お嬢たちには来てほしくなかった
遅くなりました!!すみません!!
セルシスが庭でくつろぎ、フェイがまんじりとした夜を過ごした翌日、中継拠点を出発した7組の冒険者パーティーが魔宮の森の最奥へと到達していた。
「なんとか昼までに来れたわね」
≪緋蜂≫のダーナはそう言いながら額の汗をぬぐう。
ダーナを含めた4組のB級冒険者パーティーは先鋒を務め、マナ溜まりに侵されて狂った獣やマナ溜まりそのものから生まれた醜悪な妖魔を叩き伏せてきたのだ。
そのおかげで、3組のA級冒険者パーティーは一切の消耗なく魔宮まで辿り着いている。
「少し休もう。それから今後の行動を相談しないとね」
合流を果たしたアンリ・ドゥティーダはダーナのパーティーで回復役をしっかりと勤め上げた。
ピサンティエの神殿騎士として知られる彼は先遣隊のリーダーから7パーティーの纏め役に任命されており、最奥に辿り着くとすぐに、魔宮の門から若干の距離を取った場所での休息を進言した。
反対する声は無く、A級パーティーを中心にB級パーティーが四方を囲みながら外への警戒をする布陣を即座に組み上げる。
「見張りは俺が引き受けよう。お前たちは休んでいてくれ」
四方のB級パーティーから一人ずつ、計4名で即席の見張りを立てる。
ゴンベックの精悍な顔には一切の疲れが見えない。道中、ダーナの組がB級冒険者パーティーの中で最も多く戦果を挙げ、それに反比例して最も消耗が少なかった理由は、ひとえに気力漲るゴンベックの力が大きい。決して不意を打たれず確実に先制するその技量は、同行するA級冒険者たちが揃って舌を巻くほどのものであった。
「頼むぜ」
C級冒険者のミシズが戦斧をがしゃりと地面に落とした。愛用だと言う武器を粗末に扱う様を見てアンリが眉をひそめたが、当人は気にもせず、あぐらをかくと水筒に口をつけてグビグビと中の酒を飲み始める。
錬金術士のトーラは簡易結界を張ると携帯用の錬成陣をひろげて道中で採取した野草をすり鉢で潰しはじめた。
「・・・気のせいか?誰も休んでいないように見えるんだが」
神殿騎士として要職についているアンリからすれば仕事中に酒を飲む精神は理解できない。トーラの錬成も集中が必要な行為であるため、休憩と言うよりもむしろ疲弊しそうなものに思えた。
「なら私と2人だけでも休みましょ」
ダーナが言いながら、ミシズやトーラと距離を取って座った。アンリは苦笑して隣に腰かける。
日は高く、周囲を腕の立つ冒険者が見張っているこの状況は、中継拠点と同様に魔宮の森の中では格段に安全な場所だと言える。
完全に気を抜けるわけではないが小一時間程度しっかりと身体を休めたころ、A級冒険者のサンドラップとラズンズが2人のところにやってきた。
「アンリ、いま大丈夫か?」
「もう少ししたら伺おうと思っていたところです」
「そうか、休んでるところ悪いな」
サンドラップは顎をしゃくってついてこいというそぶりを見せた。2人は黙ってそれに従う。
サンドラップはこの先遣隊のリーダーであり、ダーナと同じ槍を使うA級冒険者だ。武器として槍を使う事が同じと言うだけで無く、その槍の技、師が同じと言う意味である。
「思ったより順調に魔宮まで来れましたから、それほど疲れはありませんよ。うちには腕の立つ斥候がいますしね」
「ゴンベック!強くなった!!うちに欲しい」
ぐるぐると笑いながら熊獣人のラズンズが言う。
「ああ、確かに彼は見違えるような成長をしているな。お嬢もだが」
「お世辞はやめてよね、ラップおじさん」
「世辞じゃないさ、2人とも魔神と戦って生き延びただけの事はある」
「あれはたまたまよ。運が良かったの」
「たまたま生き延びる事はあっても、たまたまで強くはなれん。ここに来るまで身体強化を見たが・・・・・・あれは凄いな。誰かに教わったのか?今までの身体強化とはかけ離れた境地に達している」
「あれは・・・・・・ちょっと生意気な奴に指摘されたから、練習したのよ。最近やっとコツがわかってきたの」
「指摘したのはS級か?あんなに細かくて密度の高い身体強化ができるなんて考えた事もなかった。≪居合拳≫ハーヴィーならできるかもしれんが・・・まさか≪居合拳≫直伝じゃないだろうな」
「生意気な下級冒険者よ」
「下級冒険者?そんな馬鹿な」
「でもセルシスは強いよ。フェイもゴンベックも認めてたし、最強の下級冒険者じゃないか?」
アンリの言葉にラズンズがぐるぐる唸る。
「最強、戦ってみたい」
「やめておけラズンズ、勘違いはお互い幸せにならん。最強の下級冒険者ではなく、下級冒険者では最強と言ったところだろう。実力が伴うのならいずれA級まで上がってくるから待っていろ」
「≪最強のA級≫と、どっちが強い?」
「そりゃ≪最強のA級≫だろ。S級が束になってもかなわないって師匠が言ってたぞ・・・あ」
気まずそうにサンドラップが口を閉じた。
十分に他の仲間たちと離れたところで足を止める。
「いいわよ。大丈夫。もう子供じゃないから平気」
「・・・正直に言うがな、俺は、お嬢たちには来てほしくなかった」
「・・・・・・でしょうね」
「先遣隊として一緒に向かう間も、どうやって魔宮から引き返させるか、そればかり考えてたくらいだ。無事に魔宮まで辿り着いたら中継拠点への連絡係として戻ってもらおうとかな。だが、ここに来るまでの戦いぶりで気が変わったよ。お前たちは強い。アンリは無能が多い神殿騎士の中でも使える方だし、ゴンベックはA級のパーティーでも重宝されるだろう。お嬢は化けた。親父さん・・・師匠にまでは及ばないだろうが、俺と戦えるくらいには伸びてる。トーラはどんくさいが錬金魔術師として腕は良い・・・4人パーティーとしちゃ十分使える方だ」
「サンドラップさん。一応言っておきますが、うちにはもう一人いますよ?」
「アンリ、悪い事は言わんからミシズはパーティーから外しておけ。あれはダメだ、C級で止まる。足を引っ張るから今すぐ他のパーティーに押し付けちまえ」
「あれ、弱い。戦士とは違う」
がはは、と笑いながらサンドラップがラズンズの肩を叩く。
「それで?話しってそれだけなの?」
「これからの方針を決めようと思ってな。アンリ、考えはあるか?」
アンリはほんの少しだけ顎に手を添え、すぐに口を開いた。
「休憩後はA級3組に残って貰い、B級4組で周囲の安全確認。何事もなければ再合流後にB級冒険者パーティーから2組を中継拠点に戻して状況の報告、本隊の到着まで残りの全員で警戒を継続、ではどうでしょう?」
満足したようにサンドラップが大きく頷く。
「良い線だな。戻すパーティーはアンリが決めちまってくれ。付け足すと、本隊が来るまでの間に少しだけA級パーティー3組は魔宮に入るからな。それも踏まえて使える奴はこっちに残しとけ」
「それは・・・・・・危険ですサンドラップさん。突入するならS級冒険者を待ってからにすべきです」
「先行偵察みたいなもんだ。何も魔神の首を斬ってくるとは言わねえよ」
「それでも、です。予定にない行動はすべきではありません」
「俺は5年前に一回魔宮の中に入ってる。その頃と同じかどうか、それを確かめるだけでも十分に意味はあるはずだぜ?・・・・・・なあに、ちょっと覗いて戻るだけさ」
魔神と戦う意思を微塵も隠さずに、サンドラップはそう言って笑った。
収録原稿を読んでいたら時間が過ぎていました。申し訳ありません!明日も更新しますので宜しくお願い致します。