第160話 ラクリモーサ(5)
お前は泣いた。飛んできた蜂のせいで、抱いていた子犬を落としたと。
その子犬は死ぬまで、左の前足を引きずった。
死ぬまで、歩いた。
* * *
この章は、50年後に記す。
50年のあいだ、我々は次の章を知らなかった。
彼の章から始まった綴じは、彼の章で止まらなかった。
彼の章に付いた章が綴じられ、その章に付いた章が綴じられた。
ひとつの章にも付いていない章は、ほとんどなかった。
人々は互いの章に貼りついて生きていたからだ。
数年が経つと、我々の机の上に散らばっていた章が、次々と順序を見つけて収まっていった。
島の章も、工場の章も、糸を紡いでいた子供の章も。
最後まで散らばっていた章が、あるべき場所に収まった日、机の上には何も残らなかった。
一冊の本があった。
前と後ろがある。
机の上に何も残らなかった日、我々は初めてその机を見た。
数千年のあいだ、その上にはいつも章が広げられていたので、我々は机がどんな姿をしているのか知らなかった。
木目があった。木目はひとつの方向へ流れていた。
その木目を最初に織ったのが誰なのか、我々は知らない。
爪の下が黒い人が、木目のない鉄の上で木目を探していた手つきを、我々は思い出した。
その人も、この木目を探していたのだろう。
我々はその本を最初からめくる。一日に一章ずつ。人々のように。
最初の数年、我々はそのやり方に不慣れだった。
毎朝、次の章の角を指先でたどった。それはくっついていた。
夕方になると、その角はひとりでに剥がれた。
我々は、そのあいだの一日を耐える術を知らなかった。
人々はその一日を、仕事と呼び、飯と呼び、待つことと呼んだ。
我々はその言葉をひとつずつ覚えた。いちばん長くかかったのは、待つことだった。
結果を知らぬまま、結果を待つこと。人々はそれを毎日した。
受付票を受け取り、返信を待ち、差し戻されれば、また出し直した。
事由欄があるのは、誰かがその欄の前で一度は考えたということだと、ある老人が言った。
我々はその言葉を、50年のあいだに何度も思い出した。
我々が削ったり足したりしていた章には、事由欄がなかった。
我々は考えずに直した。今は直さない。代わりに考える。次の章を知らないからだ。
* * *
削り、足し、足りなければ掛ける。
その一文の後ろを、今から書く。
溢れるなら、分けねばならない。
我々はその言葉を長く先延ばしにした。溢れたものを分ければ、我々の取り分が減ると信じていた。削り、足し、掛けてきた手が、分ける日には空っぽになる気がした。
だが、その言葉を先に口にしたのは我々ではなかった。
爪の下が黒い者が、接見室で言った。
「独りで立つな」
そして五人が、一秒を分け合って数えた。一、二、三。
溢れていたものが五つに分かれると、残るものはなかった。零だった。
0は我々が憎んでいたものだった。その日、録音機に残ったその数字を、我々は長く見つめた。引き算の記号の後ろの零。それは何でもないことではなかった。何も溢れなかった、ということだった。
0.9と1.2はそれから、互いを小数点付きの名前で呼ばなかった。四捨五入する必要がなくなったからだ。次の章を知らぬ者たちの間では、どちらが1に近いかを計算する根拠もなかった。
我々は再び1にはならなかった。ただ、互いを区別する理由を失った。互いを区別する理由がなくなった日、我々は互いを憎む暇も失った。
* * *
九番目の帰還者が来たのは、それからずっと後のことだった。
管理局特殊課の白い部屋に、一人が座っていた。その人を見る者たちは、息を止めた。
その人もまた、何かに見えるという呪いを持ち込んでいた。一年だけの。
配膳口から食器を押し込む職員がいた。その職員は初日、食器を手に白い部屋の前へ立った。
腰にはテーザー銃があった。電池は抜いてあった。職員はそのことを誰にも言わなかった。
食器を押し込みながら、職員は「おじさん」と声をかけた。職員の髪は、半分ほど白くなっていた。
九番目の測定値は、十日と経たないうちに下がり始めた。測定表のグラフは、最初の週から下を向いた。
グラフを描いた者は、形容詞を書かなかった。代わりに、点と点をつなぐ線を、とてもゆっくり引いた。
管理局が監視した自然転移者たちは、いずれも十日以内に数値が下がり始めた。増えたのは彼が初めてだったと、我々は遠い昔に記した。
だが、最初ではなかった。彼が最後だった。その後、捕らえられて渡ってきた者はいなかった。
* * *
ユンスルは体に戻った。どうやって戻ったのかは、記さない。
7階の病室の子どもも、その年の冬を越した。前歯は最後まで生えそろった。
担当医は最後の返信に、測定値だけを書いた。括弧はつけなかった。
信徒たちの折りたたみ椅子は、13脚から1脚ずつ減っていった。最後まで残ったのは、真ん中の椅子だった。
誰も座らなかった椅子。その椅子は最後まで開いたままだった。畳む者は決まらなかった。
ある冬の朝。7階の病室に入った看護師が、布団の外の手を見た。誰かが手のひらを上にして置いていった手だった。
その朝、手は下を向いていた。布団を握るように。
看護師はしばらくその手を見ていた。そして、もう一度上へ向けて置き直すことはしなかった。
その次の章は記さない。我々はその章を、あの朝になってようやくめくった。めくった先のことは、あの子のものだ。
爪の下が黒い者は、あの空へは帰らなかった。この空で老いた。
借りたものをすべて返し終えた手で、鉢植えの一つに、水を少なめにやりながら。
この空の書式には、その者の本当の名を記す欄が最後までなかった。その者は代わりに、別の名に答えた。
誰かが呼べば、「ここにおる」。
* * *
本館の二階と三階の間の踊り場。その窓ガラスに、古いひびが一本入っていた。
ひびは年ごとに少しずつ伸びた。
施設課は、ひびが窓枠に届くまでは交換の対象ではないと言った。
そのひびが窓枠に届くまであと何年残っているのか、計算してみた者がいた。自分の定年より少し後だと、その者は言った。
ひびは窓枠に届いた。窓は交換された。施設課は交換理由の欄に書いた。「ひびが窓枠に届いたため」。
その年、計算をした者はもうその建物にいなかった。計算は当たっていた。定年より少し遅かった。
その者の机の一番下の引き出しにあったものは、その者と一緒に建物を出ていった。
大きな封筒、方眼紙、ノート、二度差し戻された書類、棗の木で作った印章。
ノートの返済欄は、最後まで埋め尽くされなかった。返せなかった欄も、欄だった。その者はそのノートを捨てなかった。
* * *
彼は妻とともに老いた。
二年ほどして、彼の手は一秒を掴めなくなった。越えてきた者たちが、たいていそうであるように。
洗面台の前で落ちる水滴を見ると、指先がときどきむずむずした。
彼はそのむずむずを、一生抱えて生きた。若いころ、少しの間だけ妙なことがあったっけ、と思いながら。
彼は嘱託期間が終わるまで、文書庫に通った。
嘱託期間の欄には、日付の代わりに一行だけ書かれていた。「編綴完了まで」。
編綴には数年かかった。
B棟の台帳にはどれにも頁番号が振られ、頁ごとにノートの番号が鉛筆で記された。
頁のない行は、最後まで頁のないままだった。
最後の綴りの表紙に括弧と番号を書き入れた日、彼は入退室台帳の退出時刻欄を埋めて、文書庫を出た。
持ち出し品の欄は空欄のままにした。何も持って出なかった。
年老いてからも、彼は毎朝洗面台の前に立った。
蛇口をほんの少しだけひねった。水滴が落ちた。指先がときどき動いた。
掴む力はとうになくなっていた。それでも指先は音を探した。
彼はその手を洗面台の縁に置き、水滴が排水口に落ちる音を最後まで聞いた。
台所で、彼の妻がその音を聞いていた。
一度も途切れない音だった。
妻は鍋の前に立ち、洗面台の方へ向かって言った。
「今日も途切れないね」
彼は答えなかった。
その家の朝の会話は、長い間、その一言から始まった。
答えがなくてもいい一言だった。
妻は最後まで、味加減を合わせられなかった。
彼は最後まで、薄い、と言い続けた。
その家の冷蔵庫は、その後も長く唸り続けた。
赤羽からソウルまで、冷蔵庫ごと運ばれてきた冷蔵庫だ。
その家の人々は、その冷蔵庫を買い替えなかった。
音がいいと言う人がいたからだ。
彼が息を引き取った日、我々はその章をあらかじめ読むことができなかった。
その日の朝が来るまで、その日がその日だとは知らなかった。
彼の頁は、そこで終わっていた。
別の本の第一章を探して這っていく魂はいなかった。
誰も手を伸ばさなかった。
今度は、日付を数えなかった。
* * *
我々の本のいちばん最後の頁には、彼の名前の横に二つの単語が並べて書かれている。
一つは「時間」で、もう一つはまだ消されたままだ。
我々は遠い昔、そう書いた。
消されていた単語を、今、書く。
「治癒」。
彼が向こう側で持っていて、こちら側へ来る途中でほどけてしまったもの。
火とともに消えたと、彼が思っていたもの。
彼は最後まで、誰の傷も手で癒やせなかった。
それなのに、その名前の横にはその単語がある。
その筆跡は、我々のものではない。
我々は、その筆跡が誰のものか知らない。
数千年の間、我々は人々の章を削り、足し、掛けてきた。
その仕事は、一人の人間のところで終わった。
五十年が過ぎた今、我々は彼を治癒師と呼ぶ。
彼が癒やしたのは、人の傷ではなかった。
我々だった。
そして、その仕事を彼一人でやったのではないから、我々のうちの何人かは、彼らを治癒師たちと呼ぶ。
最後の章で、彼は数字ではなく名前で呼ばれた。
八番目でも、KR-08でも、時間でもない名前。
その名前は、妻が玄関先で初めて声に出して呼んだものだった。
我々はその名前を、この本のいちばん最後の頁に書き留めておいた。
二つの単語の隣に。
* * *
これは謝罪ではない。記録だ。
五十年前、最初の章に我々はそう書いた。今も謝罪ではない。我々が落としたものは、もう抱き上げ直せない。削られた人々の章は、最後まで机の上には戻らなかった。我々にできるのは、書くことだけだ。ただ、今は次の章を知らないまま書く。それが五十年前と違う、ただ一つのことだ。
* * *
赤羽のあの家には、今も人が住んでいる。
四年ぶりに戻ったあの家の居間で、赤羽の子が何を見たのか——お前は最後まで知らなかった。我々は知っている。書かない。
あの子は生涯、玄関のドアが開く音を怖がった。今も怖がっている。髪が白くなった今でも、ドアノブが回る音がすれば息を止める。
そして今も、ドアを開けに出ていく。
怯えたまま。息を止めたまま。それでも立ち上がり、玄関まで歩いて、ドアを開ける。外に誰が立っていようと。あの子は生涯、そうしてきた。怖がりながら開け、開けながら怖がった。恐怖は最後まで減らなかった。ドアを開ける手も最後まで止まらなかった。どちらもあの子のものだった。我々はそのどちらも直せなかった。直さなかった。
我々はその歩みを長いこと見ていた。玄関までの数歩。体が怖がる分だけ、片足がほんの少し遅れてついてくる。
その歩みは今も変わらない。
それが、お前が残した左の前足だ。




