4 僕
「……では今日はこれで終わりにしましょう」
教授の一言で教室は再び騒音に包まれた。とても生き生きとした声が辺りを飛び交う。おそらくほとんどの人が呼吸をすることと話すことが同じなのだろう。
僕は机に出したものをわざとゆっくりしまう。早く出ても人の波を歩かなければならないだけだ。それに次の授業もなく、あとは帰るだけだから急がなければならない理由はなかった。
ゆっくりと時間を潰したつもりだったけど、廊下にはまだたくさんの人がいた。来たルートを通るには人混みを抜けなければならなかったから、多少駅まで遠周りになるけれども違う出口に向かうことにする。
教室の裏側にあるドアから建物の外へ出た。六月ということもあり、なかなか日差しが強かった。暑くなると天気予報で言っていたが、僕は上下とも肌を晒すものは着てこなかった。僕が半袖を着ることはまずない。別に寒がりだからではない。ただ何となく長い方が安心できる。それだけだ。
しばらく歩くと何やら大きな声が耳に否応なく突き刺さる。騒音がする方へ目を向けると箱と旗を持った一団が見える。彼らの目の前を通る時、僕は立ち止まって旗に書かれている文字を見た。『森林保護のために私達にできること』そうゴシック体で書かれていた。
一人の男が僕に近寄って来た。
「森林保護のためにぜひ募金を」
男は作り笑いを浮かべ、女が持っている募金箱を手のひらで示す。僕は無視してその場を立ち去ろうとした。その時、男が何か呟いた。僕はその言葉を聞き逃さなかった。
男は仲間達の方へ歩いていく。僕はその後ろ姿をじっと見つめていた。
男は仲間達と合流すると後ろを親指で差し、気取ったポーズで仲間に何か話している。おそらく僕の事だろう。本人がまだそこにいるのを知らずに。いや、ああいう奴は知っていてもお構いなしだ。
僕はその横顔をじっと観察した。その右耳には、ほらやっぱり爆弾が付いている。他の人には小さなほくろにしか見えないけれど、僕にはそれがはっきり見える。僕はズボンの左側のポケットに手を入れた。手探りでスイッチをゆっくりと握る。後は親指でボタンを押せば起動する。
頭の中でカウントダウンを数える。でも残り三秒の所でスイッチから手を離した。――こんなことでイライラしてどうする? 自分にそう言い聞かせて、心を落ち着かせた。
僕は回れ右をして、駅に向かって歩き出した。