13.鬼おろし
レギュラーキャラの登場です
俺の名はセファイド。
妾の子だったために、幼少期から父の正妻に何度も母子ともども殺されかかり、そんな母も病死したために家を出た。母の病もおそらくはなんらかの毒によるものだったと思っている。
母は元々は父の家に仕える暗部に属する者だった。ただ、あまりにも美しすぎたために父の妾にされた。
母の美貌を受け継いだ俺を父が可愛がるものだから、正妻からの暗殺の手が激しくなっていったのだ。幸い、母と母の属していた暗部の者たちから散々身を守る手段は叩き込まれていたから、暗殺者は返り討ちにできたし、大概の毒物には耐性をつけているし、少しでもおかしな味がすれば気付くだけの鋭敏な味覚と嗅覚も身についている。
だが、大概の食事には毒が混ぜられていたため、特に警戒することなく食べることができたのは自分で剥いて食べる果物くらいだった。誰かの手で調理されたものはダメだ、どこで何が仕込まれるかわからない。そんな事情で俺が自分で料理をすることをおぼえていったのは必然だろう。
最初に肉を焼いた時は黒焦げになった。魚も同様だ。だが自分で調理するということは、食材そのものに毒を仕込まれない限りは安全だ。最初は見ず知らずの他人が自分の見ていないところで調理したものを食べるという行為に怯んでいたが、国を出てからは、徐々に宿屋や食事処で食事をすることもできるようになった。
そして俺はとある味自慢の宿屋で夕食を食べ、衝撃を受けた。
適切に調理された料理とは、これほどまでに美味なものだったのか!
それからの俺は美味、珍味とされる食材を手に入れることを目的とした冒険者になった。
人は俺を美食ハンターと呼ぶ。
幸い俺の身体能力は高かった。冒険者としては最高位だ。
自由に、何にも縛られることなく、美食を求めて冒険者をやっているというのに、無粋な輩はいるものだ。俺に女を宛がおうとしたり、それこそ美食で釣ろうとする輩が湧いてくる。
純粋に美味いものを出してくれるのなら時折依頼に融通を利かせてやるのも吝かではないが、せっかくの美味いはずの料理におかしな薬を混ぜ込まれると興ざめだ。一つ所に留まると俺を自勢力に取り込もうとする輩が出てくるから、俺は世界中を放浪している。世界中を旅していると、見たこともない食材に出会えるからそれはそれでいいけどな。
「おや、また宝箱か」
今日は宝箱がよく出る。
中身はさして珍しくない汎用アイテムばかりだが、鑑定後に換金すればおそらく300万ギルほどにはなるだろう。それよりも何か珍しい食材がひとつくらい出てくれないものか。最近拠点にしているローエンブルクは治安も良いし、ダンジョンで手に入れた食材を持ち込めば調理してくれる良い食事処もいくつかある。魔物素材も良いが、極稀に物凄く珍しい食材が宝箱から出ることがあって、売れば高額で買い取りされるが、俺は大概自分で食べている。以前出た”カラスミ“という珍味は、ねっとりとした食感と濃厚な風味で非常に美味だった。あれは1度しか出たことがないが、あれが出たダンジョン付近の特産の透明で辛口の酒と一緒に食べると最高だった。
「なんだ、これは・・・?」
宝箱に入っていたのは、おそらく竹で作られた四角い枠の中にギザギザの突起がある。ここはダンジョンの70階層だ。それなりの深度で出るアイテムなのだから、それなりの効能はあるのだろうが、はてさて・・・
ダンジョンは10階層毎に地上に帰還できる魔法陣があるから、戻るのは一瞬だ。俺は手に入れたアイテムを持って神殿に向かう。
鑑定料を払い、祭壇にアイテムを置いて神に祈りを捧げる。エクスポーション3本に麻痺消し薬2本か、予想通りだな。
そしてよくわからない四角い竹枠を祭壇に載せる。
天から光が降り注ぎ、ミスリルの板に文字が浮かび上がった。
“オニオロシ”
“大根を荒い食感でおろせるため水分が出にくく、栄養や旨味を逃さず、辛みが抑えられた甘みのある大根おろしが作れる。他の野菜や果物にも使える”
「は・・・?」
俺の口から間抜けな声が漏れた。
つまりこれは調理器具ということだろうか?そして大根おろしとはなんだろう?大根をどうにかするのか?俺は自分でもある程度の料理はできるが、大根おろしという料理は初めて聞いたぞ。裏で美食ハンターと呼ばれながら世界中を放浪しているというのに。
とりあえず俺は泊っている宿の厨房に“オニオロシ”を持って行ってみたが、料理を作っている宿の主人は“オニオロシ”を眺めて首を傾げていた。街の食事処も同様だ。
「考察屋に行ってみるか・・・?」
汎用アイテムを考察屋に持ち込むことは少ないが、料金に納得さえできれば問題はない。考察料が高額になることが多いから、汎用アイテムの持ち込みは少ないだけだ。別に俺は金には困っていないし。
考察屋はいくつかあるからな、アイテムの情報なら神殿に聞くのが1番だろう。神殿で薦められた考察屋の扉を開けると、チリンチリンと扉の上部に取り付けられたベルが鳴る。
「いらっしゃいませ。異世界アイテム取り扱い考察店へようこそ。店主のルナ・イザヨイと申します」
長い黒髪を結い上げた、眼鏡をかけた細身の女が座っている。
「神殿からの紹介で来た。おそらく調理器具なのだが、何人かの料理人に訊いてみたのだが使い方がわからなくてな。使用方法を考察していただきたい」
「ご存じかと思いますが、必ずしも使用方法が判明するとは限りません。判明しなかった場合も考察料の3万ギルの返金はありません。よろしいですか?」
「ああ、わかっている」
俺は3万ギルを支払い、店主の前のテーブルにアイテムを載せる。
「あら、鬼おろし・・・?」
なんと、この店主は俺が神殿で判明した”オニオロシ“というアイテム名を告げる前に正しい名称を呟いた。
「この調理器具の使い方をご存じか?神殿での効能では“大根を荒い食感でおろせるため水分が出にくく、栄養や旨味を逃さず、辛みが抑えられた甘みのある大根おろしが作れる。他の野菜や果物にも使える”とのことだったのだが、大根おろしという料理が何かもわからず、どうしたものかと思っていたんだ」
「特に特殊効果があるわけでもない調理器具の使用方法を知るために、考察料3万ギルとその後のいくらになるのかもわからない成功報酬を支払うつもりで来られたのですか?」
店主の視線が些か呆れたようなものになるが、まだ食べたことのない美味な料理が食べられるかもしれないのなら、はした金を惜しむ気はない。
「俺は美味なものに目がなくてな。見たことも食べたこともないものが食べられるのなら、多少の金は払うさ」
店主の黒い眼が細められ、くすりと笑う。
「特にこの鬼おろしを使ってできたものを食べることで特殊効果が出るわけでもなさそうですし、考察料の3万ギルだけで結構ですよ。使い方といっても、野菜や果物をすりおろすだけですしね」
おや、多少の金は払うと言ったのに、ずいぶんと良心的な店主のようだ。神殿が薦めるだけはあるな。
「やって見せた方が早いですね。では、成功報酬として食材を買ってきていただけますか?そうですね、肉屋で牛肉と豚肉をひき肉にしてもらって買ってきてください。あとは玉ねぎと大根をお願いします。私の手料理で恐縮ですが、昼食をご一緒しましょう」
まさか食材を買ってこいと言われるとは思わなかったが、自分で食材を準備するのなら安心できるしな。俺は店主に言われた通り肉と野菜を買って戻った。
「これから作るのはハンバーグです。鬼おろしを使うのは玉ねぎと大根ですが、よければ最初から最後まで見ていてください」
店の奥の居住スペースの厨房に案内される。ずいぶんと色々な魔術具の揃えられた厨房だ。有名な食事処の厨房以上じゃないか?そしてハンバーグというのは料理か?
「店主殿は料理が得意なのか?」
「そうですね、割と得意な方だと思いますよ。ああ、せっかくなので手伝っていただけますか、ひき肉を混ぜてください」
俺が買ってきたひき肉に塩と卵とミルクを店主が入れていくのを眺めながら、俺は渡されたへらを持つ。
「それはなんだ?」
「パン粉です。ちょっと古くなって硬くなったパンをすりおろしたものです。ああ、パンをすりおろすのにも鬼おろしを使用しても良いですね。鬼おろしはこうやって使います」
店主は“オニオロシ”のギザギザした部分に玉ねぎを当ててこすりつけ始めた。すると玉ねぎがボロボロと細かくなっていく。
「そうやって野菜や果物をこすりつけて使うものなのか?」
「そうですね、チーズをすりおろすグレーターがあるでしょう?あれと同じようなものですよ」
なるほど、グレーターか、そう言われれば納得だ。わかってしまえば、こんなに簡単なことだったんだな。
店主が細かくなった玉ねぎを炒め始めるが、火のない魔術具で炒めている。この厨房は相当な金額がかかっているぞ。
「店主殿、俺は美味なるものが食べたいという気持ちしかないが、初対面の男をこのように居住スペースに案内して、このように高価な魔術具が多数あるのを見せてしまうのは些か不用心だぞ」
炒めた玉ねぎを俺が混ぜる肉の中に入れながら、店主はきょとんとした顔をする。
「ああ、この店はそもそも私に危害を加えようとする意思を持った方は入れないようになっていますので問題ありません」
高位貴族並、いや、下手すると王族並の防衛の魔術具が設置されているということか。腕利きの考察屋は相当な資産があるだろうから、それなりに自衛の手段も確立しているというわけか。
やはり魔術具から水を出して“オニオロシ”を洗った店主が、今度は同じように大根をこすりつける。
「他には、山芋やにんじん、りんごもすりおろすと良いですよ。使用後は手早く水洗いして、しっかり水を切って日の当たらないところでしっかり乾燥させてください。竹はカビが生えやすいですから、風通しの良い場所で保管してくださいね」
話しながら店主は俺が混ぜていた肉だねを3等分にし、手を洗って丸めて楕円形にして真ん中をくぼませている。
「あとは焼くだけです。大根おろしをソースにするのはこの国では珍しいかもしれませんね。焼き魚とかに添えても美味しいと思いますけど」
「店主は他国の方か?いや、詮索するつもりはないが、ハンバーグという料理は初めて聞いたからな」
「そうですよ。どことは言えませんが、この鬼おろしが厨房に普通にあった国の出身です」
なるほど。実際に使用していたから見ただけで名称も使用方法もわかったのか。俺は世界中を旅してきたつもりだったが、まだまだ世界は広いのだな。
「さて、完成です。このハンバーグに大根おろしをかけて、ポン酢はないのでレモンとショウユウーをかけます」
「ショウユウー?他国で食べたことがあるな、たしか豆を使ったソースだったか?」
「そうです。ありがたいことにこの国にも輸入されています」
たしか“カラスミ”が出たダンジョンのある国だったな。少しばかり変わった文化の国だった記憶があるが、料理は美味だった。
「では、厨房のテーブルで申し訳ありませんが、一緒に食べましょう。付け合わせはトマトサラダとパンしかありませんが」
きちんと銀のカトラリーが準備される。この店主はそれなりの高位貴族の生まれだな。皿もその辺の宿や食事処で使われているような木の皿ではなく陶器だ。そして背筋を伸ばしてカトラリーを手に取る姿が実に洗練されていて美しい。俺もカトラリーを手に取る。材料の大半を自分で買ってきて、最初から最後まで作るところを見ていたのだから、おかしなものが入っていないという安心感がある。
「!」
なんだ、この美味い料理は。
噛むと柔らかく肉汁が溢れてきて、大根を細かくしたものが肉の脂を中和しさっぱりとしていていくらでも食べられる。3個作ったハンバーグという料理を店主は俺に最初から2個取り分けてくれたのだが、気付くと皿は空になっていた。
「店主、成功報酬は食材を買ってくることとのことだったが、これほど美味な料理を食べさせてもらっておいて、それでは俺の気が済まない。他に何かないだろうか?金にはあまり困っていなさそうだから、もし探しているアイテムでもあれば手に入れたら融通させてもらうが?これでもダンジョンの200階層までは踏破している」
「おや、お強いのですね。ではお言葉に甘えて、もし使用方法のわからない珍しいアイテムが手に入れば持ってきていただけますか?私に必要なものでしたら適正価格で買い取らせていただきますので」
俺はこの時はまだ、この先ちょくちょくこの店主の元にアイテムや食材を持ち込むことになるとは思っていなかった。
だが、この店主の料理の腕は珍しい料理が作れるというだけでなく、本当に一流だったのだ。
この店の家主だという、この地の領主の息子も時折ふらりと食事をしにきており、何度か鉢合わせることになるのだが、それはまた別の話。




