逃げたら死にはしないのかもしれない。でもな、俺は絶対思い出す。宿屋で起きてから、飯を食ってから、酒を飲んでから、楽しく生きようとするたびに、俺が見捨てて死なせたエルフの顔を思い出す!」

「・・・セルシス」

「知らない誰かの為にじゃない。俺はもう知っちまった。カリエンテやミンスミンや姫巫女の顔を覚えちまった。あいつらは赤の他人だけど、俺の知らない誰かじゃない」


無意識に、拳が桜の花びらを掴んだ。

魔力は足りない、それでも逃げたくない。


「誰かの為に戦うわけじゃないんだよ、リオ。俺は俺の為に戦うんだ。俺が納得いかないから、俺が気に入らないから、俺が明日も楽しく生きる為に、今日戦ってやるんだよ」

「死んだらどうするの!」

「死にたくないから助けてくれ!!」


きょとん、とリオが呆けた顔でセルシスを見た。珍しい顔だ。


「・・・助けて欲しいの?」

「助けて下さいリオさん。俺はエルフを助けたいんですが、魔力切れの俺には手に余ります。もちろんリオに死なれても嫌だから、リオが死んだり傷ついたりしない程度の範囲で出来る限り全力全開で力になってくださいお願いします」

「・・・・・・・・あはははははははははは!!!!!!!」


目元に浮かんだ涙を指でぬぐいながらリオが爆笑する。


「なにそれ?言ってる事めちゃくちゃじゃない」

「まったくだよ!!面白いじゃん稀人!」


唐突な声がセルシスの手の中から響いた。


「・・・セルシス??」

「いや・・・なんだ??」


手を開けば、そこには桃色の花びらが一枚。

キラキラとしたマナを伴いながら、花びらは一体の精霊へと姿を変えていく。


「助けて欲しいんだろ?」


20センチにも満たない小さな精霊がセルシスの掌の上で胸を張った。


「なら俺と契約しな。世界樹の精霊である俺様が、哀れな稀人に力を貸してやるよ」

いつもありがとうございます!

また次回の更新でお会いしましょう!!

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