第四話 普通にするのが大変だった
月明かりの中を一人寂しく疾走中のジオだ!
今俺は今日の昼に入学した、寄宿舎付きのエルトリン魔法学校に向かって、実家から走って帰ってるところだ。
うん、おかしいよね。俺もそう思う。
まぁいろいろ話がありすぎて念話じゃらちがあかんと思ったから、俺はあのヘルガー少年との出会いの後、急いで自室に戻り、さっさと着替えて(もちろん、俺愛用の装備にな)家に駆け戻った。
何?豚?そんな奴いたっけ? シラネェナァ。
陽が落ちきる前に何とか家に着いた俺はまず、あらかじめ念話で用意してもらっておいた夕食を急いで平らげ、そのまま母上とじぃの立会いの元、父上への尋問、もとい話し合いを開始した。
それで分かった事は、普通の貴族の子供は、遅くても10歳までに貴族の社交界にデビューするのが常識である事。
あ~その頃俺は、奴隷市場デビューしてたわ。
クリスティン嬢は確かに親同士が決めていた俺の元婚約者で、しかしその婚約は俺が「冒険者になる!」と両親に宣言した8歳の時に破談になったこと。
魔法職の名家の次女の夫として、魔法職として『おちこぼれ』の俺はふさわしくない、ということで相手がこの婚約はなかったことにと申し出た、というのが表向きの理由。
本当の理由は、父親同士の話し合いで、さすがに貴族の、いや我が娘をこれから冒険者になるものにはやれないという、あちらの親御様の非常に理解できる親心からであったそうだ。
しかし、彼女はそのことを知らずに育っているはずなのだが、にも関わらずなぜか今年になって学院に入学する事を決めたらしい。
ちなみに彼女は一つ年上の13歳だった。
う~ん、分かったような、分からんような。
その経緯で、何で彼女が俺に突っかかってくるんだろう?
あと、あのヘルガー少年について。
ヘルガー・ブライトス・ラ・エンデルフォン。
正真正銘エルトリン王国主席宮廷魔術師にして、エンデルフォン伯爵家現当主、グラフィン・ブライトス・ラ・エンデルフォンの嫡男だった。
あちらもどうも天才と呼ばれる類の少年らしい。
………まぁ俺は天才などではなく、実際には幼女チートなんだが。
なんでも代々エンデルフォン家の魔法使いは、エルトリン魔法学院で学ぶのがしきたりだそうだ。
確かエルトリンのエンデルフォンって言えばあれか、ソーサラーとアークウィザードの転職クエストに絡んでくるおっさんだな。やたら男前の。
何かそんな人いたね、確かに。
最後に思い出したくも無いが、あの豚の素性。
父上に聞いても、母上に聞いても分からなかったが、じぃが知っていて教えてくれた。
ベテン・ロキソネ・ラ・エンガイラ。
エンガイラ子爵家の息子で、じぃ曰く、評判が大変よろしくない、らしい。
まぁ豚だし、俺への最初の一言や、あの奴隷の女性への態度を見てたらそれも当然だろう。
まぁ典型的な馬鹿貴族の息子だな。
まったく奴の親もわざわざ豚に服を着せたうえに、二足歩行までさせていったい何が楽しいのやら。
そこまで聞いた俺は、父上たちに別れの挨拶をしてこっそり家を出た。
3人ともしきりに引き止めてくれたが、さすがに入学二日目から朝帰りはまずいしな。
あとマリエルたちには会っていない。
さすがにマリエルとあの子達に今日顔を合わせると、さすがに俺が帰りたくなくなるので、マリエルにはあの子達を連れて、農園のほうへ行ってもらっておいたのだ。
その理由として、最近農園の側に家畜を少しづつ飼いだしたので、試しにその中の豚を一頭丸焼きにしてみんなで食べてみたら? とマリエルには言っておいた。
………豚君ごめんよ、完全な八つ当たりだ。そして俺も食いたかった。
そうこう考えながら走っているうちに、学院の明かりが見えてきた。
走っておよそ20分か、通学が許されるならしたいなぁ………。
◇◆◇◆◇◆◇◆
―――――若様、若様。おはようございます。朝でございますよ。起きてくださいまし。
ん? あ~マリエルおはようって、目の前にいない!
幽霊? 生霊? なんまいだぶ! なんまいだぶ!
―――――若様! わけの分からない事を仰っていないで目をお覚ましくださいませ!
はっ! 念話か! そういや昨日念話石渡したっけ。
―――――おはよ~マリエル。起こしてくれてありがとう~。
外は、まだ薄暗闇が残る早朝だが、俺の朝は早い。
そしてそんな俺たちの世話をする、うちの使用人さんたちの朝はもっと早い。
―――――では若様、よい一日を。明日はアリアに呼びかけをさせるように致しますので。
それでは、これで。
―――――うん。マリエルもいい一日をね。
さてと。さくっと起きて、朝の訓練始めるか。
俺はこちらの世界に転生して、体がある程度大きくなってきてから毎朝自分の体の動きを確認する為一人稽古をしている。
今の自分の体は、異常なほどスペックが高い。
だが、それも使いこなさなければ、ただの宝の持ち腐れである。
《New World》に限らず、MMORPGの世界で本当に大事なのは、表面上のレベルではない。
プレイヤースキルである。
レベルの高いアバターは、分かりやすく言い換えれば性能の高いお人形さんである。
操る人形使いであるプレイヤー自身の能力しだいで、故にその能力には驚くほど差が出るのだ。
そして俺のアルケミスト職ほど、このプレイヤースキルが要求された職業はなかった。
ハッキリ言って経験値倍のデメリットなど、このハードルに比べれば、まったく問題にもならなかったのだから。
高すぎる能力と万能性の代償である、非常にピーキーで繊細かつ複雑な操作性。
それが《New World》プレイヤー達の、本当のアルケミスト職に対する評価だった。
正直俺たち『十七人の賢者』によって、アルケミストが超強力職であることを証明された後、大手のギルドを中心にアルケミスト育成祭りが巻き起こったことがあったが、残念ながらすぐに沈静化した。
無理なのである。
他の職業に慣れたプレイヤーにも、これから新規に始めるプレイヤーにも。
その操作性は、他の職業とあまりにも違いすぎる為に、チャレンジしたほとんどのプレイヤーが、その能力を生かし切れはしなかった。
一度試してみたらしい、知り合いの高レベルプレイヤーがこう言っていた。
「別のゲームしてる感覚だな、あれだけ操作感が違うと。俺にはとてもじゃないけど無理だわ。」
そう他の一流プレイヤーにさえ言わしめるほどに、アルケミストという職業は異質だったのだ。
そして、それを使いこなせたのは、そういう訓練を地道に積み続けた俺たちのギルドメンバーと、その他少数のプレイヤーだけ。
それゆえの最強だったのだ。
少し話がそれたな。
つまり何が言いたかったかと言うと、俺のダブルスキルのありえないチート性能といえど、それを完全に把握してこそ、その真価を発揮するのである。
そのための努力を、俺は惜しんだ事はない。
着替えと準備を終えた俺は、ドアを開けて廊下に出た。
まずは落ち着いて訓練ができる場所探しから始めなきゃな。
◇◆◇◆◇◆◇◆
一人稽古のあと、部屋に戻り着替えた後、ようやく食堂での食事にありつく事ができた俺は、そこで働いていた給仕のお姉さんを捕まえた。
「あの~そこのお姉さん。忙しいところ悪いんだけど、お願いを聞いてくれませんか?」
俺が呼び止めたお姉さんは、初め自分が呼ばれたとは思わなかったのだろう、回りをキョロキョロしてから、自分が俺に呼ばれた事に気づき急いで頭を下げてきた。
何で?
「貴族様! 申し訳ありません! 何の御用事でしょうか?」
見た目、顔が真っ青。う~んかわいらしいお姉さんなんだが………。
何がそんなにいけなかったんだろうか? 俺何かやったのか? まぁいいや。
「あのね、お願いがあって。毎朝、朝食の前ぐらいの時間に、俺の部屋の前に水の入った桶を置いておいて欲しいんだ。」
「水、でございますか?」
「そう、朝使いたいから。あと休みの日はいいです。俺毎週実家に帰るし。
ということでお願いできますか?」
そういいながら俺は久々の『幼女スペシャル』を解禁!
はぅ! とか言ってクラっと倒れそうになるお姉さんだったが、何とか立ち直り、すごい勢いでうなづいてくれたので、手間賃として銀貨を1枚チップに渡した。
こんなにいただくわけには! とか言ってたけど、その手の言い分は基本無視する方向なので当然スルー。
よろしく~と言って初めての授業に向かう俺なのであった。
入学後初日の授業終了。
結論、暇。
どうも今日はカリキュラムの説明のようだったのだが、そのカリキュラムはどうも俺が父上から6歳のときに一週間で習ったものを、半年以上かけてやるらしい。
いや、分かってはいるんだけどね。基本は大事だと。
でもさすがにこれは予想外だったし、ここでは俺はあまり目立つつもりもなかったのだが、この退屈さには正直耐えられそうにない。
あとやたらと同級生のみんなが、俺の事を見てくる。
そんなに珍しいか? 俺。
その視線の中で、異質なものがちらほら。
分かりやすかったのが、クリスティン嬢と豚の視線だ。
敵意、だろうな。あれは。
豚はともかく、クリスティン嬢にはさすがにそんな目で見られる覚えがなかったので、こちらからも目を合わせて「何?」って感じで視線をぶつけてあげたら、ビックリしたような顔をして俯いてしまった。
う~ん、分からん。
豚がこっちを睨みつけていたが、あの程度でビビッてたらモンスター相手の狩りは勿論、イナ先生や父上の前になんざ立てるわけがない。
特に父上。
あの人、訓練となると人間が変わるんだよ、マジで。
Dグレード冒険者の俺に、元Bグレード冒険者の父上が、「ふはははははははは!」とか言いながら、《爆発》をぶちかましてくるとかありえないから、マジで!
《爆発》はアルケミスト職の代名詞ともいえる主戦攻撃魔法で、威力、範囲ともに申し分のない強力な術式だ。
(アルケミストだけは魔法のことを術式というようになる。公式設定より)
まぁ、俺ほど対アルケミスト研究をしていた人間も少なかったであろう、過去のゲームの経験からなんとか全て範囲を見切ってかわしてはいるんだが………。
間違いなくまともに当たれば一発で死ぬ。さすが元Bグレード冒険者は伊達じゃない。
そんな危ねぇモン、実の息子に笑いながらぶち込むんじゃねぇよ! 父上!
それにうちの敷地がどれだけ広かろうとさすがにご近所迷惑だ!
爆音だけで鼓膜破れて死にそうになるんだから!
自分に《ヒール》ですぐ治すけどな。
閑話休題。
後、気になった視線が二つ。
一つはあのヘルガー少年のもの。
どうやら俺を観察しているらしい。
真っ黒な瞳で、見るともなしに俺の事を見ていた。
クリスティン嬢と同じように、目線をこちらから合わせてやったが、手を振ってくる始末。
メンドクサイ。
あと一人は、やたらと眉間にしわをよせているのが残念に思えるかわいらしいぽい女の子で、まだ12、3歳にも関わらずあのマリエルの胸よりもさらに大きな爆乳ちゃんだった。
おぉう………、むしろ俺の目線がそっちに固定されてしまいそうだぜ………。
こちらの視線には悪意も何も感じなかったのだが、なんだか尻がむずがゆくはなったな。
そんなこんなで授業終了後、俺は逃げ出すように食堂に向かいささっと飯を食って自室に引きこもってポーション作りに没頭した。
うん、こういうときは体動かすか、手動かすかだな!
そんなこんなで俺は入学初日からさぼりがちになり、『おちこぼれ』の名に恥じない学生生活をスタートさせたのだった。
………言っとくけど予定通りだからな!
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