15.柳葉包丁
13.鬼おろしで登場したセファイドです。私が食べ物の話を書きたくなったら、大体彼が出てくると思います
ダンジョンは世界各地にあるが、そのダンジョンによって出やすいアイテムは違う。ポーション類の出やすいダンジョン、鉱石類の出やすいダンジョン、アクセサリー類の出やすいダンジョン、武器の出やすいダンジョンと様々だ。
そして裏で美食ハンターと呼ばれている俺が選ぶのは、食材の出やすいダンジョン、酒類の出やすいダンジョンが多い。
もちろん、出やすい、というだけであって、その他のアイテムも当然出る。浅層では個人用のアイテムが出るのはどこのダンジョンでも共通だしな。俺はまだ個人用のアイテムは手に入れていないが、個人用のアイテムというのは簡単に手に入れられる反面、非常に使用方法が難解だというのがお約束だ。
今俺が潜っているのは、海辺の街近くのダンジョンだ。ワダツミノとかカイジャクノとか最初に付く海に関連したアイテムが出やすいと言われているが、それは個人用か、もしくは深層で手に入る希少アイテムだ。魚介類のチンミと呼ばれる珍しい食材が出やすいと言われているので潜ってみたのだが、なかなかお目にかかれない。いや、正確には神殿に行かなければ判明しないのだが、今のところはそれらしきものは出ていない。いくつかのポーション類と真珠の付いたアクセサリーがひとつ出ただけだ。このアクセサリーは何か効能が付いているかどうかは知らんが、それなりの値段が付くだろう。そろそろ腹も減ってきたし、あとひとつくらい宝箱をみつけたら地上に戻るか。今いる階層は149階層だから、150階層まで降りれば地上に戻れる転移陣があるはずだし。
150階層に降りてすぐにみつけた宝箱には、細長いナイフが入っていた。ひんやりとするから、おそらく水属性か氷属性だろう。だが鞘がない。剣でもナイフでも大概は鞘に入っているものなのだが。
まあ、神殿に行けば何かわかるだろう。
神殿はいつも通り賑わっていた。途中の屋台で串に刺さった焼き魚を1本買って食べたが、まだまだ食べ足りない。とっとと鑑定を終わらせて何か食べに行きたいところだ。鑑定料を支払い、次々と手に入れたアイテムを祭壇に載せていく。
酔い止めポーションか、海辺のダンジョンらしいポーションだな。それに、おや、パナケアとは大当たりだな。エリクサーと双璧をなす希少ポーションじゃないか。これはオークションに出さないとならんな。
次に真珠のアクセサリーを載せる。
“トヨタマヒメノカンザシ”
“身に付けていれば決して溺れない。使用制限:女性のみ”
なんと、決して溺れないとは素晴らしい効能だな。だが、女性限定か、残念だが売るか。どうやって使うのかもわからんアクセサリーだしな。
最後に細長いナイフを載せる。
“ヤナギバホウチョウ”
“刺身の断面を綺麗に切るための片刃の和包丁。繊維を潰さず艶やかで美味しい刺身に仕上げることができる。属性:氷、殺菌作用 使用制限:魚の扱いに長けた者”
・・・サシミとはなんだろうか。おそらく食べ物なのだろうが、魚の扱いに長けた料理人にしか扱えないのか。魚料理の有名な食事処を探してみるか?
神殿からの帰り道、街中を歩いているとどこかで聞いた声が聞こえてきた。
「ルナ嬢、今日はどの魚にする?」
「イカとホタテが美味しそうですね、それにエビも。刺身にしましょうか。クラレンス様、生魚食べれますか?」
「生?マリネにでもするのかい?」
「いえ、生のまま食べます。醤油、ショウユウーをつけて。絶対ショウユウーって私の同郷の人が作ったと思うんですよね」
そこにはローエンブルクの街の考察屋の黒髪の店主と、銀髪銀目の明らかに高位貴族の男がいた。いや、それよりも、店主殿は今なんと言った?サシミと言わなかったか?!
「店主殿!」
「・・・あら?セファイドさん、でしたか?」
思わず声をかけると、幸い店主殿は俺の顔と名を憶えていてくれたようだ。
「ルナ嬢、知り合いかな?」
護衛騎士と思しき者たちと銀髪の男が店主の前に出る。
「以前お客様として店にいらした冒険者の方です。珍しいアイテムが見つかったらお持ちくださると約束していたのですよ」
「珍しい、かどうかはわからないが、たった今神殿で鑑定してきたばかりのアイテムがあって、その効能に書かれていた料理を店主殿が今言っていたのが聞こえたので、思わず声をかけてしまった。申し訳ない」
店の外でいきなり声をかけられたら護衛も動くよな。害意はないと示すために両手を上げる。
「効能に料理、ですか?」
「ああ。“ヤナギバホウチョウ”というアイテムなんだが、効能が“刺身の断面を綺麗に切るための片刃の和包丁。繊維を潰さず艶やかで美味しい刺身に仕上げることができる。属性:氷、殺菌作用 使用制限:魚の扱いに長けた者”なんだ」
「おや、氷に殺菌作用まであるなんて素晴らしい柳葉包丁ですね。もしよろしければ、買い取らせていただきたいのですが」
「いや、買い取らなくていい、店主殿に贈呈させていただく。その代わりに俺にもサシミという料理を食べさせてくれないか?」
買取を希望するということは、店主殿は魚の扱いに長けているのだろう。俺が持っているよりも使えるとわかっている人物に持ってもらって、美味い料理を食べさせてほしい。俺は布で包んでいた“ヤナギバホウチョウ”を店主殿に差し出す。
「クラレンス様、今夜の夕食にセファイドさんを招待しても構いませんか?」
「私は構わないよ。アルフレッドもルナ嬢の客なら嫌だとは言わないだろう」
「なら、せっかく柳葉包丁を頂けるようなので、もっと刺身のネタを買っていきましょうか」
「良ければ俺が買わせてもらうが?」
「いや、この街での食材は私が買うと約束しているのでね。君はできれば少し綺麗な服に着替えてから領主邸に来てくれないか。私たちは領主邸に客として滞在しているのでね」
たしかに、ダンジョンから戻ったところでその辺の下町の食事処ならともかく、領主邸の晩餐に出席できるような恰好ではないな。冒険者は高位になれば裕福な商人や貴族の依頼を熟すこともあるから、それ用の衣装も持っていると見做されたのだろう。
宿に戻って風呂に入って着替える。二度と戻るつもりはないが、故郷に戻れば俺も一応高位貴族の端くれだから礼儀作法は問題ない。
領主邸に行って門番に名を告げるとちゃんと伝わっていたようで邸内に案内される。
「今宵はお招きいただきありがとうございます。冒険者のセファイドと申します」
「領主のアルフレッド・ヴェルナールだ。ルナ嬢の知り合いと聞いた。つかぬことを聞くが、ルナ嬢に今日贈ったというアイテムは何階層で出たものなのだ?」
「“ヤナギバホウチョウ”は150階層の宝箱から出たアイテムです。店主殿には以前も調理器具が出た際にお世話になりまして、料理の腕が良いのを存じておりましたので、今日は不躾なお願いをしてしまいました」
まあ、領主の客に向かってアイテムをやるので替わりに料理を食べさせてくれ、なんて言ったわけだから、不躾なんてもんじゃないよな。
「私はクラレンス・リヴィエールだ。ルナ嬢の考察屋の店舗の家主をしている」
公爵家の御曹司か。つまりあの考察屋は公爵家の物件というわけか。
「ルナ嬢は今腕を揮ってくれているから、もう少し待とうか。どうやら礼儀作法にも問題ないようだし」
にやりと笑われるが、冒険者には家督を継げない貴族の次男以下も多いからな、その辺だと思われたか。
「お待たせいたしました。あ、セファイドさんも到着されていたんですね、ちょうど良かったです。柳葉包丁をありがとうございました。刺身はやはり良い柳葉包丁を使わないとあの身の立つ味わいは生まれませんから」
店主殿がにこやかに礼を述べてくるが、俺はその身の立つ味わいとやらの料理を食べさせてくれればそれで良い。店主殿に続いて使用人が大皿の載ったワゴンを押してくる。
「調味料はショウユウーに本来は山葵が欲しいのですがありませんので、ホースラディッシュのすりおろしたものを。基本はそれで、ショウガのすりおろしも美味しいと思います。カツオのたたきにはショウユウーに柑橘の絞ったものが合います。刺身がたくさんありますので、今日はコースではなく白飯とお吸い物だけで」
「この魚は全て生に見えるけど、問題ないんだよね?」
「頂いた柳葉包丁に氷と殺菌作用が付いておりましたので、何の心配もありません」
大皿には生魚や貝をそのまま切り分けたであろうものが、細く切られた大根の上にこれでもかと並んでいた。これがサシミという料理なのか?ただ生魚と貝を切っただけではないのか?
「どれもきちんと下処理しておりますので、安心してお召し上がりください」
店主殿に倣い、細く切られたイカをショウユウーにつける。店主殿がショウガをつけているから、俺もつけてみる。2人の貴族も同じようにしている。
「!」
なんだ、このねっとりとした蕩けるような甘みは。コリコリとした歯ごたえと弾力も心地よい。
「刺身のはじまりは身をおろす時からと言いまして、良い柳葉包丁を使わなければ本当の刺身は切れないのですよ。鯛は平造り、へぎ造り、焼き霜造りにいたしました」
店主殿の言うことはよくわからないが、上品な甘みと淡泊ながら奥深い旨味、プリプリとした弾力、皮目が焼かれているのは皮と身の間の脂が溶けて香ばしさが増している。
エビはプリっとした弾けるような食感と共に、濃厚な甘みとほんのりとした海の塩気を感じる。
ホタテは、濃厚な甘み、とろけるような柔らかさ、そして上品な旨味で生臭さは一切なく、噛むほどに甘みが広がり、繊維が舌の上でほどけるような食感だ。
「カツオは血合いを取って炭火で皮面を焼いています。これはショウガや柑橘が合います」
香ばしい皮の風味と、濃厚な赤身の旨味がとろける。しっとりとした食感で店主殿の言う通り、ショウユウーに柑橘を絞ったものと合わせるとコクのある味わいが楽しめる。
俺も、2人の貴族も、店主殿の説明を聞きながら無言でひたすら食べた。白飯に魚の脂の溶けたショウユウーがなんともいえず美味で、どれだけ白飯を食べたかもわからない。
生魚を切っただけなんてとんでもない。これはひとつの完成された芸術品だ。
「刺身は美味しいですけど、端麗辛口の冷酒があればもっと良かったですね」
無言でひたすら食べ続ける男3人を眺めながら上品に食べていた店主殿がぽつりと呟いた言葉に、俺たちは一斉に顔を上げる。
「ルナ嬢、それは酒かな?」
「そうですよ。米で作った酒です」
「米で作る酒なら、確か東の方のカルファン辺りにあった気がする。地元で消費されるだけで他国へは輸出していなかった。現地で飲んだ記憶がある」
「ダンジョンでも出る可能性はあるのか?」
「出るかどうかは知りませんけど、純米大吟醸という酒がアイテムで出たらそれですね」
「わかった。みつけたら絶対に持っていくから、またサシミを食べさせてくれ」
真剣な顔で頼み込む俺に店主殿は首を傾げる。
「刺身は海辺でないと難しいですけど、辛口の純米大吟醸があれば天婦羅とかも美味しいですし、鶏ささみの刺身も美味しいですしね。持ってきてくださるとうれしいです」
「わかった。あ、先払いでこれも店主殿に贈呈しよう。“トヨタマヒメノカンザシ”だ。“ヤナギバホウチョウ”と同じダンジョンでみつけたんだが、使用制限が女性のみなので売ろうと思っていたんだ。使い方は知らんが効能は“身に付けていれば決して溺れない”だから、良ければ使ってくれ」
「あら、綺麗な真珠の簪ですね、ありがとうございます」
俺の次のダンジョンでの目的が決まった瞬間だった。




