第72話:三十年未踏の砂漠ダンジョンと、砂上船のロマン
王都での闘技場大会も無事に終わり、俺たちは久しぶりに冒険者ギルドへと足を運んでいた。
ギルドの扉を開けると、相変わらず荒くれ者たちの活気と熱気が押し寄せてくる。
「そう言えば……冒険者になってから、ちゃんとした依頼ってあんまり受けたことなかったなー」
これまでは何かと緊急事態に巻き込まれたり、道中で魔獣と遭遇したりすることが多く、こうしてギルドの依頼掲示板をじっくり眺める機会が少なかったのだ。
掲示板には、商人や貴族の護衛、周辺の魔獣討伐、希少な薬草の採取など、様々な依頼書が所狭しと貼り出されている。
そんな中、掲示板の一番端に、ひときわ目を引く紙があった。
「……なんだこれ?」
他の羊皮紙と違い、その一枚だけがひどく黄ばみ、端がボロボロに風化している。
依頼のタイトルは『ダンジョンの捜索および調査』。
日付の欄を見ると、なんと最近の依頼書より三十年も古いものだった。
気になった俺は、その古びた依頼書を剥がして受付カウンターへと向かった。
「すいません、ちょっと聞きたいんですが」
「はい、いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
「この古い依頼書が気になって。これ、三十年前のですよね?」
受付嬢のお姉さんは、俺が手にした紙を見て少し困ったような顔をした。
「あぁ……そちらは、三十年間だれも達成できていない未解決依頼になります。南の砂漠地帯のどこかに未知のダンジョンがあると言われているのですが、これまでに誰一人として見つけることができていないんです」
「見つかってないのに、なんでダンジョンがあるって分かるんですか?」
「ダンジョンが新たに出現する際、周辺の空が暗くなり、天から巨大な光の柱が降りてくるという予兆があります。その特有の現象が、三十年ほど前に砂漠の方角で明確に観測されているんです」
「なるほど……。でも、砂漠に建物があるなら、遠くからでも目立ちそうだけどなぁ」
「ダンジョンの形は様々なんです。そびえ立つ塔や、地下へ続く洞窟……中には『転移魔法陣型』と呼ばれるものもあります。もし魔法陣が砂漠の砂に深く埋もれてしまっていれば、目視で見つけるのは極めて困難です」
「確かに、広大な砂漠で砂に埋もれた魔法陣を探すのは至難の業だな……ん? この依頼書の横に、新しく『急募』って紙が貼られてますけど?」
俺が指差すと、受付嬢の表情がスッと引き締まった。
「……はい。三十年間誰にも攻略されず放置されているため、そろそろ『ダンジョンブレイク』を起こす可能性が高まっているんです。もしブレイクが起きれば、三十年間ダンジョン内で増え続けた強力な魔獣たちが一斉に外へ溢れ出します。それが、もしこの王都の方角に向かってきたら……」
国が滅びかねない大惨事になる。そういうことか。
(……なぁ、リコ。どう思う? やれそうか?)
俺は肩に乗る白く気品あるネズミの相棒に、念話でこっそりと話しかけた。
彼女の額にある金色の紋章が、チカッと淡く輝く。
(『ふふっ、私に不可能はありませんわ。お受けなさいな。ちょうど、新しく手に入れた力……【イザナミ】を実戦で使ういい練習になるでしょうし』)
(そっか! それなら心強いな。サンキュー、リコ!)
俺は力強く頷き、受付嬢に依頼書を差し出した。
「これ、俺やってみます!」
「本当ですか!? ありがとうございます……って、ああっ! 申し訳ありません!」
受付嬢は俺のギルドカードを確認して、慌てて頭を下げた。
「実はこちら、ダンジョンブレイクの危険性が極めて高いため、難易度が上がりすぎて『S級以上』の冒険者パーティーでなければお受けできない規定になっておりまして……。失礼ですが、リオン様は現在B級ですので……」
「あー、そっか。今はまだB級でした。お役に立てずすいません……」
俺が苦笑いして依頼書を引っ込めようとした、その時だった。
「――おお! リオンじゃねぇか!」
ギルドの奥から、豪快な笑い声と共に筋骨隆々の大男が近づいてきた。
この王都ギルドを束ねるギルドマスター、ギデオンさんだ。
「ギデオンさん! こんにちは」
「おう! 闘技場での戦い、特等席から見てたぜ! 見事だったな!」
「ありがとうございます! おかげさまで、なんとか優勝できました」
俺が笑って答えると、ギデオンさんは俺の手元にある古い依頼書に目を留めた。
「なんか依頼受けるのか?」
「はい。このダンジョンの捜索を受けてみようと思ったんですけど、ランクが足りなくてダメみたいで……」
「なんだ、そんな事か。構わねぇ、お前なら特別に受けていいぞ! 手続きはこっちで無理やり通しといてやる!」
「えっ、いいんですか?」
「当たり前だ! 期待してるぜ!」
「ありがとうございます! じゃあ、しっかり準備して行って来ますねー!」
ギデオンさんの太っ腹な対応に感謝しつつ、俺は足早にギルドから出て行った。
◆ ◆ ◆
「マ、マスター……。よろしかったのですか? あの方はまだB級でしたが……」
リオンが去った後、受付嬢が恐る恐るギデオンに尋ねた。
すると、ギデオンはニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
「何を言ってやがる。あいつはあの『剣聖ジーク』を真っ向からぶっ倒して、闘技場で優勝した英雄リオンだぞ! 冒険者ランクの更新が追いついてねぇだけで、実力は間違いなくS級……いや、それ以上の化け物だ。あいつに任せとけば、三十年物のダンジョンだろうが問題は無いだろうよ」
「そ、そんなにすごい方だったんですね……。私、大変失礼なことを言ってしまいました……」
受付嬢は、ただの優しそうな青年にしか見えなかったリオンの底知れない実力に、呆然と立ち尽くすのだった。
◆ ◆ ◆
一方その頃。
俺とリコは、砂漠へ向かうための準備で王都の市場を歩き回っていた。
「砂漠かー。暑さ対策の魔道具に……食材に…夜は寒いから暖かい料理もいる……他に何がいるかなー」
(『リオン。砂漠の移動には【砂上船】が必要ですわ。どこかで借りられないか聞いてみましょう』)
「砂上船? 砂漠を船で移動できるのか?」
(『ええ。飛行魔法での長距離移動は魔力消費が激しいため、広大な砂漠では非効率です。それに……せっかくの異世界の旅ですから、思い切り楽しまないと損ですわよ!』)
「確かに! 砂の海を船で走るなんて、いかにもファンタジーって感じで異世界ならではのロマンだよな! そうと決まれば、早速探しに行こう!」
(『では、王都にある大手の商会に聞いてみましょう。砂漠を越える商人たちが必ず利用しているはずですから』)
俺たちは、王都のメインストリートに巨大な店舗を構える
『オアシス商会』へと足を運んだ。
「すいませーん。砂上船のレンタルについて聞きたいことがあるんですが」
「いらっしゃいませ。砂上船ですね。専門の担当の者へお伝えいたしますので……恐れ入りますが、お名前とご職業、使用目的を教えていただけますでしょうか?」
「リオンです。一応B級冒険者で、職業はテイマーをやってます。南の砂漠にある未踏ダンジョンの捜索に使いたいと思いまして」
「……っ!? リ、リオン様……テイマーの!? えっと……少々お待ちくださいませ!!」
俺が名前と職業を名乗った瞬間、受付の女性は顔色を変え、ものすごい勢いで奥へと走り去ってしまった。
「……なんか、すげぇ慌ててたな」
首を傾げていると、やがて奥から、上等なシルクの服を着た恰幅の良い初老の男性が、満面の笑みを浮かべてすっ飛んできた。
「初めまして、リオン様! 私、この商会の会長を務めております、カルロと申します。交易都市グランツのロレンス殿から、リオン様の大活躍についてはかねがねお聞きしております! ささっ、どうぞこちらのVIPルームへ!」
俺とリコは、ふかふかの絨毯が敷かれた、無駄に豪華な応接室へと案内された。
「すごい部屋ですね……。俺、こんな所に居ていいのかな?」
「何をおっしゃいますか! 闘技場での圧倒的な戦い、数々の高ランク魔獣の討伐……それにグランツでは、恐るべきドラゴンまで単独で討伐されたとお聞きしております! そのような雲の上の英雄に、出来る限りのおもてなしをすることは商人として当然でございます!」
「ははは……さすが大商会のネットワークですね。なんでも知ってらっしゃる」
どうやら、グランツでお世話になった商人ロレンスさんの口コミで、俺の噂が商人ネットワークに知れ渡っているらしい。
「ところで、砂上船をお探しとのことですが、船の規模などはお決まりでしょうか?」
「大きさ? いや、えっと……実は砂上船がどんなものか全く知らなくて。どんな種類があるか教えて欲しいです」
「失礼致しました! それでは一つずつ説明させていただきますね」
カルロさんの説明によると、砂上船には風と土の魔法石を動力にして動く仕組みらしい。
小規模なものは5人乗り、中規模は10〜20人、大規模な商隊用になると50人以上が乗れる巨大なものになるそうだ。
今回は俺と仲間たち(基本は小型化している)だけなので、小規模の最新型を貸してもらえることになった。
「最新型の小規模船ですと、通常のレンタル料は1日につき金貨2枚になりますが……今回は特別に、無償でお貸しいたしましょう!」
「えっ、いいんですか!? ……あ、でもその代わり、俺がダンジョンで手に入れたレア素材とかアイテムを優先的に買い取らせてほしい……ってやつですよね?」
「お見事! さすがリオン様、話が早くて大変助かります! 三十年前から未踏のダンジョンとなれば、中にいる魔獣の素材や眠っている財宝は、想像を絶するほどレアで価値のあるものになっているはずですから!」
カルロさんが商人らしく目をギラギラさせる。
(……なぁリコ。時間が経ってるとレアなものになるって、どういう理屈なんだ?)
俺がこっそり念話で尋ねると、リコが呆れたようにため息をついた。
(『ダンジョンの中枢からは、常に【魔素】が発生していますわ。通常は冒険者が入って魔獣を狩ったり宝箱を開けたりするため、魔素は新たな魔獣を生み出すために消費されます』)
(なるほど)
(『ですが、三十年間誰も入っていないとなれば……魔素は消費されず、ダンジョン内に限界まで溜め込まれ、濃度が極限まで跳ね上がります。結果として、最上位クラスの凶悪な魔獣が変異して生まれたり、途方もない魔力を秘めたレアアイテムが生成されたりするのですわ』)
「つまり、熟成された未踏ダンジョンは、極上の激レア素材や食材が大量に眠ってる宝の山ってことか!」
(『そういうことですわ。ダンジョンブレイクを起こして外に散らばってしまう前に、極上の獲物たちを私たちが美味しく攻略してさしあげましょう』)
「ああ、すっげぇ楽しみになって来たな! カルロさん、交渉成立です!」
「ありがとうございます! 船の準備はすぐに整えさせます!」
未知の砂漠、ロマンあふれる砂上船、そして熟成された極上のダンジョン素材。
準備も万端に整い、俺たちは新たな「未知なる食」を求めて、期待に胸を膨らませながら王都を出発するのだった。
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