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12話:魔力

農園へ行った日の夕食には、私が収穫した根菜が使われていた。

薄く切られた白い根菜は、柔らかく煮込まれ、透き通ったスープの中に浮かんでいる。


「これ、エリーが採ったやつ?」


レグルスお兄ちゃんが、私の皿を覗き込む。


「うん!」


私は得意げに頷いた。


「土の中から、こうやって引っ張ったの。」


両手で葉を掴み、引き抜く真似をしてみせる。


「思ってたよりも重くてね。なかなか抜けなかったんだけど、最後はちゃんと取れたんだよ。」

「そうか。」


シリウスお兄ちゃんが、いつもより僅かに口元を緩めた。


「エリーが収穫したのであれば、味わって食べなければならないな。」

「俺たちの皿にも入っているのかな。」


レグルスお兄ちゃんが自分のスープを覗き込む。


「同じ農園のものではあるだろう。」

「でも、エリーが採ったものとは限らないよ。」

「一つしか採ってないから、みんなの分はないと思う。」


私がそう言うと、レグルスお兄ちゃんは少し残念そうな顔をした。


「じゃあ、次はもっとたくさん採ってきて。」

「うん。今度はお兄ちゃんたちも一緒に行こうよ。」

「畑へ?」

「楽しかったよ。」


レグルスお兄ちゃんはシリウスお兄ちゃんを見る。

シリウスお兄ちゃんは少し考えたあと、小さく頷いた。


「そうだな。」


私はスプーンで根菜を掬った。

表面には、まだ少しだけ土の中にあったときの姿が残っているような気がする。


誰かが種を蒔き。

水を与え。

育つまで見守って。

私が土の中から引き抜いた。


そうして今、料理人の手でスープになり、私の前にある。


「いただきます。」


手を合わせてから、根菜を口に運ぶ。


柔らかい。

噛むと、僅かな甘みが広がった。


「美味しい。」


思わず声が漏れる。


いつも食べている野菜と、大きく味が違うわけではない。

それでも、自分で収穫したものだと思うと、少しだけ特別に感じられた。


「良かったな。」


パパが静かに言う。


「うん。」


私はもう一口、スープを口へ運んだ。

今日の食事は、いつもよりも喉を通りやすかった。


食事を終えたあと、私はパパへ声をかけた。


「ねぇ、パパ。」

「どうした。」

「エリー、魔法を習いたい。」


パパの動きが止まった。

シリウスお兄ちゃんとレグルスお兄ちゃんも、同時にこちらを見る。


「そうか。」


思っていたよりも、あっさりとした返事だった。


「いいの?」

「ああ。お前も、そろそろ魔法の基礎を学び始める頃だ。」


私は思わず顔を明るくした。


「本当?」

「ただし、まずは自分の魔力を知るところからだ。」

「魔力を?」

「体の中に、どれほど魔力を持っているかを調べる。」


パパは私を真っ直ぐに見つめた。


「そのあとで、魔力の扱い方を学ぶことになる。」

「うん。ちゃんとやる。」

「体調が悪くなった場合は、すぐに中止する。」

「分かった。」

「無理もするな。」

「分かってるよ。」


私が大きく頷くと、パパは小さく息を吐いた。


「明日、魔力量を測る。」


自分の中に魔力がある。

その事実だけで、胸が高鳴った。

私は本当に、魔法を使えるのだ。


◇ ◇ ◇


翌日。


私はパパとお兄ちゃんたち、それからレイとともに、城の奥にある訓練室へ向かった。


訓練室というから、剣や鎧が並ぶ場所を想像していた。


けれど、通されたのは、だだっ広い部屋の中央に机が一つ置かれているだけの部屋だった。

窓は嵌め殺しで開かないようになっていて、壁も床も石で造られている。


中央の机には、透明な水晶玉のようなものが置かれていた。

両手で抱えられるほどの大きさだけれど、今の私が持つには重たそうだ。


「これで測るの?」

「ああ。」


パパが水晶玉の前へ立つ。


「触れれば、魔力量に応じて光を放つ。」

「色で分かるの?」

「色と光の強さだ。」


シリウスお兄ちゃんが私の隣へ立った。


「魔力が少なければ淡く光り、多ければ強く光る。」

「お兄ちゃんたちもやったことある?」

「ああ。」

「どうだった?」


私が尋ねると、レグルスお兄ちゃんが得意げに笑う。


「俺たちは、二人ともかなり多いって言われたよ。」

「王家の者としては当然だ。」


シリウスお兄ちゃんは平然としている。


「エリーはどれくらいかな。」

「きっと多いよ。」


レグルスお兄ちゃんが、迷いなく言った。


「だって、エリーは俺たちの妹だからね。」


そう言われると、少しだけ緊張してくる。


もし、ほとんど光らなかったらどうしよう。


魔王の娘なのに、魔力が少なかったら。

野菜を育てる魔法も使えないのだろうか。


水晶玉へ手が届くように、パパが私を抱き上げた。


「手を置け。」

「痛くない?」

「痛みはない。」

「壊れたりもしない?」

「通常であればな。」


通常であれば。

少し気になる言い方だったけれど、私は恐る恐る水晶玉へ手を伸ばした。


冷たい。

指先が表面へ触れた瞬間、水晶玉の中心に小さな光が灯った。


淡い赤色の光だった。


「光った。」


思わず声を上げる。

最初は、小さな火種のようだった。

けれど、その光はすぐに大きくなった。

赤い光が水晶玉の内側を満たしていく。


「わぁ……。」


綺麗だ。


そう思った次の瞬間、赤い光が炎のように揺らめき、紫色の光を撒き散らし始めた。

水晶玉の中で幾重にも反射した光は、内側だけでは収まりきらないように溢れ出す。

部屋全体が、赤と紫の光に染め上げられた。

眩しくて、目を開けていられない。


「エリー、手を離せ。」


パパが私の手首を掴み、水晶玉から引き離した。


指先が離れた瞬間。


ぱきり、と小さな音がした。

赤と紫の光が、ふっと消える。


静けさの戻った部屋で、私は何度か目を瞬かせた。

水晶玉の表面には、細い亀裂が走っている。


「……壊しちゃった。」


誰も何も言わない。

不安になり、抱き上げられたままパパの顔を見上げた。


「ごめんなさい。」

「謝る必要はない。」

「でも、ひびが……。」

「お前が悪いわけではない。」


パパは私を床へ下ろすと、水晶玉へ近づき、亀裂を指先でなぞった。

お兄ちゃんたちも、その隣で水晶玉を見つめている。


「測定できなかったということですか。」


レイが静かに尋ねた。


「いや。」


パパが低い声で答える。


「測定の上限を超えた。」

「上限?」


私は意味が分からず、首を傾げた。

レグルスお兄ちゃんが、ぱっと顔を明るくする。


「凄いじゃん、エリー!」


シリウスお兄ちゃんも、驚いたように私を見ている。


「エリーの魔力、そんなに多いの?」


私が尋ねると、パパは亀裂の入った水晶玉へ視線を落とした。


「ああ。」

「じゃあ、たくさん魔法を使える?」

「使えるかどうかは、これからだ。」


パパが私へ向き直る。


「魔力は、多ければいいというものではない。」

「どうして?」

「扱えなければ意味がない。」


パパは水晶玉から私へ視線を戻した。


「次は、簡単な魔法を試す。」

「もう魔法を使うの?」

「ああ。」


胸が一気に高鳴る。


「何をするの?」

「水を作る。」


パパは右手を前へ差し出した。


その手のひらの上に、透明な水の粒が浮かび上がる。


丸い、小さな水の球。

指先ほどの大きさで、床へ落ちることもなく、空中に静かに浮かんでいた。


「すごい。」

「この程度で構わない。」


パパが手を軽く握ると、水滴は音もなく消えた。


「今のを真似ればいいの?」

「ああ。」

「どうやって?」

「まずは、体の中にある魔力を感じろ。」


いきなり難しい。

私は自分の胸やお腹へ手を当ててみた。


「どこにあるの?」

「どこか一か所にあるわけではない。」

「じゃあ、どうやって見つけるの?」

「自分の魔石に触れてみろ。」


言われた通り、首の後ろにある魔石へ手を伸ばす。

表面は石のようにひんやりとしていた。

けれど、その奥には、じんわりと温かなものがある。


「何か、あったかい。」

「それが魔力だ。」


パパは私の手元を見ながら続ける。


「魔石から生まれた魔力は、血液のように全身を巡っている。」

「体の中を流れてるの?」

「ああ。その流れを意識しろ。」


私は魔石の奥にある温かさへ意識を集中させた。

言われてみれば、そこから細い何かが身体中へ広がっているような気がする。


「分かるか?」

「たぶん……。」


はっきりとは分からない。

けれど、魔石の周りだけでなく、背中や肩、腕の中にも同じ温かさがある。


「その流れを、手のひらへ集めろ。」

「集める?」

「腕を通って、手のひらへ流れていくところを想像するんだ。そして、外へ逃がさず、そこへ留めろ。」


私は右手を前へ差し出した。


魔石から腕へ。

腕から手のひらへ。


温かなものが流れていくところを、頭の中で思い描く。

掌が、じんわりと温かくなっていく。


温かい。

温かいもの。


――炎。


ぼうっ、と音を立てて、掌の上に小さな炎が上がった。


「わぁ!」


驚いて手を引っ込める。


その拍子に集中が途切れたのか、炎はすぐに消えてしまった。


「今の、魔法?」


自分の掌を確かめる。

火傷はしていない。


「ああ。」


パパは短く答えた。


「だが、作るのは水だ。水をイメージしろ。」

「でも、魔力が温かいから難しいよ……。」


水は冷たいものだ。

けれど、身体を流れる魔力はじんわりと温かくて、どうしても炎を思い浮かべてしまう。


「それなら、温かい水を思い浮かべればいいんじゃない?」


レグルスお兄ちゃんが言った。


「温かい水?」

「お風呂みたいな。」


なるほど。


私はもう一度、右手を前へ差し出した。


温かい水。

お風呂みたいに、触れると気持ちのいい温度の水。


その水を、掌の上で小さな雫にする。


魔石から腕へ。

腕から掌へ。


流れてきた温かさを、今度は外へ逃がさないように留める。


小さな水滴。


そう強く念じた。


ぽたり。


掌の上に、透明な水の球が浮かんだ。


「出た!」


嬉しくなって声を上げる。


パパが作ったものよりも少し大きい。

けれど、ちゃんと丸い形を保っている。


「できたよ!」

「集中を切らすな。」

「うん。」


私は水球を見つめた。


綺麗だ。


自分の力で作った、初めての魔法。


そう思った瞬間、水球が僅かに膨らんだ。


「あれ?」


指先ほどだった水球が、拳ほどの大きさになる。


「エリー、魔力を止めろ。」

「止める?」

「それ以上流すな。」

「どうやって?」


慌てて魔力を止めようとする。

けれど、一度流れ始めた魔力はなかなか止まってくれない。

水球はさらに膨らみ、あっという間に私の頭ほどの大きさになった。


「大きくなってる!」


どうにか小さくしようと念じるけれど、水球は縮むどころか、さらに膨らんでいく。

やがて私の身体よりも大きくなり、透明な水の塊が目の前でゆらゆらと揺れ始めた。


「姫様、落ち着いてください。」


レイが近づいてくる。


「掌へ流している魔力を、ゆっくりと弱めてください。」

「弱めてるつもりだよ!」


焦れば焦るほど、首の後ろにある魔石が熱くなる。


水球はますます大きくなり、天井近くまで膨れ上がった。

表面が不安定に波打ち、形が崩れ始める。


「父上。」


シリウスお兄ちゃんの声にも、僅かに緊張が滲んでいた。


「これ、弾けるんじゃ……。」


言い終わる前に、水球が大きく揺らいだ。


次の瞬間。


激しい音とともに、水球が弾けた。


大量の水が部屋中へ飛び散り、視界が真っ白になる。

息をする間もなく、頭から水を被った。

次に目を開けたとき、訓練室は水浸しになっていた。

床には水が溜まり、机も椅子もびしょ濡れになっている。


パパも。

お兄ちゃんたちも。

レイも。


全員、頭から水を被っていた。


沈黙が落ちる。


濡れた髪から、水滴がぽたりと床へ落ちた。


「……ご」


謝ろうとした、そのとき。


私の声よりも先に、お兄ちゃんたちの笑い声が響いた。


「ははははっ!凄いよ、エリー!」

「あんなに大きな水球を作れるなんて。」


レグルスお兄ちゃんは声を上げて笑い、シリウスお兄ちゃんも濡れた髪をかき上げながら口元を緩めている。


怒られると思っていた私は、呆然と二人を見つめた。


パパも濡れた前髪をかき上げる。


「謝る必要はない。」

「でも、部屋が水浸しに……。」


気まずくなって辺りを見回す。


「初めから魔力を制御できる者はいない。」

「本当?」

「ああ。魔力量が多ければ、それだけ制御も難しくなる。」


レグルスお兄ちゃんが頷いた。


「不器用な魔族だと、一生かかっても上手く制御できないことがあるくらいだからね。」


一生。


それを聞くと、少し不安になる。


パパは濡れた床へ視線を落とした。


「お前の場合は、制御できなかったときの規模も大きい。」


さっきまで掌に収まっていたはずの水が、部屋中を水浸しにしている。


「魔力が多いということは、それだけ大きな力を使えるということだ。」


パパが私へ向き直る。


「だが、制御できなければ、その力は自分や周囲を傷つける。」


私は水浸しになった部屋を見回した。


今は水だったから良かった。


もし、これが火だったら。

土や石だったら。

誰かに向かって飛んでいたら。


急に怖くなる。


「エリー、魔法を使わない方がいい?」


パパはすぐに首を横へ振った。


「そうは言っていない。」


大きな手が、私の濡れた頭へ乗せられる。


「使いこなせるようになればいい。」

「できるかな。」

「できる。」


迷いのない声だった。


「そのために訓練する。お前に合う教師をつけてやろう。」


私はパパの顔を見つめた。


「分かった。」


大きく頷く。


今度は、部屋を水浸しにしないように。


必要な分だけ水を出して。

必要な分だけ土を動かして。

小さな芽を、ゆっくり育てられるように。


そのために、ちゃんと練習しよう。


◇ ◇ ◇


エリーがレイとオズヴァルトに連れられて部屋を出ると、訓練室にはシリウスとレグルスだけが残された。


床には、まだ水が溜まっている。


机の上には、細い亀裂の入った魔力測定器が置かれていた。


しばらく、どちらも口を開かなかった。


レグルスが水晶玉へ近づき、亀裂を指先でなぞる。


「……父上よりも多いかもしれないな。」


シリウスは黙ったまま、水晶玉を見つめていた。


やがて、小さく頷く。


「ああ。」


王家に生まれた者は、皆、強大な魔力を持つ。


自分たちも、幼い頃に測定を受けた。

水晶玉は強い光を放ち、周囲の者たちを驚かせた。


けれど、壊れはしなかった。


「エリーが、次の魔王になるのかな。」


レグルスの声には、戸惑いも不満もなかった。


むしろ、その表情はどこか嬉しそうだった。


シリウスは少しだけ考え、静かに答える。


「なるかもしれない、じゃない。」


レグルスが兄を見る。


「なるべきだ。」


その言葉に、レグルスはゆっくりと笑った。


「うん。俺もそう思う。」


二人の脳裏に、あの日の言葉が蘇る。




母上がいなくても。

エリーは俺たちが、誰にも恥ずかしくない立派な魔族にしてみせる。




「あのときより、目標がはっきりしたな。」


レグルスが言う。


「だが、やることは変わらない。」


シリウスは、水晶玉から視線を上げた。


二人は顔を見合わせる。


「「俺たちが、エリーを立派な魔王にするんだ。」」


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